エピソード記憶

エピソード記憶とは、どのように作られるのでしょうか。自分の生活体験を後で再生できるように、とりあえずDVDドライブに保存しておくようなものでしょうか。ゴプニックはそんなに単純なものではないと言っています。たとえば、雰囲気のいいレストランで食事をしていたとします。しかし、脳裏に浮かぶのは雰囲気のいいレストランで食事をしている自分と誰かです。ですが、実際この情景は自分のうちから見ているはずです。つまり、自分の体験をその通りに再生するのであれば、机を前に料理が口に運ばれる情景のみのはずです。このように記憶においても、自分の目で見た情景だけではなく、客観的に俯瞰した記憶も出てきます。

 

また、エピソード記憶にはスペースシャトル・チャレンジャーの爆発事故や、9.11同時多発テロのようなおそろしい出来事の後には「フラッシュバブル記憶」と言われる記憶が残ることがあります。この記憶は非常に生々しいものですが、それでも実際の体験とは違ってしまうことがあります。これについて、チャレンジャー事故を人々がどう体験したか、心理学者が調べた研究があります。事故後間もない時期に「あなたは、あのときどこにいましたか?」「テレビで見たのですか、それともラジオで聞きましたか?」などの質問をし、答えを記録しました。そして、3年後にもう一度同じ質問をしたのです。すると、質問された人たちは、爆発の衝撃は今も生々しく残っていて、自己のことは正確に覚えていると答えたにも関わらず、多くの人の記憶に間違いがあったのです。本人が思っているほど、性格ではなく、実際の体験とは少しずつ違っていたのです。エピソード記憶の細部が完全な創作で、ありもしない体験を記憶してしまう例もあります。

 

これにおいて、細かい出来事において、記憶を植え付けることもできると言います。エリザベス・ロフタスと同僚たちが行った実験では、ごく普通の人にも「虚偽記憶」があるという驚くべき事実を示しました。まず、被験者に対し、あなたは幼いときに商店街で迷子になったことがある、という暗示を与えます。たとえば、「お母さんから、あなたが小さいとき迷子になった話を聞きましたよ」といったように伝えます。それから、その出来事を思い出すように促し、細部を少しだけ暗示します。たとえば、「噴水の陰に隠れていたんですってね」などです。すると被験者は、事件者の作り話を最後には完全に信じてしまい、ありもしない過去の出来事について鮮明なエピソード記憶を持つにいたるのです。

 

こういったようなエピソード記憶ですが、他のタイプの記憶と違うのが、感覚の細部まで豊かなことです。エピソード記憶はその時の雰囲気や感触、天気、様々なものが記憶として想像できるのです。一方で、単なる事実の記憶、パリはフランスの首都といったものは感覚は伴いません。しかし、ある出来事を取り上げて、どんな感じだった?どんなふうに見えた?どんな味だった?と聞いていくことで、詳細で具体的な心的イメージを植え付けられることがあります。記憶に関する心理学研究や、精神療法、さらには警察の尋問でも、このような手法によって、本当にエピソード記憶を捏造できてしまうことがあります。つまり、虚偽記憶が本物の記憶のように「感じられ」、其れに取り込まれてしまうのです。そうなってしまうと、意識体験としてはもう、実際にあったことと区別がつかなくなるのです。