幼児

遊びから得るもの

「遊びが不足すると問題解決スキルの発達も妨げられる」と1978年のDevelopmental Psychobiologysに発表されました。そこでは隔離されたラットと制約なく自由に遊ばせたラットのグループの両方に、おやつを手に入れるためにゴムボールを引っ張ってどかす訓練をしました。数日後にはおやつを手に入れるためには今度はボールを押さなければならないように変えます。すると、隔離されていたラットは遊ばせたラットよりも、新しいやりかたを試みるのに、はるかに時間がかかったのです。この論文の著者は遊びを通して新しい試みをすることを学ぶのだろうと推測しており、遊ばなかった動物は行動の柔軟性を獲得しなかっただろうと考えました。

 

ほかにも2007年の研究では遊びは言語発達も助けるとワシントン大学の研究者が発表しました。18ヶ月から2歳半の子どもたちに対して、積み木の箱を与え、その子どもたちの親と、積み木を与えなかった同様のグループの子どもたちの親に、どれくらいの頻度で子どもが遊んだかを記録し続けてもらいました。6か月、積み木で遊んだ子どもは、他の子どもたちよりも、言語テストの得点が明らかに高くなったのです。しかし、この子どもたちの言語発達には注意点があると言っています。それは積み木をすることでテレビを見るなどの非生産的な活動の時間が減ったからではないかという懸念もあるからです。

 

いずれにしても、「遊び」は様々な面で子どもの頭をよくするかもしれないと言っています。動物研究者は遊びとは予測していないことに対処する一種のトレーニングとして役立つと考えています。

 

コロラド大学の進化生物学者 ベコッフは「遊びは柔軟性と創造性を培い、それが将来の予期せぬ状況や新しい環境において有利にはたらくかもしれない」と言っており、タフツ大学の幼児発育の専門家エルキンドは「遊びを通して子どもは学ぶ。だから、遊びがないと、子どもは学習体験を逃すことになる」と言っています。

 

遊びがあるからこそ、学びがあるのですね。私たちはつい遊びと学びを切り離して考えてしまいます。親心から子どもに様々な経験をさせようと習い事をさせます。しかし、それはこどもが主体的にやることでもないですし、それ以上に子ども同士で関わり合いながら遊ぶことの方がより大きな学びになり、将来への大きな投資になるということが分かりました。そして、それは創造性や思考力、社会性や問題解決能力とどれをとっても、現在社会において必要とされるスキルです。そして、現在社会において不足しているスキルとも言われています。そう考えると今の時代子どもたちの遊ぶ時間というのは大きく削られてしまっているのかもしれません。遊ぶ時間以上になにかを「やらなければならない」時間の方が多いのかもしれません。しかし、それが今後の子どもたちにとって本当に必要なものかどうかを思うと考えさせられます。こういった研究を含め、今乳幼児教育でどういったことが求められているのか改めて考えなければいけない時代になっているように思います。

遊びの本質 2

どうやら、自由遊びには系統だった遊び以上に、自発性が保障されており、そのことが非常に重要な意味があるということなのですね。子どもたちは自由遊びをする中で、想像力を使って、新しい活動や役割を考え出すことを行います。そして、それだけではなく、社会的スキルも同時に発達するというのです。

 

ペレグリーニは「先生の言うとおりに行動しているだけでは、社会的競争力を見につけることはできない」そして、「そういったスキルは仲間と交流して、何が許容され、何が許容されないかを学ぶことで習得するのだ」と言っています。子どもたちの遊びを見ていると、大人が設定する活動を見ていると、子どもたちの質問は当然、それを示した大人にします。しかし、遊びの中でうまくいかない時は当人同士で話合うことになるのです。こういった子ども同士が遊びの中でお互いの意見を調整し合うことで、子どもたちは公平さや、交代することを学ぶのです。

 

自分のやりたいことだけを主張し、他の友だちの意見を聞かない子は遊び仲間を失ってしまいます。ペレグリーニは「子どもたちは遊びをずっと続けたいので、喜んでちょっと我慢して、他の子の願望を満たしてやるのだ」と言っています。子どもたちはその活動を楽しんでいるため、欲求不満に直面しても、算数の問題が解けない時と違って、簡単にあきらめたりはしない、こうして粘り強さと、交渉能力が育っていくのです。

 

