乳幼児教育

これから必要なもの

これからの社会はどうなっていくのでしょうか。今回の新型コロナウィルスで、教育の現場も大きく変わってくるようです。リモートでの授業の推進、パソコンやスマートフォンを使った授業形態に変わっていくことなど、授業のあり方も新しいものになってきます。保育でも動画を子どもたちが見えるように配信することが多くなりました。ただ、こういった新しい方法において非常に危惧していることもあります。その一つはヒトと関わることが極端に少なくなるということです。社会性を養う機会が少なくなることは非常に危惧するところです。また、最近、教育や保育の分野において「非認知スキル」が注目されています。これは以前ポール・タフ氏の本にも取り上げられていた内容でした。

 

森口佑介氏は自身の著書「自分をコントロールする力」で非認知スキルは「将来の目標のために、目の前の困難や誘惑を乗り越える力」と表しています。そして、そのためには自分をコントロールする力が必要になってくると言っています。そして、この力はいわゆる「頭の良さ」とは違ったタイプの能力であると言っています。一般的に頭の良さとはどういったことを意味するのでしょうか。多くはどれだけ知識を持っているのか、どれだけ早く問題を解けるのか。与えられたじょうほうからどれだけ推測することができるのか、などを指すのではないでしょうか。こういった頭の良さは専門的には「認知的スキル」と呼ばれ、いわゆるIQ(知能指数)はこの典型的なものです。

 

一方で、目標のために自分をコントロールする力は、頭のよさとは直接的に関係はしません。そのため、認知的スキルとは異なる能力という意味で「非認知スキル」と言われるのです。そして、これは「社会情緒的スキル」とも言われます。非認知スキルは、自分をコントロールする力のほかに、忍耐力、自信、真面目さ、社交性など、さまざまなスキルを含みます。

 

私はこの非認知スキルというのは学業ではなかなか身につくことが難しい分野であると思いっています。小学校が道徳の授業化がされていますが、座学だけで差別はなくなるのでしょうか。道徳の授業を受けたからといって、道徳的な人間になるのでしょうか。私はこういったコミュニケーション能力というのはやはり人との関わりの中で養われてくるものだと思います。そして、このコミュニケーション能力というものも非認知スキルの一つであると思っています。そして、この考えこそが、リモート学習や保育における一斉保育の危険な部分ではないかと思うのです。なぜなら、そこには対話はなく、一方的な情報の伝達になる可能性があることや、先生と子どもといった限られたコミュニケーションになりがちからです。

 

しかし、実際のところ、非認知スキルの中には、IQとは異なり、測定することができないものも多数含まれます。そのため、大事とは言いながらも、科学的な研究に裏付けられているとは限らないのです。その中でも、森口氏は自分をコントロールする力が将来にとって大事な力だと言っています。

視点の違い

ロバーツによると勤勉性は職場といった枠だけではないところが最も興味を惹いたと言います。勤勉性の高い人々は高校や大学での成績もよく、犯罪に関わる率も低い。結婚生活も長く続き、長生きだというのです。そして、喫煙率や飲酒率だけではなく、血圧が低めで脳卒中にならず、アルツハイマー病を発症する確率も低かったのです。ロバーツは「現時点では生涯にわたって望ましい成果を上げる一番の要素だと思われる」と勤勉性のことをあげています。

 

そんな中、学校や職場での成功と勤勉性のつながりに関する実証的な証拠があがってきました。1976年に出版された『アメリカ資本主義と学校教育』という著書の中で、マルクス派の経済学者のサミュエル・ボウルズとハーバード・ギンタスは、アメリカの公立学校は社会階級の区別を永続させるために作られていると主張したのです。つまり、「資本家が労働者をそのままの階級にとどめるために、「教育システムは人々に適度に従順であることを教え込もうとする」と考えたのです。そして、同時期に研究をしていたジーン・スミスの研究を引き合いに出します。スミスによると高校生の将来を判断する材料として最も信頼がおけるのは知能指数検査ではなく、周りの級友たちから「性格の強み」をどう評価されるかであったというのです。ここでいう「性格の強み」は「誠実であること、責任感があること、どんな時でも規律を守ること、夢見がちではないこと、意志が固いこと、粘り強いこと」などが含まれています。この評価は該当者の大学での成績を予測するのに、学力テストの点数、クラス内の順位といった認知スキル評価の3倍も正確な指標となったのです。この調査結果に興味を持ったボウルズとギンタスは、大規模高校の3年生全員に知能指数検査とパーソナリティ・テストを一通り受けてもらいました。すると、認知能力テストのスコアがGPA(評定平均)を正確に予測する材料となったのは予想通りでしたが、勤勉性を含む16のパーソナリティの尺度から引き出された指標もまた同じように正確な予測材料となったのです。

