きく技術

武神氏は「人間は言っても変わりません。だからアドバイスということは考えません」と言っています。つまり、「アドバイスはしない」ということなのでしょうが、では、どうやって相手に伝えていくのでしょうか。そもそも「アドバイス」とはどういったものなのでしょうか。辞書にはアドバイスは「助言」「忠告」「勧告」であると記載しています。しかし、こういった意味でつかわれる「アドバイス」はどちらかというと「自分から気付く」ではなく、人から「気づかされる」といった意味合いが強いです。ましてや、メンタル不調を持っている人からするとその指摘は実につらいものになるかもしれません。

 

では、自分で気づくためにはどの「きく技術」が必要なのでしょうか。それは質問するという意味の「訊く」であると言えます。そして、この「訊く」は相手の視点を変え、自分で気づかせるために有効な場合が少なくないと言っています。また、この「訊く」はあえて答えが分かっていることや、もしかしたら相手も分かっているかもしれないことを「きく」というために使われることもあります。そうして相手に再認識してもらうためです。というのも、悩みや迷いのある人には目の前のことしか見えていないことや、事実と想像がごちゃ混ぜになっていることがよくあるからです。

 

もし、相手の視野が狭くなっている、あるいは近視眼的になっていると思われたら、少し視点を変えて俯瞰的な視野が得られるような質問を考えましょう。また、相手が勝手に思い込んでいること、想像していること、実は違うということに気づくような質問もできるでしょう。相手の間違いを指摘して「違うよ、それは」などと言ったところで、相手には通じないのです。

 

たとえば、「最近どんどん仕事ができなくなっているんです。このままではクビになってしまうかもしれません」と相談されたとします。「仕事ができなくなっている」というのはその人の実感としてあるので、うそではないのですから「そんなことないよ」と否定しても話は続きません。そういったときには「誰かに叱られたり、成績が落ちて問題になったりしたの?」と質問してみると「そういうわけではないけれど」ということが多いのです。

 

悩みや迷いがあって不調の人の多くは「悪いのはすべて自分のせい」と思い込みがちです。そのため、こういったやりとりのなかで、自分ではそう思っているけれども、事実として何か言われたわけではないということがわかってきます。事実と事実ではないことの区別がついてくる。そうすると自分が一人で悪い方向に考えすぎていることに気づくことができる。それが「きく技術」のすごいところです。

 

このように「きく技術」は「きく」ことによって自分で気づかせる、認知させることができるのです。そもそも人は、はなすことによってすっきりするのです。厚生労働省の調査では悩みやストレスを感じている人は話すだけで約9割が楽になったというデータが出ています。そのため、そういった相手にきちんと向き合うことで、相手にサポートされているという安心感を与えることができます。そして、さらに気づき、つまり認知を相手にもたらすことができるのです。こういったことを「きく技術」を持っている人はやっているのです。どの「きく」でもいいから「存在を認めてもらったと相手が感じるような聞き方をしてみよう」と武神氏は言っています。そして、相手の視点を変えて気づいてもらうために、こういう質問を投げかけてみたいという具体的なことが思い浮かべば、なおいいと言っています。

 

武神氏はこれまでの面談の経験において、「きく技術」というものが「みる・きく・はなす」のなかで最も大切であると考えているそうです。それは実際、私自身も感じるところです。「相手を理解する」ということにおいて、「きく」というのはとても重要です。「みる」は相手との向き合い方であり、「きく」は相手を理解するということなのかなと思います。相手に安心感をもたらすためには話すことよりも「きく」ことが大切ですね。

相手に気づかせるには

人に注意をするときや悩んでいるとき、それを自分で気づき改善していく力を養っていくというのはなかなか簡単なことではありません。そして、質問に来たときに、何とか頑張ってもらおうとアドバイスを必死にしてしまいます。しかし、それでは人は育たないのかもしれません。以前、東京大学に子どもを入学させた親に共通の関わりがあり、その親のほとんどが子どもに対して、疑問形で返すという関わりを持っていたそうです。もちろん、そのためには相手の話に耳を傾け、「きく」ということが重要になってきます。まさに前回の「言うを忍ぶ」というところですね。

 

武神氏は前回までに紹介した「姿勢を向ける」「呼吸を合わせる」「順番に聞く」といった行動面、「言うを忍ぶ」「話よりも聞く」「存在を認める」といった意識面、これらのことが意識できると、あえて自分がアドバイスしなくても、ところどころ質問を織り交ぜていくだけで、この章で最初に挙げた「利く」と「効く」ができてくると言います。上手にきくことのできる人は、自分が話す少ない時間のなかでアドバイスはあまりしないのです。その代わり相手のためになる効果的な「質問」をします。自分の知りたいことを聞くことを「疑問」といいますが、相手のためになること(気づかせること)をきくことを「質問」と言います。