このことは最近よく言われ、これまでのブログでも紹介した「非認知能力」というスキルです。つまり、子どもたちは自由遊びの中で、特にこの非認知能力を得ているというのです。ここから言えるのは、これまでも非認知能力の大切さは話してきましたが、大人だけの力では育たないということです。前回、森口佑介氏の「自分をコントロールする力」という中では、大人のアタッチメントが言われていたり、子どもたちに対して、応答的な関わりをもつことが大切だと言っていました。それはなぜなのか?なぜ、応答的な関わりを持つことが大切なのかということはここで言われているように、自分で考え、判断し、周りの意見と調整することが大切だからなのです。そのため、大人の介入は必要以上に入ることはかえって弊害をもたらしかねないのです。子どもにとっては、先の成長を考えると「大きなお世話」になってしまうのです。

 

子どもの世界を保障し、子どもが不安になった時に支えてあげられることが大切なのです。遊びにはそういった意味があり、こういった遊びの本質に関わる内容が研究されていることを知ることは大切ですね。また、ここで繰り広げられているコミュニケーションについてより、もう少し掘り下げてペレグリーニは言及しています。

音楽と実行機能

運動以外に森口氏は音楽も、子どもの知能や記憶の発達に有効があることが示されていると言っています。ロットマン研究所のモレノ博士らの研究では、4歳から6歳の幼児が参加し、2つのグループに分けられました。1つは、音楽を通じた訓練を受けるグループであり、もう一つは美術を通じた訓練を受けるグループです。どちらのグループも1日1時間の訓練を2度、週に5日4週間にわたって訓練を受けました。

 

音楽の訓練は、主にリズム、ピッチ、メロディなどの音楽の基本的な特徴を区別したり、学習したりすることのほかに、音楽に関する概念や理論を学んだりするなど、多岐に渡る内容でした。もう一つの美術を通じた訓練を受けるグループは、形、色、線などの美術の基本的な特徴を区別したり、学習したりしました。どちらのグループも、訓練の前後に、IQと実行機能のテストをされ、これらのテストの成績が訓練を通じて向上するかどうかが調べられました。その結果、美術訓練を受けたグループは、IQも実行機能もほとんど変化がありませんでした。一方、音楽を通じた訓練を受けたグループは、IQと実行機能が向上しました。

 

では、音楽のどういったところが実行機能に影響があるといえるのでしょうか。森口氏は「子どもが音楽を楽しみ、他の子どもと一緒に取り組むことができる」ことが実行機能に影響があるところであると言っています。なぜなら実行機能は主体的に行動をコントロールする力であることから、どんなに有効な方法でも、子どもが嫌々やるような方法ではあまり効果は出ないからではないと考えられるからです。

 

これまで、運動、スポーツ、音楽が子どもの実行機能にどう影響するのかということを取り上げてきました。共通するのはどの事柄においても、自分の気持ちをコントロールする瞬間があることが見えてきます。それと同時に、各各々のことについて、「自分がやりたこと」つまり、主体的に取り組んでいることであることも重要な意味を持つということが見えてきます。ある意味で、実行機能を育むということに共通することは、自分が何をしたいかを明確に持っていることが重要なことなのかもしれません。好きなこと、心から取り組める何かを持つことこそが実行機能を持つことにつながるのだろうということが分かります。

 

では、乳幼児教育ではどういったことが求められるのでしょうか。よくこういった話をすると「だからいろいろな経験をさせなければいけない」と親が子供に「させたがる」ことがいます。「嫌がってでも、経験する中で好きなものが見つかる」という考えです。もちろん、そういった子どももいるでしょう。しかし、「一つ好きなことを見つけても、10嫌いになる」可能性もあるのです。やはり大人が子どもたちにしてあげることができるのは子ども達が選べるだけの環境を用意することなのでしょうね。

アクセル

青年期において、実行機能に関わる脳領域が一時的にアンバランスな状態になるということが森口氏の本の中で紹介されていました。それは脳領域の発達に大きな変化が起きることが言えるようです。特にアクセルに関わる報酬系回路の発達により、ブレーキが利かない時期に青年期は入っていくようです。

 

では、ブレーキとなる脳領域はどういった発達を起こすのでしょうか。森口氏はブレーキとしての役割をつかさどる前頭前野は「成人期まで発達が続く領域です。大事なこととして、前頭前野は、児童期よりも青年期のほうが、青年期よりも成人期のほうが、ブレーキとしての役割が強くなる」ということを言っています。このことを見ていると児童期に比べ、青年期のほうがブレーキの性能はよくなっているはずです。しかし、なぜ青年期の中学生などはアクセルを制御することができないのでしょうか。それは簡単なことです。報酬系回路と前頭前野の発達が別々に発達することがその要因と言えるのです。

 