 

このことはセリグマンやピーターソン、ダックワース、それにロバーツなどの心理学者にとっては学校教育の成功と性格の問題には関係があり、その重要性を示す根拠となったのです。しかし、ボウルズとギンタスにとっては、学校のシステムが従順なプロレタリアート(生活のために自分の労働力を売って賃金を得る階級、つまり労働階級)を作り出すお仕着せであることの証明だとしたのです。

 

彼らの見方ではGPAの高い生徒は創造性や独立心のスコアが低く、時間厳守、満足を先延ばしにすること、行動の予測が可能であること、人望などのスコアが高いと言います。このことを会社員にあてはめると、上司が部下を評価する方法は教師が生徒を評価する方法と同じであったというのです。つまり、創造性や独立心の高い社員には低い評価がくだされ、如才なさや時間厳守、人望、満足の先延ばしなどの項目に高得点のつく社員が高く評価された。それは、アメリカ実業界の支配者たちはオフィスに安心して配置できるおとなしい羊を必要としており、そのため、そうした気質のものを選び出せるような学校システムをつくったという証明だとしたのです。

 

研究結果の視点を変えるだけでこれだけの違いが見られるのですね。

勤勉性

前回のシーガルの読替えスピードのデータの発見によって、南フロリダでのM&Msの実験に参加した低IQの子どもについても、新しい考え方ができるようになりました。つまり、低IQの子どもたちが行った2回目の知能指数でチョコレートという見返りがあると数値が上がったことを受けて、数値が79なのか。それとも97なのかということでしたが、97の知能検査の結果のほうが本物に違いないということが言えるのです。

 

普通は真剣に受ける知能検査において、IQの低かった子どもたちはチョコレートが貰えるといった動機付けがあって初めて真剣に取り組んだというのです。そのため、M&Msが魔法のように知能を授けたわけではなかったのです。彼らはもともと答えを出すための知能を持っていたのです。そのため、本来彼らのIQが低いということではなかったのです。むしろ彼らの知能指数は平均値に近かったのです。

 

しかし、シーガルにとっては、79という最初に出たスコアのほうが将来と関係があったと言います。それはかかっているものや見返りの少ない読替えスピード・テストが受験生の将来を見通す材料になったのと同じことである。IQは低くなかったかもしれないが、目に見えるインセンティブがなくとも知能検査に真剣に取り組めるという資質に欠けていた。シーガルの調査によれば、それこそが極めて価値のある持つべき資質なのであるということが見えてきたのです。

 

シーガルの研究に見られた見返りの有無にかかわらず努力できる資質をパーソナリティ心理学で使われる専門用語では「勤勉性」と言います。ここ数十年の間にパーソナリティ心理学の研究者の間に出来上がった共通認識では、気質の分析に最も有効な方法は、気質を5つの要素(ビックファイブ)に沿って考えることであると言っています。それは協調性、外向性、情緒不安定性、未知のものごとに対する開放性、勤勉性の5つです。シーガルが調査の一環として男子生徒を対象に標準的なパーソナリティ・テストを行うと、物質的なインセンティブに反応しなかった生徒たち(M&Msが絡もうが絡むまいが良い結果を出した生徒たち)については勤勉性の数値が特に高かったことが分かりました。

 

