勤勉性

前回のシーガルの読替えスピードのデータの発見によって、南フロリダでのM&Msの実験に参加した低IQの子どもについても、新しい考え方ができるようになりました。つまり、低IQの子どもたちが行った2回目の知能指数でチョコレートという見返りがあると数値が上がったことを受けて、数値が79なのか。それとも97なのかということでしたが、97の知能検査の結果のほうが本物に違いないということが言えるのです。

 

普通は真剣に受ける知能検査において、IQの低かった子どもたちはチョコレートが貰えるといった動機付けがあって初めて真剣に取り組んだというのです。そのため、M&Msが魔法のように知能を授けたわけではなかったのです。彼らはもともと答えを出すための知能を持っていたのです。そのため、本来彼らのIQが低いということではなかったのです。むしろ彼らの知能指数は平均値に近かったのです。

 

しかし、シーガルにとっては、79という最初に出たスコアのほうが将来と関係があったと言います。それはかかっているものや見返りの少ない読替えスピード・テストが受験生の将来を見通す材料になったのと同じことである。IQは低くなかったかもしれないが、目に見えるインセンティブがなくとも知能検査に真剣に取り組めるという資質に欠けていた。シーガルの調査によれば、それこそが極めて価値のある持つべき資質なのであるということが見えてきたのです。

 

シーガルの研究に見られた見返りの有無にかかわらず努力できる資質をパーソナリティ心理学で使われる専門用語では「勤勉性」と言います。ここ数十年の間にパーソナリティ心理学の研究者の間に出来上がった共通認識では、気質の分析に最も有効な方法は、気質を5つの要素(ビックファイブ)に沿って考えることであると言っています。それは協調性、外向性、情緒不安定性、未知のものごとに対する開放性、勤勉性の5つです。シーガルが調査の一環として男子生徒を対象に標準的なパーソナリティ・テストを行うと、物質的なインセンティブに反応しなかった生徒たち(M&Msが絡もうが絡むまいが良い結果を出した生徒たち)については勤勉性の数値が特に高かったことが分かりました。

 

しかし、勤勉性とはパーソナリティ心理学の分野からすると研究したがる者が一人もいないような分野でした。そんな中、勤勉性を研究したのが、第一人者でもあるブレント・ロバーツです。彼は「勤勉性を高く評価するのは知識人でもなければ、学者でもない。リベラルでもない。宗教色の濃い保守派で、社会はもっと管理されるべきと思っている人が多い」中で、研究していきます。そして、ロバーツだけを例外として、パーソナリティ心理学の教育者には最近になるまで避けられていたが、産業・組織(I/O)心理学においては研究されてきたようです。しかし、多くは大学での研究ではなく、大企業の人事コンサルタントとして働いています。企業においては学究的で難解な議論ではなく、生産力が高く、信頼のおける、仕事熱心な働き手を雇いたいわけです。そのためI/O心理学においてパーソナリティ評価が使い始められたのです。結果、職場での成功の一番の指標となるのはビックファイブの中のうち勤勉性であると分かったのです。

内なるモチベーション

主体性という言葉は保育においては非常に重要なキーワードになっています。そのため、保育者はいつもどういった保育を進めることができるのかを子どもたちの様子を見ながら保育を進めていきます。そして、子どもたちが主体的に物事を進めていくためには「活動がしたい」という動機がなければ物事にとりくむことにはつながりません。そのため、保育でも「動議付け」というのは非常に大切な意味を持ちます。しかし、これまでの話で褒美や報酬による動機によって起きるプログラムは大きな成果を得ることができなかったということが紹介されていました。では、本人がやる気になる動機づけをするときにはどういったことをすればうまくいくのでしょうか。

 

一つは気質によって動機となるかが異なるということが言えるというのを2006年カーミット・シーガルがいくつかの実験によってわかってきました。気質によって動機が異なるとはどういったことなのかというと、シーガルは気質とインセンティブ(意欲向上や目標達成のための刺激策)の関係を調べようとして、思いつく限り最も簡単なテストをしました。それは基本的な事務処理能力を評価する、読替スピード・テストです。まず、受験者は回答の鍵となる表を与えられます。それは様々な単語と四桁の識別番号の並んだリストです。次に、選択式の問題があり、それぞれの単語に対し、正解を含む5つの数字が並んでいます。受験生は鍵となるうえの表をみながら同じ数字となる正解を見つけて印をつければいいといった問題です。

