しなやかな心

「知能は影響を受けやすい」というのは、前回の内容でも紹介されました。しかし、ここで面白いのは様々なことに知能が影響を受けやすいという問題を心理学や神経科学者の間で議論の的になっていることだと言います。もちろん、学力テストのスコアはさまざまな訓練によって左右されるが、知能そのものはそんなに変わるものではないというのです。しかし、スタンフォード大学の心理学者キャロル・ドゥエックが目覚ましい発見をしました。

 

それは実際のところ知能がどこまで影響を受けるのかという問題はいったん置いておいて、知能は影響を受けやすいものだと「信じている」生徒のほうが成績がはるかによかったという点です。そこでドゥエックは人々を二つのタイプに分けました。それは「凝り固まった人々」と「しなやかな心の人々」です。前者は知能や他の能力は本質的に生まれつき変わらなかったものであると思っていて、後者は知能は改善できると信じているというのです。生徒の心のありようを見れば成績の伸びがだいたい予測できるというのです。そして、知能は伸ばすことができると信じている生徒は実際に成績も伸びています。知能そのものが変わろうが変わるまいが、心のありようは確実に変えられます。そのため、正しい対策によって生徒の心のありようを凝り固まったものからしなやかなものへ変えることはできるし、結果としてその方が成績もあがるのです。

 

ジョシュア・アロンソンは心のありようを変えるための対策の効果を比較研究しました。対象は低所得層の7年生(中学1年生)で、一年の間に対象の生徒に大学生の助言者が付きます。そして、一度につき9分、2回顔を合わせた後、定期的に電子メールで連絡を取り合いました。このように無作為に選ばれた1部の生徒にはしなやかな心のありようを作るためのメッセージ、たとえば「知能とは限定された資質ではなく、心の訓練によって拡張できる能力である」といったような事柄で助言者からあたえられます。それとは対照のグループには「薬物の使用は成績にも悪影響を及ぼす」といったありきたりなメッセージを与えました。その学年の終わりに、アロンソンとその同僚は二つのグループを標準学力テストのスコアによって比較しました。その結果、しなやかな心を作るメッセージを聞いた生徒のほうがアンチ・ドラックのメッセージを聞いた生徒よりもはるかにいい成績をあげていました。

 

特に顕著だったのが女子生徒のスコアで、女性の数学のスコアは特にステレオタイプの脅威の影響が表れやすかった。それは女子は数学が苦手であるという典型をなぞる結果になったらどうしようと心配している生徒が大勢いるということが見て取れます。実際の点数を見るとアンチ・ドラックのメッセージを受けた女子生徒の平均点は74点、男子生徒のものより8点低かったそうです。そして、しなやかな心を作るメッセージを受けた女子生徒の平均点は84点で男子生徒の差が完全になくなっていたそうです。

 

これは「しなやかな心」ということで紹介されていますが、これは子どもたちにとって「夢はかなう」ということと同じような内容でもあるように思います。今の社会、「どうせそうは言っても・・・」ということが多いように思います。それはある意味、「自分の今の能力は改善することは無理」と言っているようにも思えます。今の日本で夢を持っている人は他の海外に食らえると比較的に少ないとも言われています。それは人生における成功にも少なからず影響しているのかもしれません。保育者や教育者はここで紹介されている助言者のように子どもたちに関わる必要がありますね。そして、それは結果として、子どもたちの知能の変化や「しなやかな心」にもつながっていくのだということが分かります。