乳幼児教育

ターニングポイント①

タフ氏は10代は難しい時期と言っています。ましてや逆境に育った子どもたちの場合、思春期が最悪のターニングポイントになることも少なくないと言っています。しかし、10代の子どもというのは幼児にはできないやり方で人生を考え直したり、つくり直したりする能力を持っていると言います。そして、このことをYAPにいたキーサ・ジョーンズを実例にあげています。彼女はYAPにおいて先の見通しが一番明るい生徒であったが、タフ氏の知る限り一番痛ましい過去の物語を持った生徒だと言っています。

 

彼女はフィンガー高校の3年生で腕にはタトゥーがあり、下唇にはスタッドピアス、不揃いなカットの前髪に赤いメッシュと非常にハードな見かけでありました。そして、住んでいたところはローズランドの特に荒れたところに母親の家でした。そして、その環境はキーサの成長期を通じていつもうるさく、間借り人が大勢いていつももめごとが絶えませんでした。実のきょうだいや半分だけ血のつながったきょうだい、叔父といとこがつねに出入りしていました。父親はキーサの言葉を借りると「遊び人」で近所中に愛人がいる人だった。

 

キーサの母親は80年代にはフェンガー高校の生徒でしたが、3年生の時に酒に酔った状態で登校し退学になった。いまじゃクラック依存症とキーサは言っています。大家族の中にもコカインまで手を出しているものがいて、たびたび警察の手入れがあり、家の中をひっくり返しては銃とドラッグを探し、家の中の一人ふたり手錠を掛けられ連行されているのが常だったのです。キーサも親戚のひとりから性的ないたずらを受けたこともあったが、母親に信じられないのではと黙ることが多かったそうです。そして、彼女はその不満を学校で喧嘩をすることで解消していたのです。

 

2010年にドージアはキーサにYAPの助言者をつけてもらうよう申請しました。それがラータ・リードとの出会いです。彼女は「ギフティド・ハンズ」という美容院を経営しており、そこにキーサをシャンプー係として働かせてみました。彼女は若い女性にとっては外見も大事とキーサの内面と外面を同時に変えようとしました。そして、何時間も一緒に過ごしたり、ボーリングしたりなどを美容院でのセラピーの延長のようなものと捉えて過ごしました。彼女は完璧な姉みたいとキーサは言っています。

 

その後、キーサは6歳だった一番下の妹がいとこのアンジェロから性的虐待を受けたことを打ち明けられ、アンジェロが刑務所に入ることになったことが大きな転機になります。母親は彼の告発をあまり歓迎しなかったそうです。というのも、いたずらをされた娘よりも家賃収入の一部が無くなるのが痛手になるのでそちらに気が言ったり、アンジェロが刑務所でやっていけるかを心配したりしたのです。しかし、これがきっかけとなり、キーサは自分の人生を変える決意をし、アンジェロの事件があったために決意はますます固まります。

アタッチメントと世代間の連鎖

子どもとの良好な愛着関係があることで、逆境な環境においても、子どもたちがストレス対応システムに改善が見られるということが分かってきました。そして、それは子どもたちの将来においても影響があるということが見えてきたのです。タフ氏はシカゴに拠点を置く慈善団体「1オンスの予防基金」の自宅訪問プログラムを20年以上監督した幼児の専門家ニック・ウィクスラーとの話し合いのなかで彼はこれまでの経験の中で、新しく親になった人々との従来の話題(禁煙や乳幼児の栄養、言葉の発達など)に対応する内に、子どもの後々の成果をより良いものにするためにはアタッチメントの改善が最も強力な手段であるという研究に納得いったと言っています。

 

しかし、実際にはアタッチメントの改善に向かう訪問のスタッフが本分を思い出さなければいけないことがたびたびあったそうです。というのも、本来はあくまで愛着関係の改善が目的であって、若い親たちが抱える問題のすべてを解決することが仕事ではないのです。その様子をニック・ウィクスラーはこう言っています。「訪問スタッフにとってはかなりの難題なんですね。もっと何かしたいと本能的に思ってしまうんです。しかし、住環境の悪さや学校環境の悪さは、いつも解決できるとは限らない。我々にできるのは、親に心の強さやレジリエンスを持たせることです。可能な最良の親になれるように」