 

シーガルは大勢の若者の読替えスピード・テストのスコアと標準的な認知能力テストのスコアを含む二つの大きなデータ群を見つけました。一つは、1979年から1万2千人を超える若者を追跡し始めた青年全国縦断調査(NLSY)と呼ばれる大規模調査。もう一つはアメリカ軍の新人のもの。彼らは軍に入るための試験の一環として読替えスピード・テストを受けていました。NLSYの高校生や大学生にはこのテストで全力を尽くすインセンティブはありませんでした。あくまで調査目的のためのスコアであり、成績には関係がなかったからです。しかし、軍の新人にとってはこのテストは大きな意味を持っていました。スコアが悪ければ入隊できなかったのです。

 

それぞれのテストを比較していくと、認知能力テストの平均は高校生・大学生のほうが軍の新人を上回りました。しかし、読替えスピード・テストでは軍の新人の方が上回りました。この結果を見て、シーガルはこの読替えスピード・テストによって本当に測定されたのは軍の新人が生まれつき数字と言葉を結びつける才能や事務処理能力があるかないかではなく、もっと根本的な何かではないかと気づいたのです。その何かとは、世界中で一番退屈なテストに気持ちを集中するための気質と能力であるということです。このテストで進退のかかっている軍の新人はNLSYの若者よりも熱意を持って取り組んだのです。このようなシンプルなテストの場合、少し余分に熱意があるだけで学歴の高い同年代の若者を超えるのには十分だったとシーガルは言っています。

 

ちなみにNLSYはその後も何年もあとまで若者たちを追っています。そのため、シーガルは1979年における認知能力テストと読替えスピード・テストの結果を20年後、受験者が40歳前後になったときの収入と比較します。すると予想通り、認知能力テストのよかったものはより多くの収入を得ていました。しかし、読替えスピード・テストの得点の高かった受験生も同様だったのです。実際、NLSYの参加者のうち大学を卒業しなかったものだけを見ると、読替えスピード・テストのスコアはあらゆる点で認知能力テストと同じくらい正確な予測指標になっていたのです。そして、スコアの高かったものの収入は低かったものよりも何千ドルも多かったのです。

 

それはなぜなのでしょうか。アメリカでは単語と数字のリストを単純比較する能力に重きが置かれているからでしょうか。そうではなく、彼らの得点が高かった理由は他の生徒よりも懸命に取り組んだからです。そして、実際労働市場で重きを置いているのは、見返りがなくてもテストに真剣に取り組むことができるような内なるモチベーションを持っていることです。だれも気付かないうちに、読替えスピード・テストは成人後の世界で重要な意味をもつ、認知能力とは関係ない技能を測定していたのです。

外発的な動機

サウスフロリダ大学の二人の研究者が行ったM&Msチョコレートを使った実験は知能に関する従来の認識への大打撃を与えることになります。というのも、IQによってグループ分けをした中で、低いIQのグループの子どもだけ、知能指数があがったのです。つまり、これは外発的動議付けによって知能指数が変わったのです。同じIQの子どもたちをグループ分けしたのにも関わらず。そのため、一つの疑問がわきます。彼らの本当の知能指数は通常の79なのか、それとも上がった97なのか。ここまでが前回の内容でした。

 

そして、この内容は特に貧困地区の学校の教員が毎日のように直面する疑問だったのです。彼らは生徒が見かけよりも優秀であることには確信があり、彼らがやる気を出すだけではるかにいい結果が出ることは目に見えているからです。肝心のどうやってやる気をださせることができるのかということはいつも疑問でした。答えを出すたびに一生チョコレートを上げることは現実的ではありません。しかし、実際のところ、低所得者のミドル・スクールの生徒にはよい成績を上げればとてつもなく大きな褒賞があるのです。それは正答のたびにその場にでる褒美ではなく、長い目で見たときに知能指数が上がるのであれば、その姓とが高校を卒業して、大学に進み、その後良い仕事につける可能性が高くなるのです。それはその場でもらうチョコレートよりももっと大きな褒美になります。

