実習生
最近、実習生の受け入れが増えてきています。その際、当然、設定保育を見ることも多くなってくるのですが、現在では、私も職員と一緒に設定保育を見るようにしています。そもそも、実習生はなぜ、幼稚園や保育園での実習を行うのでしょうか。インターネットで検索すると「ほいくis」というサイトにこう書かれていました「保育士養成課程の学生が、保育現場で実際の体験を通して学ぶ活動のことです。実習期間中、学生は保育施設で子どもたちの様子や保育士の援助を観察したり、保育や教育活動に参加したりして、現場体験を重ねていくこと」とあり、続いて「保育実習を通して、保育園や保育士の役割を理解したり、子どもの発達や対応について学んだりすることを目的としています」とありました。大きな目標は「保育士の実践」であることが分かります。
私が勤めている幼稚園ではそれだけではなく「保育のすばらしさや楽しさ」といったものも同時に感じてほしいと思っています。よく「保育の厳しさ」や「現場に出たらこんなに甘くないよ」といって、生徒に雑用をばかりをさせたり、ひどいところでは子どもとすら関われない園もあると聞きます。実習生とはいえ、将来自分たちとともに働く人材と考えると、甘やかす必要はありませんが、必要な経験をさせなければいけないと思います。しかし、それ以上にこの仕事に夢や希望、やりがいを感じないと最終的に保育士として働こうとはならないんじゃないかとも思うのです。厳しい現実は働き始めると当然感じます。だからこそ、それ以上の楽しみを知っていないといけないと思うのです。そのため、職員には「実習生をたくさん楽しませてあげてほしい」「保育のすばらしさを知ってもらえるようにしてほしい」といっています。
また、実習には「設定保育」が付いてきます。実際に子どもたちを前にどのように保育を実践するかを指導教員に見てもらうのですが、最近この後の実習生の設定保育後のフィードバックについて考えることがありました。これまでの設定保育の観察では私も職員も「設定保育が成功したか、してないか」や「できる。できない」で見ていました。そのためアドバイスも割と具体的なことばかりを言っていました。もちろん現場の職員は具体的なアドバイスも言わなければいけないのですが、たかだかたったの2週間しかおらず、ましてや、現場に立ったこともない実習生です。子どもを理解することも、関わるための引き出しも多いわけではありません。そんな中、行う設定保育は失敗が約束されているようにも思います。それで「やりがいを感じるでしょうか?」むしろ、保育士になるハードルがかえって上がるように思います。そのため、その子たちに「できた。できない」でみるというのは酷なことでもあると、ふとそんなことを感じました。
では、何を見てあげればよいのでしょうか。先を考えると、実習生とはいえ、学校を出ると保育士になります。そうしたときに欲しい人材はどういった人材なのかを改めて考えました。そうすると、うちの園では「ピアノや制作などの能力が高いよりも、子どもの成長を楽しめたり、子どもの成長や発達を見通すことや子どもに環境を合わせて作りだす人」といった人であり、その根本には「子どもの見取り」が上手が人材であると言えます。こういった人材になってもらうために何を伝えることが重要かと考えると、「できたか、できないか」ことよりも、実習を通して子どもをどう分析する事かであったり、どう改善点を見つけるかといったことを手助けすることやアドバイスをことが重要なのだろうと思います。そうすると行動の話ではなく、もっと理念的な話になってきます。ここを伝えることこそが実習において重要なことだと今は思っています。そのため、職員も自園の理念を理解し、「実習生にはこうなってほしい」といった願いであったり、期待をもって見てあげなければいけません。
将来、実際の現場に立った時に重要になるのが、その園の理念を理解し考えて子どもに伝えることだと思っています。少なくとも、そういった人材がうちの園では欲しい人材です。「人を育てる」というのはそういうことなのだろうと思います。
2024年2月15日 2:51 PM | カテゴリー:日々思うこと | 投稿者名:Tomoki Murahashi