日本家屋とアメリカの家屋

藤森平司氏は著書「保育の起源」の中で、保育における住居のあり方についても触れています。住居は空間的な環境だけではなく、前回も書いたように「家族」といった人的環境にも影響があります。また、物的環境も提供してきたといいます。そのため、住居は風土(土壌・気候)、風俗、住まう人間の心理・動線、生活のあり方、人間関係に密接に関係しています。そして、保育をする上で、日本の伝統的な家屋を知ることは有意義なことなのではないかと言います。なぜなら、そこには日本民族の社会や生活に対する審美、倫理、そして、道徳観といった日本民族に属する文化の諸相が見えてくるからです。日本家屋のような建物で生活をすることはなかなか少なくなってきていますが、日本の住居形態に表象された価値的関心や志向を取り上げることは保育施設における生活の環境のありかた、特に乳幼児を中心とした大人との共同生活の環境のあり方の見直しにつながると藤森氏は言います。

 

エドワード・S・モースは日本人の住まいと、それに直接かかわりを持つ周囲の環境について、1886(明治19)年『Japanese Homes and Their Surroundings』(日本人の住まいおよびその生活空間)という本を著しました。それは日本語でも訳され『日本人の住まい』として出版されています。その著書の中で序論に《日本の家屋の開放性と近づきやすさとは、それ自体が日本の顕著な特質である》と述べ、《外国からの訪問者は、誰も彼も例外なく、独特の性格を持つ日本人の住居についての楽しい記憶を抱きながら、帰っていくのである》と書いています。藤森氏はこの言葉を受け、モースの言う《日本人による典型的な産物の一つ出ある》というところから日本の家屋をもう一度見直し、その伝統を保育室にどうしたらいいかを考えていきます。

 

モースは日本の家屋に日本人の生き方を見ます。そして、その家屋の表象しているものは「美しい貧相」と「開放的な平穏」という言葉で表しました。そして、米国の家屋との比較において「日本の家屋をわがアメリカ家屋に比較した場合に見られる主要な相違点のうち一つは、仕切り壁とか外壁とかの設営方法にある。わがアメリカの家屋にあたっては仕切り壁および外壁は堅牢であり、かつ耐久性を持っている。したがって、骨組みができあがったときには、この仕切り壁がすでに骨組みの一部をなすのである。ところが、これとは逆に、日本家屋にいたっては、耐久壁に全く支えられていない側面が二つもしくはそれ以上も存在する。屋内構造においても、まったく同様で、耐久性に匹敵するほどの堅牢性を持つ仕切り壁などは、ほとんどまったく存在しないのである。その代用として、床面と上部で固定された溝にはめてするすると動かせるようになる、軽くてよく滑るふすまがある。この固定された溝が各室を区切るようになっている。この動くふすまは、これを左右に動かせば開放されるようになっており、場合によっては全部を取り外すことさえできるようになっている。ふすまを全部取り外してしまうと、数室を一括して一つの大広間として使用することもできる。これと同じような全面撤去の仕方で、家屋の一つの部屋から他の部屋へ行こうとする場合に、自在ドアを開けるなどのことは全然必要がない。窓に代わるものとして、外襖すなわち、白い紙を貼った障子があり、これを通して屋外の陽光が室内に拡散するようになっている」と言っています。海外の家屋と日本の家屋と比べると日本の家屋はずいぶん自由度がある作りになっていることに対して、海外の家屋は堅牢であり、耐久性に優れているところが特徴的にあるのですね。

 

見守る保育の中では、0・1児室、3・4・5児室は大きな空間になっています。そして、制作や絵本など多くの遊ぶ空間は可動式間仕切りや家具で空間を区切っています。そして、モースが言うような日本家屋のように可動式間仕切りや家具を動かすことによって、空間の一部を閉めたり、全部開け放したりすることで保育室を自由に仕切ることができます。こういった作りの考え方は日本家屋につながりますね。