これからの社会

2020年日本では教育改革が行われるというのは2018年にベネッセが出した「2020年教育改革」という資料にあります。そこでは「21世紀の社会を生き抜くために必要な能力は大きく変わる」と言われています。その根拠となるのがオックスフォード大学のマイケル・A・オズボーン助教授の2015年の研究で「あと10~20年で、49%の職業が機械に代替される」というものでした。ほかにもニューヨーク市立大学大学院センター教授のキャシー・デビットソンの「2011年にアメリカの小学校に入学した子どもたちの65%は今は存在していない職業に就く」という発表です。また、2013年のディスコキャリアサーチの「外国人社員の採用に関する企業調査」では約1/3の企業が外国人留学生を採用し、特に1000人以上の企業では2社に1社とその割合は増加する」と言われています。こういったデータを見ているといかにこれからの時代が、今生きる子どもたちにとって、今以上に変化のある将来かということが分かります。そして、今、当たり前の社会が非常に速いスピードで変化を起こしているということも分かります。

 

それはこのコロナ禍も一つの契機となっていたかもしれません。コロナ禍以前は、テレワークというのは新しい仕事スタイルとして、認知はされていたものの、まさかこれほどまでに社会で当たり前になったとは思わなかったでしょうし、遠隔での会議も今では当たり前のようになってきましたが、コロナ禍が起こったつい半年前では考えられないことだったと思います。コロナウィルスの流行で仕事様式や生活様式の変化に拍車がかかったようにも思います。そういった変化が起きている時代の中では、どういった教育が求められるのでしょうか。

 

現在OECD(経済協力開発機構)で教育・スキル局長でもあるアンドレアス・シュライヒャー氏は著書「教育のワールドクラス」でこう言っています「これからの学校は、生徒が職場でも、市民としても、他者に共感し、自ら考え、他者と交流する手助けをする必要があるだろう。学校は生徒がゆるぎない善悪の判断力をもち、他者から自分に向けられた主張に配慮し、個人と集団行動の限界を理解できるよう支援しなければならない」と言っています。

 

そして、「職場、家庭、地域で、私たちは異なる文化や伝統の下で他者がどのように生活し、どのような考え方をするのかを深く理解する必要がある。機械が人類からいかなる仕事を引き継ぐにしろ、人類が社会的市民的生活において、意義のある貢献をするための知識とスキルはさらに必要性を増すだろう」と言っています。つまり、いくら機械に代替される時代が来たとしても、人が社会を形成することに代わりがないのであって、ではその本質は変わらないと言っているのです。そして、その本質というのが機械によって代替えされることによってより、鮮明に必要とされてくるということを言っているのです。

 

シュライヒー氏は「私たちにはエージェンシー(自ら考え、主体的に行動し、席員を持って社会に参画し、変革していく力)がある。今後デジタル技術において、いかなる影響を受けるかは、これらの破壊に対し、私たちがいかに協同し、体系的に対応するかにかかっている」と言っています。つまり、この「エージェンシー」というのが一つのキーワードになり、これからの時代に重要な要素になっていくということが分かります。