乳幼児教育

思考の実行機能はいつから?

では、思考の実行期はどのようにして調べることができるのでしょうか。これには「切り替えテスト」というのが用いられます。

 

このテストでは子どもはあるルールのもとにゲームを行うのですが、途中でゲームのルールが変わります。その際に、子どもはルールの変化に応じて、頭を切り替えられるかを調べます。このテストでは、標的カードと分類カードを使います。標的カードと分類カードでは色と形の組み合わせが違います。

 

子どもは実験者の指示に従って、分類カードを標的カードのところに分けていきます。ここでは、まず子どもは分類カードを同じ色の標的カードのところに分けるように指示されます。この場合、「白い車」は「白い星」のようへ、「黒い星」は「黒い車」のほうへカードを置かなければなりません。(色ルール)これを6回程度繰り返します。子どもは、この第1段階で正しくカードを分けることができたら、第2段階に進みます。第2段階では、子どもは第1段階とは異なり、分類カードを同じ形の標的カードのところに分けるように指示されます。(形ルール)つまり、参加者は「白い車」は「黒い車」のほうへ、「黒い星」は「白い星」の方へ分けなければなりません。

 

このテストでは、同じ色のところにカードを置くというルールが、途中で、同じ形のところにカードを置くというルールに切り替わった際に、対応できるかどうかが調べられます。途中でルールが変わるため、古いルールを忘れて、頭を切り替えて、新しいルールに従わないといけません。このテスト自体は子ども向けなので大人にとっては難しくありませんが、ルールを複雑にすると、大人でもルールを切り替えることが難しくなります。

 

では、つぎに、思考の実行機能はいつ発達していくのでしょうか。

思考の実行機能も、感情の実行機能と同じ時期に発達します。国内外の多くの研究から、前記の切り替えテストでは、3歳頃までは、ルールの切り替えが極めて難しいことが報告されています。

 

たとえば、第1段階において、分類カードを色で分けるように指示されると、3歳の子どもでも正しくカードを分けることができます。つまり、ルールを理解すること、ルールに従って行動することができるのです。ところが、色でカードを分けた後に、同じカードを形で分けるように指示されると、正しくできないのです。形で分けるように指示されているにもかかわらず、色でカードを分けてしまうそうです。最初のルールを使い続け、新しいルールに切り替えることができないのです。4歳ごろになると、少しずつ切り替えができうようになり、5歳頃になるとほぼ正しくルールを切り替えることができるようになります。

 

ただしい、5歳で発達が終るわけではありません。そこで、もう一段、ルールを複雑にしていきます。

思考の実行機能 2

思考の実行機能は目標を達成するために、「目標を保つこと」と「ある選択肢を優先させること」が基本的な働きであると森口氏は言っています。では、この思考の実行機能はどのようにして測ることができるのでしょうか。

 

これらの働きは簡単なテストで測ることができると森口氏は言っています。白いカードと黒いカードを用意します。このテストでは、子どもは白いカードと黒いカードを見せられ、白いカードを提示されたら「黒」、黒いカードを見せられたら「白」と答えるように指示されます。子どもは、白いカードには「白」、黒いカードには「黒」と反応しやすいのですが、このテストに正解するためには「白いカードには黒」「黒いカードには白」と答えるという目標を保ち続けなければいけません。これが一つ目の働きです。そして、白いカードには「白」と「黒」という2種類の反応をする選択肢があるのですが、「白」と答えるよりも「黒」と答えるのは難易度が高くなります。つまりいつも習慣化されている色と色の感覚を変えて反応しなければいけません。これが2つ目の働きです。この点を踏まえたうえで、思考の実行機能の重要な要素だと森口氏が考える頭の切り換えについてみていきます。

 

私たちは状況によって頭を切り替えなければいけないと森口氏は言っています。たとえば、飛行機で大阪から東京への移動を考えていたにもかかわらず、空港が何らかの理由で閉鎖した場合、私たちは頭を切り替えて陸路での移動を考えなければいけないのです。このとき、飛行機での移動に執着してしまうと、東京に就くという目標を達成するのは困難になってしまうのです。ほかにも英語と日本語をしゃべるひとを考えると、日本人と話すときは日本語、アメリカ人と話すときは英語というように、会話をする相手によって言葉を切り替えます。「相手とコミュニケーションをとる」というためには日本語をしゃべるという活動を、英語で話すということに切り替えなければいけないのです。このように行動や活動の切り替えが、思考の実行機能の重要な役割なのです。

 

感情の実行機能がブレーキやアクセルであるのに対して、思考の実行機能はハンドルの役割です。自動車では、ハンドルはある道から別の道に切り替えたり、ある車線から別の車線に切り替えたりするためにありますが、思考の実行機能はある行動から別の行動に切り替えたり、頭を切り替えたりするときに重要な役割を果たすのです。

