愛の理論

ゴプニックは幼児期の体験は後の信念に影響し、信念は行動に影響し、その行動がまた体験を持たせるというサイクルがあると言っています。だから、最初に否定的な体験をしてしまうと、それが繰り返されるリスクが上昇するのです。しかし、そういったことばかりではありません。統計的にはその数は多いかもしれませんが、克服できるケースもあるのです。それは新しい愛に出会えば、不幸な体験から生まれた理論も修正されるのです。

 

こういった子どもの心理学理論は多分に心理学者であるフロイトから大きく影響されています。愛着理論の創始者であるジョン・ボウルヴィもその影響を受けています。フロイトはピアジェと同様に、幼児期をめぐる天才的な洞察を多く示しています。愛着理論の研究者たちは、乳児期の体験、とりわけ親子関係によって後の情緒を形づくることが無意識のうちに行われている可能性を指摘しています。つまり、夕べであった女の子に取った態度は、知らない間に影響したママの理論のせいだというのです。さらに、幼児期の親子の愛と、大きくなってからする恋愛は同じ性質のものだという説もあります。確かに、自然と両親や親から影響を受けていることは多いかもしれません。それが恋愛観にまで影響しているかどうかは分かりませんが、親が一つのモデルとして、恋愛像や家庭像といったものに影響をもたらしているという部分があるのはあるように思います。

 

しかし、このフロイトの理論ですが、現在の心理学者においては、また少し違った解釈が行われているようです。現在の研究では、昔に比べ、もっと時間も労力もかかる実証的実験を入念に行います。その結果、現象論的、結果的にはフロイト流のように過去の影響を受けているというように解釈しますが、このフロイトの理論を別の理論でも説明できることが分かったのです。フロイトは人間の心を動かす原動力は精神的な衝動で、この心的エネルギーはそれを抑え込む「抑圧」やそれを移し換える「転移」などの仕組みによって、分散したり、方向を変えるのだと考えました。この考えに立てば、世界に対して私たちが抱く信念も、無意識の衝動に決定づけられたり、ゆがめられたりしていることになります。簡単に言うと人間の活動の本質は「衝動」により、動かされているというのです。

 

しかし、現在の認知科学や神経科学では、「エンジン」のように精神的な衝動によって動かされていた人の活動に対して、人の心を動かす原動力はエンジンのように突き動かされるものではなく、「コンピューター」のように緻密な計算によるものだと喩えています。これは私たちの脳の動きによって解釈されました。私たちの脳は正確に世界像をとらえ、その像を利用して、少なくとも全体的、長期的に世界にうまく働きかけられるように設計されていると言われています。そして、物理学や生物学を発見するのも、愛を見出すのも、同じ計算能力、神経学的な能力だと考えられているのです。

 

フロイトの心理学では、男の子は母親と性交渉をしたがっているという説があります。しかし、現在の考えにおいては、「性交渉を持ちたがっている」というのではなく、「性愛の相手に母親を求めている」というほうが真実に近いのではないかとゴプニックは言っています。つまり、「性愛の相手に母親を求めている」というのは「恋する相手に母親像を求めている」ということとも言えます。このことを示すように最近の研究では「母性愛」と「夫婦愛」の分かち難い関係が明らかにされているようです。子どもへの愛は生物学的な親子関係を越え、社会にも広がっていくのです。そのため、愛の理論というのはすべての人に関わる力となります。