 

自分で気づかせるというのは言葉を変えれば、相手の視点を変える、新しい認知を与える、認知を変化させるということです。人は言っても変わらない。というのは以前の「みる技術」でも出ていました。ということは、いくらアドバイスを言っても変わらないのです。ひたすら聞いて、たまっているものを出させることも「きく技術」で、それだけで相手に自己重要感を与えることもできます。

 

思えば不思議なもので、おしゃべりな人よりも、あまり口数は多くなく、時に出てくる言葉が芯をついている人のほうが頼られる存在になっているように思います。自分自身もこれまでは自分の話したいことを話すことが多かったですが、相手の話の意図を聞いてから、アドバイスをいなければいけないと思うようになってからは、不思議と口数はこれまでよりも減ってきたように思います。「気づかせる」ということを考えると主体はアドバイスする側と考えがちですが、本来は主体は問題を抱えている側であります。そして、過度にアドバイスをしてしまうのはかえってその人本人の成長にとっては「お節介」なのかもしれません。本当にそのひとのことを信ずるのであれば、そこは一歩ひいた距離感にいることも重要なのかもしれません。そして、そう思えるだけの普段からのコミュニケーションや意思疎通は心がけていかなければいけないのでしょう。ここでは「自己重要感」という言葉が出てきましたが、それは相手にとっても、相手から見た自分にとっても、それが持てるような関係性を作る必要があり、そういったものが所属する部署の面々がそれぞれにつながっていればそれは理想の関係性であるのだろうと思います。

言うを忍ぶ

先日に紹介した内容は「きく」ことにおける具体的な行動ですが、最も大事なのは「きく」際におけるマインドであり、心構えです。これを「きく技術」のマインドセットとして紹介しています。

 

その一つは「言うを忍ぶ」です。「きく」ことの何よりも大切なことは「認める」ことと「気づかせること」です。この「認める」ということは漢字をばらしてみると「いう」を「忍」と書きます。つまり、黙っているということです。よくあることとして紹介されているのが、部下が「ちょっといいですか」と相談してきたときに、上司は経験豊富ですから部下の話をちょっと聞いただけでもうわかってしまい「そういうときは、こうして、ああして」とアドバイスをしてしまう。といったことです。しかし、多くの場合、相手はアドバイスが欲しいわけではなく、話を聞いてほしい、状況を分かってもらうために話に来るのです。特に優秀な上司こそ、「言うを忍んで相手の話を聞くこと」が求められます。それによってあいては自分を認めてもらったと感じるのです。

 

つぎに「話すよりも聞く」ことです。これは武神氏の経験談からそう感じたそうです。彼はもともと外科医あり、精神科や心療内科ではなかったのです。そのため、産業医をはじめ、メンタウヘルスの面談をしている中で、何を言っていいかわからず相手の話を聞くことに徹していたそうです。しかし、不思議なことに、こちらは返したくても言葉が返せないのですが、相手は、話をきいているだけで最後はすっきりした顔になって帰っていくということがあり「きく」ということの効果に驚いたそうです。「きく」ことしかできなかったのが結果として相手に「気づかせ×認める」ということになったのです。

 

最後に「存在を認める」です。これは相手を想像することです。「傾聴」というとよく「共感しましょう」と言われますが、相手に共感するというのはそれほど簡単ではないですし、相手によってはそんな気になれないと思うこともあります。しかし、相手を想像することはしてみる必要があると言います。つまり、相手がどのくらい苦しいのかということを考えるのです。そして、その想像は相手を認めることにつながります。

 

これらの三つの心構えやマインドを見て、どう思ったでしょうか。私はまず初めに「間ぁ、そうだろうな」と思ったのが正直なところですが、その反面、見方考え方をシンプルに分かりやすく説明してくれているように思います。確かに「共感」と一言にいいますが、何を持って共感というのかと思うこともあります。しかし、「相手の思いを想像する」というのは結果的に共感と同じことのように思います。ほかの二つにおいても、結果として言っていることは「黙ること」なのですが、しかし、これがいかんせん難しい。答えをつい言いたくなるものですが、それは相手に「気づき」はもたらしません。いろいろな職員と話していても「ガス抜き」が必要だなと感じることがあります。しかし、その時に相手に保育論をぶつけても、ピンと来ていない時があります。それは結果として「きけていなかった」のでしょうね。当たり前のことなのですが、活字にしてみると、その大切さは改めてグッとくるように思います。