 

しかし、なかなかこういったロジックを生徒に納得させるのはかなり難しいのです。そして、こういったモチベーション(動機づけ)による褒賞は時に逆効果になる場合もあるのです。スティーヴン・レヴィットとスティーヴン・タブナーは著書『ヤバイ経済学』(東洋経済新報社、2007年)の中で、献血が増えるかどうかを調べるために供血者に対し少額の給付金を出した1970年代の調査を紹介しています。実際のところ、そういった給付金を出したところで、献血者は増えるのではなく、減ったという。

 

M&Msを使ったテストでは即物的なインセンティブ(刺激、誘因)によって結果が大きく変わることが示されているが、現実はたいてい同じようには運ばないのです。ハーバード大学の経済学者ローランド・フライヤーがこのM&Ms方式の実験を都市部の学校システムに広げて行いました。フライヤーは公立学校でいくつかの異なったインセンティブ・プログラムを試します。ある学校では、クラスのテスト結果が改善されたら教師にボーナスを出します。別の学校では、成績の上がった子どもの家族に対して報奨金を差し出します。その結果、どういったことが起きたか。結局のところどれも残念な結果に終わったのです。その中で最大の実験はニューヨーク市で教員へのインセンティブを提供したもので、7500万ドルの予算と3年の時間をかけてものでした。そして、2011年、フライヤーは望ましい結果が出なかったと報告しました。

 

以前、大阪市で子どもの成績を上げるために、教員にボーナスを出す。といった、政策を提案されたことがありました。まさしく、これと同じことが起きています。また、保育士不足のために、自治体がお金を出すことで保育者を確保するということも起きていると聞いています。しかし、この研究を見る限り、大きな成果を得ることはできないかもしれません。外発的動議付けというのはその場ではいいといった即物的なものではあっても、長期の見通しを見ると結果にはつながらないものなのだろうということが分かります。では、どういったことをすれば先の未来がよりよいものになる提案になるのでしょうか。長期的な見通しをもち、粘り強く物事に向き合うような気質を備えることになるにはどうしたらいいのでしょうか。

本当の知能指数

前回のダックワースの発見によれば、マシュマロ診断から見えてきたものは一番長くマシュマロを我慢できた子どもたちが使っていたような自制のテクニックの問題点は欲しいものがはっきりあるときにしか使えないということでした。つまり、短期的な見通しにおいて褒美を与えるという動機は有用ではあることがわかったのですが、その反面、長期的で、はっきりとしない目標を達成するためには褒美を与えるという方法では集中力や自制心といたものが身につくことにはつながらないというのです。では、長期的な目標を達成するような自制心をつけるにはどうしたらいいのでしょうか。

 

長期的な目標の達成のメカニズムはふたつに分けて考えるとわかりやすいと言います。それは動機づけ(モチベーション)と意志です。長期的な目標を達成するにはどちらも必要で、どちらも一方だけでは充分ではないのです。多くの人に見られるのは、モチベーションはあるのに意志に欠けるケースです。たとえば、体重を減らすべき理由は山ほどあっても、チェリーディッシュを手放してトレーニング用のウェイトを手に取る気持ち(堅固な意志力や自制心)がなければ、減量はうまくいかない。もし、強力な動機づけがあれば、ダックワースが5年生に教えようとした自制のテクニックと実践は非常に役立つかもしれない。しかし、親や教師の望む目標を達成するための強い動機が当の子どもたちになかったら?その場合にはどんな自制のコツを教えてもどれも役に立たないだろうとダックワースも認めている。

 

ここでモチベーションについてカルヴィン・エドランドは5歳から7歳までの子どもを対象とした研究を始めます。対象は「低中流階級から低所得層の過程の子ども」。そして、無作為に実験グループと対照群のグループに分けられます。その後、標準の知能検査を受け、7週間後、子どもたちは同様の件を受けました。実験グループの子どもたちは1問正解するごとにM&Msチョコレートを一粒貰えます。最初の検査では二つのグループのIQはほぼ同じだったのですが、2度目の検査ではチョコレートを与えられたグループのIQが平均12ポイント上がりました。これは極めて大きな上昇だったのです。これはいわゆる外発的動議付けですね。

