思考の実行機能 2

思考の実行機能は目標を達成するために、「目標を保つこと」と「ある選択肢を優先させること」が基本的な働きであると森口氏は言っています。では、この思考の実行機能はどのようにして測ることができるのでしょうか。

 

これらの働きは簡単なテストで測ることができると森口氏は言っています。白いカードと黒いカードを用意します。このテストでは、子どもは白いカードと黒いカードを見せられ、白いカードを提示されたら「黒」、黒いカードを見せられたら「白」と答えるように指示されます。子どもは、白いカードには「白」、黒いカードには「黒」と反応しやすいのですが、このテストに正解するためには「白いカードには黒」「黒いカードには白」と答えるという目標を保ち続けなければいけません。これが一つ目の働きです。そして、白いカードには「白」と「黒」という2種類の反応をする選択肢があるのですが、「白」と答えるよりも「黒」と答えるのは難易度が高くなります。つまりいつも習慣化されている色と色の感覚を変えて反応しなければいけません。これが2つ目の働きです。この点を踏まえたうえで、思考の実行機能の重要な要素だと森口氏が考える頭の切り換えについてみていきます。

 

私たちは状況によって頭を切り替えなければいけないと森口氏は言っています。たとえば、飛行機で大阪から東京への移動を考えていたにもかかわらず、空港が何らかの理由で閉鎖した場合、私たちは頭を切り替えて陸路での移動を考えなければいけないのです。このとき、飛行機での移動に執着してしまうと、東京に就くという目標を達成するのは困難になってしまうのです。ほかにも英語と日本語をしゃべるひとを考えると、日本人と話すときは日本語、アメリカ人と話すときは英語というように、会話をする相手によって言葉を切り替えます。「相手とコミュニケーションをとる」というためには日本語をしゃべるという活動を、英語で話すということに切り替えなければいけないのです。このように行動や活動の切り替えが、思考の実行機能の重要な役割なのです。

 

感情の実行機能がブレーキやアクセルであるのに対して、思考の実行機能はハンドルの役割です。自動車では、ハンドルはある道から別の道に切り替えたり、ある車線から別の車線に切り替えたりするためにありますが、思考の実行機能はある行動から別の行動に切り替えたり、頭を切り替えたりするときに重要な役割を果たすのです。

 

感情の実行機能とは違い、思考の実行機能はかなり自分の意識というものが重要になってきます。意識的にどう目的を考えるのか、これは志や理念を持つということに似ているのかもしれません。自分の行動指針を持っている人が有名なビジネスパーソンの中に多いことや、座右の銘というものを持っているというのも、思考の実行機能をしっかりと持つうえでも必要なことなのかもしれません。

 

つぎに森口氏は思考の実行機能を測る方法を示しています。

思考の実行機能

2つある実行機能のうち、一つ目の感情の実行機能を見てきましたが、次は思考の実行機能です。この実行機能の大事な働きはつい無意識的にやってしまう行動、習慣、くせなどをコントロールするものだと森口氏は言っています。

 

私たちは、コップを取るときにどちらの手を伸ばすかをいちいち考えません。つまり、一つ一つの行動を意識的にやっているわけではないのです。ですが、ある時、右手をけがしていて、コップをつかめなかったら、無意識にしてしまいがちな右手を伸ばすという行為を抑えて、左手でコップをとる必要があります。このように無意識の行動を制御することに思考の実行機能が関わっているのです。こういったことは日常生活でもよくあることです。森口氏はほかにも職場からの帰り道にケーキを買わなければいけない時、いつもは右に曲がるが、左に曲がる必要があるとします。ぼんやりと帰り道を歩いているといつも通り右にまがってしまうかもしれません。今日ケーキを買うという目標を達成するためには、習慣となっている行動を抑え、別の行動をする必要があるのです。このように、思考の実行機能は、新しい状況や、いつもと違う状況などによって必要になってくるのです。

 

二つの実行機能のうち、感情の実行機能が欲求を抑える能力であるのに対し、思考の実行機能は欲求が関係せず、ついついしてしまう行動を抑える働きが重要になるのです。

 

思考の実行機能には、2つの基本要素があります。1つはその状況で必要とされる目標を保ち続けることです。これは先ほどの例においても、対応するときに心がけることですね。そもそも、実行機能は目標にむかって自分の行動をコントロールする能力でした。目標を達成するために必要な能力なので、目標を見失わずに保ち続けることは極めて重要なことなのです。

 

このことを考えると、感情のコントロールとの違いは目標が分かっていても我慢できるかできないかで目標が達成するかどうかが変わるのが感情の実行機能で、目標を定め、保ち続けることで目標を達成するのが思考の実行機能であるということであることが分かります。

 