 

この言葉を受け、「1オンスの予防基金」の運営するプログラムで、「カトリック・チャリティーズ」のスタッフ スチュワート・モンゴメリーをタフ氏が見たときです。そこではジャッキーという16歳の少女と8カ月になる彼女の子どものマケイラを訪ねたときでした。その時のスチュワート・モンゴメリーの対応にさすがと思ったそうです。タフ氏はジャッキーたちの様子を見ていた時にまさに住環境や様々なことを思ったのですが、彼女はジャッキーに集中していたのです。まるで、彼女はマケイラに対して同じことをしてくれればいいと願うかのように、ジャッキーがマケイラを見る様子を見守り、励ましの言葉をかけ、温かく育むようなサポートを実践していたのです。

 

ひと世代まえの支援技法は、幼少期の言語スキルが重要だとしたハートとリズリーの研究の影響のもとに展開され、おもに子どもの語彙をふやすことを親に勧めていました。しかしこの方法には無理があったのです。それは低所得層の親の多くがそうであるが親自身に限られた語彙しかない場合、子どもに豊富な語彙を持たせようとするのは至難の業なのです。読み聞かせをたくさんするのも確かに一つの手ではあるのですが、幼児は親が語彙の増強に専念しているときだけではなく、あらゆる瞬間に言葉を吸収していくのです。そのため語彙不足は次の世代へと引き継がれる。英才教育の幼稚園にでも通い始めれれば世代間の連鎖を断ち切るのに役立つかもしれないが、親のみに重点を置いた支援では無理なのです。

 

しかし、これまでのフィッシャーやドージア、リーバーマンらの主張によれば、愛着関係を育むほうが、子どもの成長や改善に寄与する可能性がはるかに大きいというのです。そして、それは語彙の不足と違い、不安を生む親子関係は比較的小さな支援で対処できるというのです。つまり、不安定な愛着関係の連鎖は完全に断ち切ることができる。アタッチメントに問題を抱えた低所得層の母親が、適切な支援を受けることができることで子どもと安定した関係を築けるようになるのです。そして、それが子どもの人生に極めて大きな違いを生む可能性があるというのです。スチュワート・モンゴメリーの助けでジャッキーとマケイラが安定した信頼関係を築くことができれば、マケイラはいまよりは幸せな子ども時代を過ごせるだろうとこれまでの様々な実践の内容をうけてタフ氏は言っています。

関わりの改善

 

リーバーマンは過去の心的外傷やアタッチメントの不全は克服できるという事実をミネソタ大学のスルーフやエゲランドの研究では充分に強調されていないと言っています。不安定な愛着関係を健全な機能する安定した関係を育む接し方に変えるのためにはどういった助けが必要なのでしょうか。リーバーマンは親子心理療法を開発し、エインズワースの愛着理論と心的外傷につながるストレスに関する最近の研究とを組み合わせました。親所心理療法では幼児のセラピーと危機にある親のセラピーを同時におこなって、親子関係を改善し、親と子の両方を心的外傷の影響から守ろうとしています。このように親子の関係を強化することで子どもの行動を改善しようとする姿勢はアメリカ中で様々な支援方法を生んでいます。

 

ミネソタ大学の心理学者ダンテ・チケッティは137家庭を追跡し、児童虐待の経歴を記録しました。これは子どもが極めて高いリスクにさらされていた家庭の記録です。そこでは「安定群」に分類された幼児はひとりだけであり、90%の子どもが、葛藤に満ちたアタッチメントを抱く「無秩序群」に分類されていました。その後、137の家庭は無作為に治療グループと対照的群に分けられ、親子の心理療法を受けます。すると、1歳の子どもが2歳になった時点で治療グループの61%の子どもが安定した愛着関係を形成しました。その逆に「対照群」ではそれはたったの2%だったのです。つまり、このリーバーマンの親子心理療法は安定した愛着関係を育むことは問題を抱えた親にも可能であり、親と子の双方にとって極めて有益なものになるということを示したのです。

 