 

感情の実行機能とは違い、思考の実行機能はかなり自分の意識というものが重要になってきます。意識的にどう目的を考えるのか、これは志や理念を持つということに似ているのかもしれません。自分の行動指針を持っている人が有名なビジネスパーソンの中に多いことや、座右の銘というものを持っているというのも、思考の実行機能をしっかりと持つうえでも必要なことなのかもしれません。

 

つぎに森口氏は思考の実行機能を測る方法を示しています。

小学生の実行機能

では、小学生の感情の実行機能はどのように変わってくるのでしょうか。感情の実行機能は5~6歳で終わるわけではありません。ただ、小学生になるとその実行機能の様子はより洗練されたものになってくるそうです。

 

たとえば、今日貰える安いチョコレートと、明日以降に貰える高価なチョコレートのどちらを子どもが選択するかを調べた研究があるそうです。この研究では、ミシェル博士らは小学生に対し、今日もらえる安いチョコレートと高級なチョコレートの期間を比べ、どれだけ待つ時間が変わるかを見ていきました。

 

人によっては、いくら高級なチョコをもらえるとしても、今日もらえるのであれば安いチョコレートでもいいという人は多くいそうでしょうが、小学生のこの検証では面白い結果が出たそうです。まず、小学校3年生までの子どもは、高級チョコレートが最低一日、今日我慢したら明日は高級なチョコレートが貰えるとしても、今日もらえる安いチョコレートをもらうことを選んだそうです。一方、4年生以降になると、高級なチョコレートを選びます。ただし、小学校4~6年生でも、4週間待たなければならない場合は、今日もらえる安いチョコレートを選ぶ子どももいます。つまり、小学生の間でも感情の実行機能は大きく成長することがわかったのです。

 

また、小学生になると、5~6歳の子どもたちが欲求をコントロールするためにいろいろと工夫をすることよりも、より洗練された工夫をするようになります。小学生が良く用いるのが「もし~したら、○○になる」という考え方です。例えば「もし私が今ベルを鳴らしたなら安いチョコしか食べられないけど、もし私が欲求に耐えられれば高いチョコが食べられる」というように、学校教育を受けて、論理的な考え方ができるようになるのです。

 

なるほど、こういった論理的な考え方は学校教育によりできるようになるのですね。どちらかというと、大人の欲求のコントロールというのは「もし~したら、○○になる」という考えでコントロールしているように思います。より長い見通しをもって、日々の中で活動していくにはこういった欲求をコントロールする術が必要になります。こういった論理性というものは学校教育によって育まれる部分があるのですね。

 

つぎに、森口氏は感情の実行機能とは別のもう一つの実行機能である「思考の実行機能」について説明しています。この実行機能は感情の実行機能とは違い、思考の実行機能については欲求や衝動が関わらないといいます。この実行機能はついつい無意識的にやってしまう行動、習慣、癖などをコントロールするものだというのです。では、それは具体的にどういったものをいうのでしょうか。

いつから待てるのか?

では、実際に子どもはいつ頃から待つことができるようになるのでしょうか。様々な研究においては総じて2歳以下の子どもは目の前に魅力的なお菓子や食べ物があると待つことができません。つまり、2歳以下の子どもには感情の実行機能は備わっていないのです。2歳頃から少しずつ待てるようになり、3歳、4歳になると待つことができる時間が著しく伸びます。ストレスブール大学の巣ティーランド博士のグループは、クッキーを2枚得るために目の前にあるクッキー1枚への欲求をどれだけコントロールできるかを調べました。その結果、2歳児は1分待つことができれば良いほうで、3歳児では2分程度、4歳では4分以上待つことができるようになることが示されています。このようなテストでは5~6歳頃には10分待つことができる子どもも増えてきます。これ以外にも幼児期に感情の実行機能が発達することが確認されています。

 

ではなぜ、2歳児や3歳児は長い間待つことができないのに、5歳児や6歳児は待つことができるのでしょうか。これには大きく2つの理由があると森口氏は言っています。

 

1つは当然のことながら、欲求を抑える力そのものが発達することです。つまり、ブレーキの性能が2歳よりも3歳、3歳よりも4歳のほうが高くなります。そのため、食べ物に対する欲求をうまく抑えられるのです。ですが、より重要なのが、もう一つの理由です。それは「欲求の工夫ができるようになる」ということです。2歳児や3歳児は直接的に欲求や感情を押さえつけようとしますが、実際にはこの方法はあまりうまくいきません。大人でもそうですが、感情や欲求を抑えつけようとすればするほど、むしろその感情を意識してしまって難しくなります。つまり「パンドラの箱」のような状態になるのです。見てはいけないと思えば思うほど、見たくなるのです。しかし、5歳児や6歳児になると、長く待つために自分なりの工夫をするようになります。

 