では、もう一つ思考の実行機能の要素は、いくつかの選択肢から、一つの行動を優先するということです。特に、選択されやすい行動と選択されにくい行動があった場合、必要に応じて選択されにくい行動を優先するということです。先ほどのケーキを買いに行くシーンで考えると、いつもの帰り道で習慣化されている「右に曲がる」という選択肢は「左に曲がる」より選択されやすくなっています。このような条件の中で、左に曲がるという選択肢を優先する働きが必要になるのです。

 

つまり、目標を保つことと、ある選択肢を優先させること。この二つが思考の実行機能において、最も基本的な働きとなります。

小学生の実行機能

では、小学生の感情の実行機能はどのように変わってくるのでしょうか。感情の実行機能は5~6歳で終わるわけではありません。ただ、小学生になるとその実行機能の様子はより洗練されたものになってくるそうです。

 

たとえば、今日貰える安いチョコレートと、明日以降に貰える高価なチョコレートのどちらを子どもが選択するかを調べた研究があるそうです。この研究では、ミシェル博士らは小学生に対し、今日もらえる安いチョコレートと高級なチョコレートの期間を比べ、どれだけ待つ時間が変わるかを見ていきました。

 

人によっては、いくら高級なチョコをもらえるとしても、今日もらえるのであれば安いチョコレートでもいいという人は多くいそうでしょうが、小学生のこの検証では面白い結果が出たそうです。まず、小学校3年生までの子どもは、高級チョコレートが最低一日、今日我慢したら明日は高級なチョコレートが貰えるとしても、今日もらえる安いチョコレートをもらうことを選んだそうです。一方、4年生以降になると、高級なチョコレートを選びます。ただし、小学校4~6年生でも、4週間待たなければならない場合は、今日もらえる安いチョコレートを選ぶ子どももいます。つまり、小学生の間でも感情の実行機能は大きく成長することがわかったのです。

 

また、小学生になると、5~6歳の子どもたちが欲求をコントロールするためにいろいろと工夫をすることよりも、より洗練された工夫をするようになります。小学生が良く用いるのが「もし~したら、○○になる」という考え方です。例えば「もし私が今ベルを鳴らしたなら安いチョコしか食べられないけど、もし私が欲求に耐えられれば高いチョコが食べられる」というように、学校教育を受けて、論理的な考え方ができるようになるのです。

 

なるほど、こういった論理的な考え方は学校教育によりできるようになるのですね。どちらかというと、大人の欲求のコントロールというのは「もし~したら、○○になる」という考えでコントロールしているように思います。より長い見通しをもって、日々の中で活動していくにはこういった欲求をコントロールする術が必要になります。こういった論理性というものは学校教育によって育まれる部分があるのですね。

 

つぎに、森口氏は感情の実行機能とは別のもう一つの実行機能である「思考の実行機能」について説明しています。この実行機能は感情の実行機能とは違い、思考の実行機能については欲求や衝動が関わらないといいます。この実行機能はついつい無意識的にやってしまう行動、習慣、癖などをコントロールするものだというのです。では、それは具体的にどういったものをいうのでしょうか。

いつから待てるのか?

では、実際に子どもはいつ頃から待つことができるようになるのでしょうか。様々な研究においては総じて2歳以下の子どもは目の前に魅力的なお菓子や食べ物があると待つことができません。つまり、2歳以下の子どもには感情の実行機能は備わっていないのです。2歳頃から少しずつ待てるようになり、3歳、4歳になると待つことができる時間が著しく伸びます。ストレスブール大学の巣ティーランド博士のグループは、クッキーを2枚得るために目の前にあるクッキー1枚への欲求をどれだけコントロールできるかを調べました。その結果、2歳児は1分待つことができれば良いほうで、3歳児では2分程度、4歳では4分以上待つことができるようになることが示されています。このようなテストでは5~6歳頃には10分待つことができる子どもも増えてきます。これ以外にも幼児期に感情の実行機能が発達することが確認されています。

 

ではなぜ、2歳児や3歳児は長い間待つことができないのに、5歳児や6歳児は待つことができるのでしょうか。これには大きく2つの理由があると森口氏は言っています。

 

1つは当然のことながら、欲求を抑える力そのものが発達することです。つまり、ブレーキの性能が2歳よりも3歳、3歳よりも4歳のほうが高くなります。そのため、食べ物に対する欲求をうまく抑えられるのです。ですが、より重要なのが、もう一つの理由です。それは「欲求の工夫ができるようになる」ということです。2歳児や3歳児は直接的に欲求や感情を押さえつけようとしますが、実際にはこの方法はあまりうまくいきません。大人でもそうですが、感情や欲求を抑えつけようとすればするほど、むしろその感情を意識してしまって難しくなります。つまり「パンドラの箱」のような状態になるのです。見てはいけないと思えば思うほど、見たくなるのです。しかし、5歳児や6歳児になると、長く待つために自分なりの工夫をするようになります。