森口氏によると乳児期は報酬系回路がぶっちぎりに発達します。そのため前頭前野の発達が追いつかくことができず、目の前にあるマシュマロに手が出てしまうのです。そこから幼児期から児童期にかけて報酬系回路に前頭前野が追いついていきます。そのため、ブレーキとしての役割の前頭前野が機能していくので、報酬系回路と前頭前野がバランスよくなり、安定してくるのです。青年期になると、成長期とともに急に報酬系回路が発達していきます。前頭前野の発達がまたしても追いつかなくなってしまい、バランスが崩れてくるのです。その後、成人期になることで、前頭前野の発達が追いついてくることにより、両者のバランスが良くなってくるのです。脳領域の発達するタイミングがズレることにより、アクセルとブレーキのバランスは成長のタイミングに差が出てくるのです。

 

このアクセルとブレーキの関係で森口氏が面白いことを言っています。「こういったことを見ているとアクセルが強いことはネガティブな印象を与えてしまうかもしれません。しかし、アクセルが強いことの利点として、学習能力の高さがあげられる」と言っています。このことに関して、クローネ博士らの研究が紹介されていました。小学生、青年、大人を参加者として、ゲームをしてもらいます。しかし、最初の間、ゲームのルールは教えてもらえません。ゲームを進めていくなかで、ヒントが出され、そのヒントに基づいてルールを見つけ、学んでいかなければいけないのです。その間の参加者の脳活動をデータとして取得していきます。すると、青年期の報酬系回路が最も強く示されました。

 

ゲームのルールをヒントを基に見つけていくことに、報酬系回路が反応したのですね。つまり、ルールを見つけていくことが一つの報酬として捉え、それが意欲となっていったのでしょう。このことをみても、アクセルが強く働く青年期は、新しいことを学んだり、新しいものを探したりすることに向いている時期と言えるのでしょう。

 

この段階を見ているともう一つのアクセルが強い時期、つまり、乳児期も学びが強い時期ともいえるのかもしれませんね。実際、乳児期においては、非常に周りを見ていたり、能動的に「やってみよう」という様子が多いように思います。結果として、それは大人にとっては迷惑であったりする行動になることが多いのですが、こういった脳のメカニズムは間違いなくその頃に必要なことをしているように思います。「アクセル」という発達での様子は必要な時期としてあるのですね。その頃に多くのことを経験させるということが人生において必要な時期であるのが分かります。

思考の実行機能はいつから?

では、思考の実行期はどのようにして調べることができるのでしょうか。これには「切り替えテスト」というのが用いられます。

 

このテストでは子どもはあるルールのもとにゲームを行うのですが、途中でゲームのルールが変わります。その際に、子どもはルールの変化に応じて、頭を切り替えられるかを調べます。このテストでは、標的カードと分類カードを使います。標的カードと分類カードでは色と形の組み合わせが違います。

 

子どもは実験者の指示に従って、分類カードを標的カードのところに分けていきます。ここでは、まず子どもは分類カードを同じ色の標的カードのところに分けるように指示されます。この場合、「白い車」は「白い星」のようへ、「黒い星」は「黒い車」のほうへカードを置かなければなりません。(色ルール)これを6回程度繰り返します。子どもは、この第1段階で正しくカードを分けることができたら、第2段階に進みます。第2段階では、子どもは第1段階とは異なり、分類カードを同じ形の標的カードのところに分けるように指示されます。(形ルール)つまり、参加者は「白い車」は「黒い車」のほうへ、「黒い星」は「白い星」の方へ分けなければなりません。

 

このテストでは、同じ色のところにカードを置くというルールが、途中で、同じ形のところにカードを置くというルールに切り替わった際に、対応できるかどうかが調べられます。途中でルールが変わるため、古いルールを忘れて、頭を切り替えて、新しいルールに従わないといけません。このテスト自体は子ども向けなので大人にとっては難しくありませんが、ルールを複雑にすると、大人でもルールを切り替えることが難しくなります。

 

では、つぎに、思考の実行機能はいつ発達していくのでしょうか。

思考の実行機能も、感情の実行機能と同じ時期に発達します。国内外の多くの研究から、前記の切り替えテストでは、3歳頃までは、ルールの切り替えが極めて難しいことが報告されています。

 

たとえば、第1段階において、分類カードを色で分けるように指示されると、3歳の子どもでも正しくカードを分けることができます。つまり、ルールを理解すること、ルールに従って行動することができるのです。ところが、色でカードを分けた後に、同じカードを形で分けるように指示されると、正しくできないのです。形で分けるように指示されているにもかかわらず、色でカードを分けてしまうそうです。最初のルールを使い続け、新しいルールに切り替えることができないのです。4歳ごろになると、少しずつ切り替えができうようになり、5歳頃になるとほぼ正しくルールを切り替えることができるようになります。

 

ただしい、5歳で発達が終るわけではありません。そこで、もう一段、ルールを複雑にしていきます。