非行少年と脳機能障害
米国のエイドリアン・レインらは、殺人者に脳PET(SPECTと同様の脳血流断層撮影)を行い、脳血流量を調査した結果、殺人者の前頭葉機能が低下(特に前頭前皮質、それに隣接する上部頭頂回、左縁上回、脳梁)していること、また偏桃体、視床、内側側頭葉、において東半球の機能低下があったことを報告しています。米国ではこれらの脳機能の異常所見が責任能力の減免の根拠となることもあり得るのです。
国内に目を向けると、福島章が、精神鑑定で行った殺人犯48例の脳MRIや脳CT検査(コンピューター断層撮影)などの画像診断の結果をまとめ、半数の24名に脳の質的異常や量的異常などの異常所見を確認しました。さらに被害者が2人以上の大量殺人にかぎっては
62%に異常所見を認めたのです。
宮口氏もこれまで殺人事件や強盗致傷事件の司法精神鑑定でも、脳CTスキャン検査にて明白に前頭側頭葉の委縮、脳波検査にて前頭葉の異常波が認められたものがありました。しかし、日本では脳機能障害が裁判の焦点となる事例は、まだまだ少ないのが現状だそうです。当然のことながら、たとえ犯人に脳機能の異常があったにせよ、重大な事件に対しては慎重な議論が必要なことなのですが、これら脳機能障害に対応した何らかの認知機能へのトレーニングは、矯正現場でも必要であることは間違いないですし、それは再犯率を下げるうえで重要な意味を持つものと思われると宮口氏は言っています。
また、こういった認知機能や脳機能において、性犯罪者においても見解は統一されてはいませんがいくつかの報告がされています。様々な研究結果がある一方で、宮口氏らが行った研究では知的障害を持った性非行少年、知的障害を持った性以外の非行を行った少年、知的障害を持たない性非行少年、知的障害を持たない性以外の非行を行った少年、の4パターンについて日本版BADS(遂行機能障害症候群の行動評価)などを用い実行機能の検査を行い、各群の違いについて調べました。その結果、知的障害を持った性非行少年は、注意の転換、処理速度、ワーキングメモリ、展望記憶において、知的障害をもった性非行以外の非行少年よりも有意に低得点でした。一方で、知的障害を持たない性非行少年においては性非行とそれ以外の非行を行った少年の間で検査結果に有意な差はみられませんでした。
これらの結果により、①性非行少年の神経心理学的な特徴は低IQのときのみ現れること②それらの特徴(機能障害)は脳のある特定領域の障害ではなく複数の領域の障害(ネットワーク不全)が想定されること③彼らはまだ年齢の浅い低IQの少年であり、IQが高くなればそれらの特徴が消えることから、何らかの発達上の問題が関係している可能性があることが考えられました。つまり、「性犯罪はある種の発達上の問題ではないか」という仮説です。それを裏付ける報告もいくつかあるそうです。
しかし、性非行少年には幼少期の虐待被害などといった、環境因や成育歴も脳機能に少なからずダメージを与える場合がありますし、性犯罪の種類も多様です。そのため、性犯罪を発達上の問題として扱うには、まだまだ調査・研究が必要です。しかし、もし、可塑性のある脳の問題が性非行・性犯罪につながっている可能性があるのであれば、彼らの治療に対しては従来から行われてきた認知行動療法を主とした各種の性非行防止プログラムに加え、処理速度やワーキングメモリ、注意の抑制などを向上させるような、認知機能トレーニングの併用も必要ではないのか宮口氏は言っています。
これまで宮口氏の本を中心に非行少年についてみていきましたが、その犯罪の裏には脳の知的障害というものが隠れているというのがかなりクローズアップされます。もちろん、ここで出てきた事例は一部のことであり、非行少年すべてに当てはまっていることではありません。しかし、こういった認知機能の遅れの内容を見ていると、乳幼児期の保育でも、まだまだやることややらなければいけないことが多いように思います。特に非認知機能におけるアプローチはもっと考えていかなければいけないのだろうことはこの本からも見えてきました。