質を考える

異なる視点や世界観に従うには他者の現実感や視点に深い敬意と関心を持つということであるとアンドレアス氏は言っています。では、他者の立場や信条を認識し、自分自身の視点を深め、より成熟した意思決定を可能とする社会情動的スキルや認知的スキルを育てるためにはどういったことをしたらいいのでしょうか。アンドレアス氏はこういったスキルを育成するには、学習と教育のための非常に異なるアプローチや教員の能力が必要となるといっています。

 

アンドレアス氏は「前もって準備された知識を授けるような教育では教員の質は低くなる。そして教員の質が低いと、政府は望む結果を得るために民間セクターをつかって、教員になにをすべきか、どのようにしてほしかを正確に伝える傾向がある。現在の課題は、教員というものを高いレベルで自律し協同的な文化で働く進歩的な知識労働者とすることだ。」といっています。このことは現場においても非常に課題になっていることではないでしょうか。

 

現在でも様々な研修会で園内研修をどうやっていくかという研修が多く行われています。確かに非常に参考になることばかりで、自園でもかんがえなければいけないのかなとも考えているのですが、それだけではなく、教員自身が自律する環境も必要であるように思います。園内研修を行ったとて、それが「やらなければいけないもの」であるとどうしても惰性になりがちです。それが「やりたいもの」でなければいけないのです。大切なのはそういったことが「必要である」と気づく環境が必要であるように思います。それは園の雰囲気であったりするでしょうし、それこそが「保育者としての質」でもあるように思います。そのために、管理職である人間の役割は大きいのだと考えます。あるべきリーダーシップがなければ、職場の雰囲気は変わってきません。何事においても通じるところではあるのだと思いますが、組織風土が働く人のモチベーションを大きく変えるのです。仲良くなければ、意見は出てきません。しかし、ただ仲がいいだけだとそれは「なぁなぁ」の関係になり、それもよくありません。リーダーシップ論は教育現場においても、必要なことなのです。

 

また、アンドレアス氏は教員に必要なこととして「教員は有能な専門家、倫理的教育者、協同学習者、革新的な設計者、変化に富むリーダー、社会の構成員として働いている」といっています。そして、「しかし、そのような人々は主に行政上の説明責任体制、職務を指示する官僚的な指揮命令系統、科学的管理主義で組織された学校の交換可能な大量生産品としては機能しない。」つまり、これは現行の学校システムを変える必要があるとアンドレアス氏は言っています。「学校の専門的な統制基準、官僚的で管理的な職業基準を変える必要があり、過去とは社会通念であり、未来とは私たちが作り出す知恵なのである」つまり、過去の行事であったり、いわゆる「伝統」と言われるものがこれからも必要なのかということを考える必要も「ある」ということです。これは保育施設でも教育施設でもあることですが、「伝統」という言葉によって「やらなければならない」ものがあります。しかし、それ自体が今の時代やこれからの時代に本当に「必要なものなのか」を見直すことも必要なのです。そして、「必要でなければ無くす」ことも必要なのです。大切なことは、「伝統である」ものだとしてもその「意図」をしっかりと見据えることです。何が大切なのか、どういったものが本質であるのかその追及をしていくことこそが、「質」の向上においては大切なことであるように思います。