しかし、勤勉性とはパーソナリティ心理学の分野からすると研究したがる者が一人もいないような分野でした。そんな中、勤勉性を研究したのが、第一人者でもあるブレント・ロバーツです。彼は「勤勉性を高く評価するのは知識人でもなければ、学者でもない。リベラルでもない。宗教色の濃い保守派で、社会はもっと管理されるべきと思っている人が多い」中で、研究していきます。そして、ロバーツだけを例外として、パーソナリティ心理学の教育者には最近になるまで避けられていたが、産業・組織(I/O)心理学においては研究されてきたようです。しかし、多くは大学での研究ではなく、大企業の人事コンサルタントとして働いています。企業においては学究的で難解な議論ではなく、生産力が高く、信頼のおける、仕事熱心な働き手を雇いたいわけです。そのためI/O心理学においてパーソナリティ評価が使い始められたのです。結果、職場での成功の一番の指標となるのはビックファイブの中のうち勤勉性であると分かったのです。

内なるモチベーション

主体性という言葉は保育においては非常に重要なキーワードになっています。そのため、保育者はいつもどういった保育を進めることができるのかを子どもたちの様子を見ながら保育を進めていきます。そして、子どもたちが主体的に物事を進めていくためには「活動がしたい」という動機がなければ物事にとりくむことにはつながりません。そのため、保育でも「動議付け」というのは非常に大切な意味を持ちます。しかし、これまでの話で褒美や報酬による動機によって起きるプログラムは大きな成果を得ることができなかったということが紹介されていました。では、本人がやる気になる動機づけをするときにはどういったことをすればうまくいくのでしょうか。

 

一つは気質によって動機となるかが異なるということが言えるというのを2006年カーミット・シーガルがいくつかの実験によってわかってきました。気質によって動機が異なるとはどういったことなのかというと、シーガルは気質とインセンティブ(意欲向上や目標達成のための刺激策)の関係を調べようとして、思いつく限り最も簡単なテストをしました。それは基本的な事務処理能力を評価する、読替スピード・テストです。まず、受験者は回答の鍵となる表を与えられます。それは様々な単語と四桁の識別番号の並んだリストです。次に、選択式の問題があり、それぞれの単語に対し、正解を含む5つの数字が並んでいます。受験生は鍵となるうえの表をみながら同じ数字となる正解を見つけて印をつければいいといった問題です。

 

シーガルは大勢の若者の読替えスピード・テストのスコアと標準的な認知能力テストのスコアを含む二つの大きなデータ群を見つけました。一つは、1979年から1万2千人を超える若者を追跡し始めた青年全国縦断調査(NLSY)と呼ばれる大規模調査。もう一つはアメリカ軍の新人のもの。彼らは軍に入るための試験の一環として読替えスピード・テストを受けていました。NLSYの高校生や大学生にはこのテストで全力を尽くすインセンティブはありませんでした。あくまで調査目的のためのスコアであり、成績には関係がなかったからです。しかし、軍の新人にとってはこのテストは大きな意味を持っていました。スコアが悪ければ入隊できなかったのです。

 

それぞれのテストを比較していくと、認知能力テストの平均は高校生・大学生のほうが軍の新人を上回りました。しかし、読替えスピード・テストでは軍の新人の方が上回りました。この結果を見て、シーガルはこの読替えスピード・テストによって本当に測定されたのは軍の新人が生まれつき数字と言葉を結びつける才能や事務処理能力があるかないかではなく、もっと根本的な何かではないかと気づいたのです。その何かとは、世界中で一番退屈なテストに気持ちを集中するための気質と能力であるということです。このテストで進退のかかっている軍の新人はNLSYの若者よりも熱意を持って取り組んだのです。このようなシンプルなテストの場合、少し余分に熱意があるだけで学歴の高い同年代の若者を超えるのには十分だったとシーガルは言っています。

 

ちなみにNLSYはその後も何年もあとまで若者たちを追っています。そのため、シーガルは1979年における認知能力テストと読替えスピード・テストの結果を20年後、受験者が40歳前後になったときの収入と比較します。すると予想通り、認知能力テストのよかったものはより多くの収入を得ていました。しかし、読替えスピード・テストの得点の高かった受験生も同様だったのです。実際、NLSYの参加者のうち大学を卒業しなかったものだけを見ると、読替えスピード・テストのスコアはあらゆる点で認知能力テストと同じくらい正確な予測指標になっていたのです。そして、スコアの高かったものの収入は低かったものよりも何千ドルも多かったのです。