また、オレゴン大学の心理学者フィリップ・フィッシャーは里親制度においても実験されていました。というのも、里親制度に頼って暮らす子どもたちはしばしばストレス対応システムにトラブルを抱えていたのです。そこで家庭内の対立や困難な状況をうまく処理するためのアドバイスを6ヶ月おこなっていくと子どもに「安定群」の兆候だけではなく、コルチゾール分泌のパターンに変化が見られ、機能不全から完全に正常になっていることが見られました。

 

里親と幼い子どものための介入プログラムには、他にもデラウェア大学の心理学者メアリー・ドージアが開発した「アタッチメントと生物学的行動のキャッチアップ(ABC)」があります。これは幼児の発する信号に注意深く、温かく、落ち着いて反応するよう里親に促すという方法がとられました。すろと10回ほどの家庭訪問をしただけで子どもたちが安定したアタッチメントを示す割合が高くなり、コルチゾールレベルも一般家庭の子どもと変わらなくなったのです。また、ドージアの支援プログラムにおいて注目すべき点は、親だけが治療を受け、子どもには何もしないところです。それでも子どものHPA軸の働きに極めて大きな効果を及ぼしているのです。

 

このことから見ても、「大人が子どもたちにどのように関わるのか」は、子どもたちの将来に大きな影響を与えるということが分かります。そして、親が家庭内の対立や困難な状況をうまく処理することや子どもの発する信号に注意深く、温かく、落ち着いて反応することなどが挙げられていました。このことは保育に置き換えると「行事に追われるのではなく」といったことであったり、「余裕を持って子どもたちと関わる」といったことであったりと置き換えることができます。子どもと関わる大人や保育者、保護者自体にある程度の余裕や寛容さがなければ、それは子どもにとっても有益なものは与えられないのだろうことが分かります。

研究から見えたもの

母親の愛着のある関わり方で子どもが将来困難から粘り強く対応できるようになるレジリエンスの力を育てることができることがエインズワースの研究をはじめ、スルーフとエゲランドがミネソタで行った研究で分かってきました。そして、このことは貧困な生活において、逆境を受けた子どもたちを救う方法として見えてきたのですが、しかし、これを実現していくことはそれほど単純なことではありません。

 

そのことをサンフランシスコの心理学者アリシア・リーバーマンは言っています。彼女はカルフォルニア大学サンフランシスコ校で「心的外傷を受けた子どもへの支援プログラム(CTRP)」を運営しています。そこでミネソタで行ったスルーフとエゲランドの研究を高く評価している反面、この分析からは二つの重要なアイデアが抜け落ちているというのです。

 

一つ目は以前紹介したベイビュー・ハンターズポイントのような地区では子どもとの安定した愛着関係を結ぶのは非常に難しいことがあるというのです。つまり、愛着関係を研究するにはそこにある地域性もあるというのです。「よくあるのは、母親の人生を取り巻く環境が、本人のもともともっている対処応力ではとても太刀打ちできないケースです」と言っています。彼女のクリニックに来た親の様子から「ひどく貧しかったり、絶えず先々への不安があったりして打ちのめされているとしたら、そんなときに安定した関係を育む環境をつくろうだなんて、スーパーマンでなきゃ無理」と言っています。さらに、母親自身の過去の愛着関係の欠如が子育てをより困難にしている可能性もあるというのです。新しい母親が子どもの頃に不安定な愛着関係を経験している場合には、自分の子どものために安定した育児環境を整えるのが飛躍的に難しくなるというのです。

 

二つ目は「過去の心的外傷やアタッチメントの不全は克服できるという事実がミネソタの研究では十分に強調されていない」ということです。彼女は不安定な愛着関係を生む接し方を、健全に機能する安定した関係を育む接し方に変えることは可能だと言います。この変化を自分で達成することのできる親もいるがたいていは助けが必要になる。そして、その時の助けこそ、リーバーマンが取り組んできた仕事なのです。

 

この2つにおいて、確かにハンターズポイントのような地区はかなり特殊であり、日本においてこのことが合致するような地域というものはあまりなく、研究対象に偏りがあることはとても気になります。また、2つ目の不安定な愛着関係を生む接し方を、健全に機能する安定した関係を育む接し方に変えるというのは今の時代非常に需要があります。実際に自園でも保護者に対する育児支援やカウンセラーの需要はありますし、どの園でも保護者支援というものの課題はついて回ります。

 