状況としての「場」

人との関わりの中で私は話すことよりも聞くことの方が難しいように思います。これは人のタイプにもよるのかもしれません。話すのが得意な人ほど、傾聴するというのはなかなか簡単にはできないものです。「傾聴」や「アクティブ・リスニング」というのは今読んでいる「職場のストレスが消えるコミュニケーションの教科書」という本を読んで初めて知りましたが、「傾聴」という言葉は保育の中でも子どもに対して大人が耳を傾けると気に必要なことであると言われていて、知ってはいました。しかし、この本には傾聴には正しいやり方と手順があり、それが多すぎて実践するのは難しい人も多いと言っています。そのうえで、聞くコツとして3つの行動があると言っているのです。これはこれまでの傾聴とは何が違うのでしょうか。どのようにシンプルなのでしょうか。

 

まず、きく際に意識すべきことが3つあると言います。①姿勢を向ける。これは単純に相手に体を向けるということです。話を聞くときに相手が斜め前に座ることがあります。それはおそらく心理的な距離や警戒の現れであるのですが、首だけを向けるのではなく、体ごと向けたほうが望ましいということです。つまり、相手としっかりと向き合う意思表示ということでしょうか。また、このときメモを取ることも相手にとっては「証拠を残される」ということで抵抗がある人もいるので注意です。

 

②呼吸を合わせる。人は難しく、視線だけを取り上げても、人によっては目を合わせると威圧的に感じる人もいれば、目線をそらして話すと、向き合ってくれていないのではないかと思う人もいるのです。そのため、武神氏はカウンセリングにおいて目で見ることよりも、呼吸を合わせることを意識しているそうです。呼吸を合わせようとすれば、必然的に相手の口元や胸・肩の動きを見ることになります。相手を注視することにもなり、余計なことに気を取られないで済みます。

 

③順番に聞く。これはいきなり本題に入るのではなく、相手が答えやすい質問から、聞いていきます。職場のストレスや悩みのことは警戒してなかなかその話題には繋がらないので、話しやすい会話から本題に入っていく必要があるのです。もちろん、時間的な制約があって本題から始めざるをえない時もあるのですが、徐々に外側から順番に聞いていく方が相手が話しやすくなるのです。

 

あくまでこれは一つのテクニックとしての関わり方であって、身近でよく話すような人であったら、こういった順番は前後していくことになると思います。ただ、これらのことは自然と行っていることかもしれません。むしろ、意識しすぎてしまうとかえってわざとらしさが出てしまいかねないようにも思います。あくまで相手から本題に入るまでに「話しやすくするため」に状況としての「場」を温めておくということが重要だということですね。

場の設定

武神氏は上手に「きく技術」を使う人たちは、人前で悩み相談に応じたりせず、どこか落ち着いた場所に移動したり、余裕のある時間帯に改めて話そうと考えます。つまり、話を聞く「場」を作るということです。たとえば、それはカウンセリング室や個室のある店であるかもしれません。または、相手の都合のいい17時以降や昼休み時間といった時間の問題もあります。こういったように相手と自分にとって話しやすい、聞きやすい“場”とはどのような状況なのかを考えてみる必要があります。それは空間的な場、時間的な状況な場といった状況によって「場」が落ち着く場なのかどうか変わります。結局のところ、「場」の重要性は相手の話を聞くにあたり「相手が安心して話せるような場」にするための配慮を持つことということです。そのため「ここで相手は安心できるのか?」を意識する必要があります。

 

人によってはカウンセリングルームを使ったり、アロマをたく人もいるかもしれません。椅子や机をはさむといったように物理的な距離感をもたせるかもしれません。武神氏は実際の産業医としての職務においては、言葉で相手の安心感を得ることを意識していると言っています。そして、初めて産業医面談に来られた方に、常に最初に次の3点を説明すると言っています。①面談内容は、意志の守秘義務があるので、職場には内容であること。②面談内容で医学的に深刻な問題がない場合は、会社には“健康相談”や“過重労働面談”をおこなったという記録のみが残ること(つまり、他の内容は残らない)③仮に何らかの医学的状況で、産業医から会社に何かコメントして配慮を求めたほうがいいと判断したときは、必ず相談者に「何を言っていい」「言ってはダメ」など相談して、会社に開示する内容を決めることといったように説明することで、相手が安心して話せる「場」をつくるというのです。

 

メンタルヘルス不調者を出さない上司やリーダーシップのあるひとというのは、自分のやりやすい枠組みや場づくり、雰囲気作りができているのです。そして、それは何も相手だけの問題ではありません。自分自身においても、緊張しないような場づくりをする必要があります。こういったお互いにとって緊張しないやりやすい雰囲気づくりをつくることがまず、「きく」というために必要になってくるというのです。確かに、話すときにどこで話すかは非常に気を使います。相手にとって聞かれたくない話もあるでしょうし、逆にこちらも言いにくい話があった場合、伝えづらい環境になる場合もあります。そして、その場所によっては、冒頭にあったように時間的なものが十分に取らなかったりすることもあります。「場」の設定というのは意外と重要であるということは確かに分かります。

 

そして、こういった「場」づくりをしたうえで、いよいよ「きくコツ」の話になります。