 

数年後、この研究に対してサウスフロリダ大学の二人の研究者が実験を進めます。今回は菓子抜きの最初の知能検査のあと、子どもたちを得点に応じて3つのグループに分けました。IQの高いグループの最初の検査時の平均は119くらいでした。真ん中のグループの平均は101、IQの低いグループの平均は79でした。2回目の検査では、研究者はそれぞれのグループの半数の子どもに1問正解するごとにチョコレートを差し出します。各グループ残り半数は何も褒美をもらえませんでした。高IQのグループと中間グループの子どもたちは、チョコレートをもらった2度目の検査でもスコアが変わらなかった。しかしIQが低かったグループでは正答のたびにチョコレートをもらった子どもたちは97までスコアをあげ、中間グループとの差がほとんどなくなったのです。

 

M&Msを使ったこの研究は知能に関する従来の認識への大打撃となりました。というのも、知能検査では、偽りのない、変わることのないものを測定できるはずだったのに、何粒かのチョコレートによって結果が大きく変わってしまったのです。そこで一つの疑問が生まれます。IQが低いとされている子どもたちの点数だけが上がったということは、彼らの知能は本当に低いのだろうか?ということです。彼らの本当の知能指数は79なのか?それとも97なのでしょうか。

待つこと

ミシェルのマシュマロを使った研究からは面白い結果がいくつか出てきました。例えば、精神分析理論や行動理論が提示するところによれば、子どもにとってマシュマロを二つ手に入れるための最良の動議付けとなるのは、ご褒美を意識の中心に置き続けること、最終的にそれを食べられた時にどんなにおいしいかを強調することであるはずだったのですが、実際の結果は正反対だったのです。子どもたちはマシュマロが隠されていた時のほうが、目の前にあったときよりもずっと長く我慢できたのです。この実験で最良の結果を出した子どもたちは気をそらす方法独自に考えだしていました。一部の子どもは実験者がもどってくるのを待つ間、一人でしゃべったり歌ったりしていた。おやつから目をそらしたり、自分の手で目隠しをしていた子どももいた。昼寝を始める達人もいたのです。

 

ミシェルの発見によれば、子どもが時間を引き延ばすために効果があるのはマシュマロについて違う考え方ができるような簡単な助言があった場合でした。頭に浮かぶのおやつが抽象的であればあるほど我慢できる時間も伸びたのです。マシュマロを菓子ではなく、円く膨らんだ雲みたいなものと考えるように誘導された子どもたちは、7分ほど長く我慢することができました。本物のマシュマロを見ずに絵に描かれたマシュマロを見るよう勧められた子どもも比較的長く我慢することができたのです。仮に本物のマシュマロを見てはいても「絵みたいに額がついていると想像してごらん」といわれた子どもたちもいて、やはり18分ほどまつことができました。

 

しかし、ミシェルの発見を学校に取り入れようとすると、それは思ったより困難が多いことがすぐに分かりました。ダックワースは何人かの同僚とともにフィラデルフィアの学校で40人の5年生を対象とした6週間の実験を行い、自制心の訓練を通して指導し、宿題を終わらせたことに対して褒美を与えました。実験終了後、子どもたちは始めたころよりも今のほうが自制心がついたと思うと報告したが、実際のところはどういった尺度からみても、学校内の対照群の子どもたちと変わったところがなかったのです。自制心に関する教員の評価も、宿題の提出率も、標準学力テストの結果も、GPAも、遅刻の回数も比較はしたが、すべてにおいて効果はないことが分かりました。

 

というのも、一番長くマシュマロを我慢できた子どもたちが使っていたような自制のテクニックの問題点は、欲しいものがはっきりとわかっているときにしかうまくつかえないことである。とはいえ、ダックワースが五年生の子どもたちに目指してもらいたいと思う長期的な目標は20分後に貰えるマシュマロほどの実体があるわけでも、即効性があるわけでも、魅力的なわけでもなく、試験に合格する、高校を卒業する、大学で成功するといったより長期的なかたちのはっきりしない目標を達成するために必要な集中力や粘り強さをつけるにはどうしたらいいのでしょうか。