共通言語と心の理解

ゴプニックはこれまでの心の学習において非常に大きな役割を果たすのが「言語」だと言っています。これは子どもの言語能力と他人の心を理解する能力には常に強い相関関係が認められているからです。他人が考えていることを知るうえで言葉は最も重要な手段です。私たちは物を観察してその仕組みを知り、人の行動を観察してその人の意図を推察します。しかし、相手の考えいることを知るには、その人の言葉を聞くことが必要になってくるとゴプニックは言います。

 

そして、このような言葉の力をとてもよく示す例に、耳の聞こえない子どもの言語環境があると言っています。両親ともに耳が聞こえない家族にろうの子どもが生まれた場合、その子の言葉、母語は手話になり、手話で会話する人たちに囲まれて育ています。この場合、心の理解に支障は生じないようです。しかし、両親がろうでない場合は、子どもが生まれてから手話を学んでも、突然、スペイン語を習うようなもので、会話がスムーズにできません。すると子どもの方も、周りの人が何を話しているのか分からない場合が生じ、周りの人たちの心の交流にも気づかず、心の理解に支障を生じることがあるのです。

 

また、以前紹介した中に、キャンディの箱に鉛筆しか入ってなくても、他の人はキャンディが入っているだろうと推測する実験を紹介しました。通常、答えを知った5歳児頃の子どもは、自分と同じように他の人もキャンディが入っているだろうと推測します。しかし、答えを知った3歳児は他の人も鉛筆が入っていると思うと推測し、自分の知っていることと相手の思考とが同じというように推測してしまう結果が出ました。つまり、人は自分とは違うといった「誤信念」を持つということを5歳頃に理解します。しかし、手話を使わない両親のもとで育ったろうのこどもは、8・9歳にならないとこの課題に正しく答えられないそうです。

 

このことを証明するような事例がニカラグアのろうの子どもたちが自力で独自の言葉を編み出した出来事です。中南米のニカラグアにはろうの子どもたちの専門学校はありませんでした。そのため、個々の子どもたちは共通語がなく、手話を教えてくれる人も当然いません。ところが1970年代になり最初のろう学校が開かれ、子ども同士の交流が始まると、独自の手話が開発されたのです。その後、新しく入学する子どもたちは、先輩たちが発明した言語を覚えていきました。これは言語がいかに便利で役に立つかを確かめる実験がひとりでに行われてきたということです。

 

ジェニー・ピアスはこの子どもたちを調査したところ、第一世代の子どもたち、つまり言語の開発者は耳の聞こえる両親の元に生まれたであろう子どもと同じように、他人の心を理解するのに苦労しました。これは研究室で起きたテストでも、日常生活でもそういった傾向があることが分かったのです。たとえば、彼らは大人になっても、キャンディと鉛筆の課題ができなかったり、1人の男性が棚から帽子の代わりにぬいぐるみのクマを頭にのせるビデオを見ても、男性が取るものを間違えたとは思わなかったりしたのです。また、日常生活においても、先輩たち(開発者たち)は秘密を守ったり、他人を操ったりするのがとても苦手など、在学生たちが言っていたのです。しかし、これに対し、第二世代、つまり、共通語を持っている世代の生徒は前世代より年齢は低くても、キャンディと鉛筆の課題やぬいぐるみのクマを帽子と間違える課題においても、理解していたのです。

 

それほど、相手との共通の意思疎通ができるツールがあるかないかということは心の理解をする上で大きな意味合いを持つことになります。