 

それはなぜなのでしょうか。アメリカでは単語と数字のリストを単純比較する能力に重きが置かれているからでしょうか。そうではなく、彼らの得点が高かった理由は他の生徒よりも懸命に取り組んだからです。そして、実際労働市場で重きを置いているのは、見返りがなくてもテストに真剣に取り組むことができるような内なるモチベーションを持っていることです。だれも気付かないうちに、読替えスピード・テストは成人後の世界で重要な意味をもつ、認知能力とは関係ない技能を測定していたのです。

外発的な動機

サウスフロリダ大学の二人の研究者が行ったM&Msチョコレートを使った実験は知能に関する従来の認識への大打撃を与えることになります。というのも、IQによってグループ分けをした中で、低いIQのグループの子どもだけ、知能指数があがったのです。つまり、これは外発的動議付けによって知能指数が変わったのです。同じIQの子どもたちをグループ分けしたのにも関わらず。そのため、一つの疑問がわきます。彼らの本当の知能指数は通常の79なのか、それとも上がった97なのか。ここまでが前回の内容でした。

 

そして、この内容は特に貧困地区の学校の教員が毎日のように直面する疑問だったのです。彼らは生徒が見かけよりも優秀であることには確信があり、彼らがやる気を出すだけではるかにいい結果が出ることは目に見えているからです。肝心のどうやってやる気をださせることができるのかということはいつも疑問でした。答えを出すたびに一生チョコレートを上げることは現実的ではありません。しかし、実際のところ、低所得者のミドル・スクールの生徒にはよい成績を上げればとてつもなく大きな褒賞があるのです。それは正答のたびにその場にでる褒美ではなく、長い目で見たときに知能指数が上がるのであれば、その姓とが高校を卒業して、大学に進み、その後良い仕事につける可能性が高くなるのです。それはその場でもらうチョコレートよりももっと大きな褒美になります。

 

しかし、なかなかこういったロジックを生徒に納得させるのはかなり難しいのです。そして、こういったモチベーション(動機づけ)による褒賞は時に逆効果になる場合もあるのです。スティーヴン・レヴィットとスティーヴン・タブナーは著書『ヤバイ経済学』(東洋経済新報社、2007年)の中で、献血が増えるかどうかを調べるために供血者に対し少額の給付金を出した1970年代の調査を紹介しています。実際のところ、そういった給付金を出したところで、献血者は増えるのではなく、減ったという。

 

M&Msを使ったテストでは即物的なインセンティブ(刺激、誘因)によって結果が大きく変わることが示されているが、現実はたいてい同じようには運ばないのです。ハーバード大学の経済学者ローランド・フライヤーがこのM&Ms方式の実験を都市部の学校システムに広げて行いました。フライヤーは公立学校でいくつかの異なったインセンティブ・プログラムを試します。ある学校では、クラスのテスト結果が改善されたら教師にボーナスを出します。別の学校では、成績の上がった子どもの家族に対して報奨金を差し出します。その結果、どういったことが起きたか。結局のところどれも残念な結果に終わったのです。その中で最大の実験はニューヨーク市で教員へのインセンティブを提供したもので、7500万ドルの予算と3年の時間をかけてものでした。そして、2011年、フライヤーは望ましい結果が出なかったと報告しました。

 

以前、大阪市で子どもの成績を上げるために、教員にボーナスを出す。といった、政策を提案されたことがありました。まさしく、これと同じことが起きています。また、保育士不足のために、自治体がお金を出すことで保育者を確保するということも起きていると聞いています。しかし、この研究を見る限り、大きな成果を得ることはできないかもしれません。外発的動議付けというのはその場ではいいといった即物的なものではあっても、長期の見通しを見ると結果にはつながらないものなのだろうということが分かります。では、どういったことをすれば先の未来がよりよいものになる提案になるのでしょうか。長期的な見通しをもち、粘り強く物事に向き合うような気質を備えることになるにはどうしたらいいのでしょうか。