 

マシュマロテストでは2歳児や3歳児はマシュマロを見て、その美味しさについて考えてしまうと、待つことができなくなります。どうしてもマシュマロの美味しさを考えてしまうため、なかなか誘惑に勝つことができません。一方、5~6歳児はマシュマロの誘惑に負けないようにいろいろと工夫します。もっとも簡単な方法は、マシュマロをみないという方法です。魅力的なマシュマロから目をそらすことで、マシュマロのことを忘れようとするのです。このような簡単な方法でもかなり効果的です。しかし、よりレベルの高い方法を使う子どももいます。その一つが、想像力です。こどもは想像力を働かせて、マシュマロの形は雲と似ているな、などと考えると待てる時間が長くなります。そうすることで、マシュマロの美味しさから注意がそれるのです。子どもは想像力を駆使して、空想上の友だちを作り出すことすらあります。また、何か別の楽しいことを考えると、マシュマロテストで待つことのできる時間が長くなります。たとえば、マシュマロテストの後に大好きな電車を見に行くことになっている場合、電車のことを考えると、待てる時間がなくなります。5~6歳児は、だれに教えられることもなく、自分なりに待つ時間を長くする方法を生み出します。このような工夫を経て幼児期に感情の実行機能は著しく発達すると森口氏は言っています。

 

このことは保育における「我慢」というのも同様のプロセスが見えてきますね。以前、保護者との間で、「どう子どもに椅子に座らせることを教えたらいいのか」という質問を受けました。私はその保護者に「では、お母さん。3時間立っていてください」と言いました。そして、「それはしんどいことです。しかし、ディズニーランドでアトラクションを待つときには3時間はまてるでしょ?それはさきに楽しいアトラクションがあるのを知っているからです。」と話したのです。つまり、先に楽しいことが待っていることが見通せてないと待てないのです。単純に我慢させるのは拷問かもしれません。今回のマシュマロテストのように5~6歳は想像力を駆使し待てるかもしれません。しかし、それもそれまでのプロセスがないとなかなか難しいのです。こういった研究は見方を変えると保育の中で当たり前にやっていることをより具体的に理論がついてくるのが分かります。

実験の穴

森口氏は感情の実行機能のしくみを自動車のアクセルとブレーキの関係にたとえて説明しています。たとえば、マシュマロテストで今すぐにマシュマロを手に入れたいという欲求があります。これをアクセルとブレーキの関係でいうと、アクセルと言えます。もう一つの側面がブレーキでありますが、これはマシュマロを手に入れたいという衝動や感情をコントロールする側面です。つまり、マシュマロを手に入れたいという気持ちを抑える働きのことです。このように感情の実行機能はアクセルとブレーキの関係で決まります。

 

このアクセルの働きは生まれたばかりの赤ちゃんであっても母乳やミルクを欲しがることから、アクセルは生まれつき持っていると考えられます。一方、ブレーキについては、赤ちゃんにはほとんどありません。幼児期ごろに備わり、その性能が年齢とともに向上することがわかっているのです。

 

このように感情の実行機能があるのですが、この感情の実行機能を調べるためには複数のテストが使われます。そして、子どもの感情の実行機能はこれらのテストの合計点のようなカタチで表されます。この複数行うことがマシュマロテストだけでは不十分であるということの理由です。なぜかというと、その理由はテストに参加した子どもの好みに左右されるからです。つまり、マシュマロを使った場合、当然マシュマロが好きな子もいればそうでない子もいるということです。冷静に考えてみるとそれはそうなのです。感情の実行機能を測るにあたって、マシュマロが好きではない人にとっては、それを欲しいという衝動や欲求はないわけなので、容易にブレーキで抑えることができるのです。一方でマシュマロが大好きな人はアクセル全開になってしまいやすいわけなので、ブレーキで抑えることがむずかしくなります。つまり、マシュマロテストだけだと、マシュマロを好きかどうかによって結果が大きく影響を受けるので、実行機能をしっかりと調べることができないのです。そのため、マシュマロテスト以外のテストを用いることで、マシュマロなどの特定の好みに依存しない感情の実行機能を調べられるのです。

 

このことはテストを行うにあたって、特に気を付けなければいけないことです。そして、以前に紹介したように、こういった心理実験においては、しっかりとした反証をもちいなければ、正確な結果を得ることができないのです。つい人は先入観や自分に都合のいいように物事を受け取りがちです。そうならないためにも、さまざまな視点から実験や事例を持つことが必要とされるのですね。最近では、マシュマロテスト自体が反対されているという話を聞きましたが、マシュマロテストが問題なのではなく、被験者の好みによって結果が大きく左右されるということに問題があったようです。そのため、多角的な見方をしていかなければいけないということが分かりました。