刑務所における実態

宮口氏は「本来保護しなければいけない障害者が犯罪者になる」と言っています。本来、傷つきやすく、成功体験が少ないため自信を持ちにくい障害者を支援するために、支援者は傷つかないように言葉を選び、少しでも自信をつけさせてあげようと日々関わっています。しかし、そんな存在である人たちに、誤って、傷つきそうな言葉を投げかけてしまったらどうなるでしょうか。彼らの心はすぐに折れてしまうかもしれないのです。実際のところ、そんな繊細な彼らが学校で、社会で、気付かれず、傷つけられ、被害者になるばかりか、逆に犯罪者になってしまう現実は確かにあるのです。宮口氏の勤務していた医療少年院ではそういった少年たちの集まりだったようです。本来は支援をもって、大切に守ってあげなければならない障害を持った子どもたちが学校で気づかれず、支援を受けれなかったばかりか、イジメや虐待を受けていたのです。そして、最終的には加害者になってしまっていたのです。

 

では、実際のところ、刑務所にはどれほどのこういった軽度知的障害や境界知能、宮口氏のいういわゆる「忘れられた人々」はどれほどいるのでしょうか、このことは政治資金規正法違反の罪で、栃木県の黒羽刑務所に服役した元衆議院議員、山本譲司氏の著書「獄窓記」に詳しく書かれているそうです。刑務所の中には凶悪犯ばかりと思っていた、彼が見た刑務所には障害を持ったたくさんの受刑者がいたそうです。おそらく刑務所にいる受刑者は、軽度知的障害や境界知能をもった人がかなりの割合占めているそうです。法務省の矯正統計表によると2017年に新しく刑務所に入った受刑者1万9336人のうち、3879人は知能指数に相当する能力検査値(CAPAS)が69以下だったそうです。つまり、約20%が知的障害者に相当すると考えられるのです。軽度知的障害相当(CAPAS値:50~69)であれば約17%、また約34%程度が境界知能に相当(CAPAS値:70~79、および80~89の約半分の合計)していました。つまり、矯正統計表からすると軽度知的障害相当や境界知能相当を合わせると、新奇受刑者の半数近くに相当することになるのです。一般的には軽度知的障害と境界知能を合わせると15~16%程度ですので、やはりかなり高いといえるのです。

 

しかし、この数字には批判がなされていたそうです。平成26年に法務総合研究所が発行した結果(法務総合研究所研究部報告52)では知的障害者は2.4%であったと公表されています。法務省の矯正統計表の約20%とは8倍近くの違いがあります。では、なぜそのようになったのでしょうか。これは矯正統計表には一つの問題があるのです。それは法務省が使った「CAPAS」という知能検査には年齢補正が十分ではないという欠点が指摘されていたからです。高齢者が多いと数値が低く出やすく、再入者は受験意欲が低下しがちであり、知的障害相当者を多く拾ってしまう傾向にあるからなのです。しかし、これをもって刑務所にいる知的障害者たちが2.4%になったと言えるのでしょうか。

 

では、一方で平成26年に法務省総合研究所による調査ではどうだったのでしょうか。ここでは刑務所職員に調査票を記入させて知的障害、もしくは知的障害が疑われる人数を書かせているということだったそうです。また、すでに医師によって診断を受けているもの、CAPASなどで知的障害が疑われ精査が必要になっているかがまだ医師による認定には至っていないのです。つまり、知的障害を持っているかどうかは職員に判断が委ねられているのです。

 

CAPASで問題がないとされた受刑者は調べられていない可能性があること、境界知能についても調べられていない可能性があることがあり、実際の刑務所の実態は全く捉えられていないと言っても過言ではないようです。つまり、職員が知能検査を高く評価してしまうと本当のIQが65なのにCAPASでは80と出てしまう可能性もあるのです。