マシュマロテストでは2歳児や3歳児はマシュマロを見て、その美味しさについて考えてしまうと、待つことができなくなります。どうしてもマシュマロの美味しさを考えてしまうため、なかなか誘惑に勝つことができません。一方、5~6歳児はマシュマロの誘惑に負けないようにいろいろと工夫します。もっとも簡単な方法は、マシュマロをみないという方法です。魅力的なマシュマロから目をそらすことで、マシュマロのことを忘れようとするのです。このような簡単な方法でもかなり効果的です。しかし、よりレベルの高い方法を使う子どももいます。その一つが、想像力です。こどもは想像力を働かせて、マシュマロの形は雲と似ているな、などと考えると待てる時間が長くなります。そうすることで、マシュマロの美味しさから注意がそれるのです。子どもは想像力を駆使して、空想上の友だちを作り出すことすらあります。また、何か別の楽しいことを考えると、マシュマロテストで待つことのできる時間が長くなります。たとえば、マシュマロテストの後に大好きな電車を見に行くことになっている場合、電車のことを考えると、待てる時間がなくなります。5~6歳児は、だれに教えられることもなく、自分なりに待つ時間を長くする方法を生み出します。このような工夫を経て幼児期に感情の実行機能は著しく発達すると森口氏は言っています。

 

このことは保育における「我慢」というのも同様のプロセスが見えてきますね。以前、保護者との間で、「どう子どもに椅子に座らせることを教えたらいいのか」という質問を受けました。私はその保護者に「では、お母さん。3時間立っていてください」と言いました。そして、「それはしんどいことです。しかし、ディズニーランドでアトラクションを待つときには3時間はまてるでしょ?それはさきに楽しいアトラクションがあるのを知っているからです。」と話したのです。つまり、先に楽しいことが待っていることが見通せてないと待てないのです。単純に我慢させるのは拷問かもしれません。今回のマシュマロテストのように5~6歳は想像力を駆使し待てるかもしれません。しかし、それもそれまでのプロセスがないとなかなか難しいのです。こういった研究は見方を変えると保育の中で当たり前にやっていることをより具体的に理論がついてくるのが分かります。

将来に必要な力

現在、世界の教育機関や研究機関、国際的な組織において、子どもの実行機能が非常に注目されています。実行機能とはポール・タフ氏の著書にも何度も出てきましたが、「目標を達成するために、自分の欲求や考えをコントロールする力」です。ポール・タフ氏の著書では自制心という言葉でよく出てきましたね。この実行機能ですが、子どものときにこの能力が高いと、学力や社会性が高くなり、さらに、大人になったときに経済的に成功し、健康状態も良い可能性が高いことが示されています。逆に言うと、幼い頃に実行機能に問題を抱えると、子ども期だけではなく、将来にも様々な問題を抱える可能性があるのです。

 

実行機能は、子供の将来を占ううえで、極めて重要な能力なのですが、日本では、実行機能という言葉自体ほとんど知られていません。実際、実行機能が子どもの将来に重要だといわれても、「実行機能なんて聞いたことがない」とか「IQのほうが大事でしょ」と思われる人が多いのではないかと森口氏は言っています。もちろん、IQは重要です。しかし、最近の研究では、実行機能は、IQよりも子どもの将来に影響を与える可能性があることが示されているのです。さらに、より重要なこととして、実行機能は、IQよりも、良くも悪くも家庭環境や教育の影響を受けやすいのです。もちろん、一つの能力だけで子どもの将来が決まるわけではありません。しかし、一貫して実行機能や自制心が子どもの将来に影響を与えることが示されていることは事実であり、その重要性も明らかになっています。

 

では、人間は実行機能をどのように身につけるでしょうか。森口氏は実行機能は人間を特徴づける能力の一つではないかと考えています。とはいえ、実行機能が生まれてきたばかりの赤ちゃんにこの能力が備わっているとは思えませんし、赤ちゃんどころか、若者ですらこの能力は十分に発達していないように思ったそうです。なぜなら、20世紀末に若者がキレやすいという社会問題がマスコミを賑わしました。1997年に起きた神戸連続児童殺傷事件をはじめ、未成年者によるさまざまな凶悪犯罪が起き、当時未成年だった森口氏たちの世代は、マスコミから「キレる若者」といるレッテルを貼られたのです。ここで言われている「キレる」ということは、誘惑や困難に打ち勝つ力が足りないことを意味しています。実際のところは、マスコミが過剰に騒いだだけであり、直接の因果関係があるかどうかは分かりませんが、このことと実行機能は繋がって見えます。

 

以前紹介したポール・タフ氏の著書では、対象は中学生や高校生から社会人につながるないようでした。森口氏の著書においてはこの実行機能の始まり、幼稚園や保育園、そして小学校において、どのように身につけていくかが紹介されています。