では、リーバーマンはどのようにその支援や提案を行っていくのでしょうか。

安心基地と未来

エゲランドとスルーフの研究は満一歳時点での愛着関係が、その後の人生を広範囲にわたって予測できる指標となることを発見しました。そして、アタッチメントの安定した子どもは人生のどの段階でも社会生活を送るうえでより有能だったのです。

 

就学まえの子どもの場合、「安定群」に分類された子どもの3分の2が、教師によって行動面で「望ましい」と判断されました。そうした子どもたちは人の話が聞け、積極的に活動でき、教室の中で滅多に癇癪を起さなかったのです。逆に「不安定群」に分類された子どもでは、「望ましい」部類にはいったのは8人に1人で、教師の分類によれば大部分の子どもが行動面で一つ以上の問題を抱えていました。幼少期における親の役割に関心が薄く、感情面での要求に応じないと診断された親の子どもたちは、幼稚園では最も低い成果しか上げられず、教師はそのうちの3分の2に特別教室を受けるか小学校への入学を延期することを勧めたのです。依存という指標から園児を分類すると「不安定群」の子どものうち90%が、クラスの半数の子どもより依存度が高かった。「安定群」の子どもでは12%でした。さらに「不安定群」の子どもは教師やほかの子どもたちからいじわるであるとか、反社会的な傾向があるとか、未熟であるなどと言われることが多かったのです。

 

対象の子どもたちが10歳になると、研究者は無作為に抽出した48人を4週間のサマーキャンプに招き、観察をしました。そして、児童の一歳児のアタッチメントの分類が知らされていないカウンセラーを付けます。すると児童期に「安定群」に分類された子どもたちをより自信と好奇心があり、失敗にもうまく対処できると評価しました。しかし、「不安定群」の子どもたちは他の参加者と過ごす時間が短く、カウンセラーと過ごしたり一人で過ごしたりする時間が長かったのです。

 

最後に子どもたちの高校生活を追ったところ、どの生徒がきちんと卒業することができるかを見ていったところ、知能テストや学力テストよりも、幼少期における親のケアに関するデータのほうが精度が高かったのです。幼少期の親の関わり方のみを判断材料に、子どもたち自身の気質や能力をあえて無視して数字をはじき出したところ、制度は77%でした。つまり、子どもたちが4歳にも満たないうちに、誰が高校を中断することになるかを8割近い確率で予測できたことになるのです。

 

そして、このアラン・スルーフとパイロン・エゲランドの子どもを使った研究結果とマイケル・ミーニーがモントリオールでおこなったラットの研究結果が非常に似ているということが見えてきます。どちらのケースにおいても、子どもが生後間もないうちに親として特定の役割を果たした母親が一定の割合で存在しました。そして、子どもと関わる行動が子どもたちのあげる成果に対し協力で永続する効果を及ぼしている点が共通している。人間においてもラットにおいても乳児のうちに適切な世話を受けたものは、後により好奇心や自制心をもち、障害にもうまく対処できたのです。幼少期の育児における母親からの注意深いケアが、ストレスから身を守るためのレジリエンスを育んだのです。そして、人生において、普通に起こりうる困難な事態に直面したときに、何年も後になってからも自分なりの主張を行動にうつし、自信を持って前に進むことができたのです。

 

乳幼児期における安心基地の重要性は将来におけるレジリエンスに非常に重要な意味があるのですね。それは「なにができるか」といった能力をつけることよりも、子どもの起こす活動にむけて反応をしてあげることこそ、必要なのだということなのです。人によっては、反応なんてしてられないと思う人がいるかもしれません。だからこそ、もっと小さい赤ちゃんの頃からしっかりと対応することが必要なのかもしれません。そして、ここでは「適切な」という言葉がいれて書かれています。この適切というのが大切であって、それが最近は「過度」か「放置」かといったように両極端になっているように感じます。「子ども主体」と言うのは保育においてとても重要なキーワードであります。過干渉であると子どもたちの可能性を大人が制限してしまう可能性があります。逆に「放任」であると子どもが必要な時に手助けや対応ができない可能性があるのです。だからこそ、「子どもが必要なとき」にこそ対応することが重要なのだろうと感じます。そして、そういった対応が「見守る」ということにつながるのです。