乳幼児教育

青年期の思考の実行機能

このように感情の実行機能においても、思考の実行機能においても前頭前野の働きが大きく関わっていることがわかります。とはいて、ひとえに前頭前野の働きが関わっているとはいっても、同じ領域が使われているかというとそうではありません。脳にはネットワークとしての特性があるため、感情の実行機能と思考の実行機能とでは異なったネットワークが関与しているのです。感情の実行機能では外側前頭前野や報酬系回路が協調して活動することがわかっていますし、思考の実行機能には外側前頭前野、後部頭頂葉などの領域が関与しています。

 

このように乳幼児で発達してきた実行機能は児童期、青年期以降も発達してきます。しかし、青年期においては不思議な変化が示されるようですが、どのような変化が起きるのでしょうか。心理学では10代前半から20代序盤にかけての時期を青年期としています。このじきは体と脳に大きな変化が起こります。女性は女性らしい体つきに、男性は男性らしい体つきになるように身体的な変化が第二次性徴と言われるように変化が起きます。それは脳や心や行動においても同様におきると森口氏は言っています。

 

そして、心理学において注目されてきたのは、このころ若者たちが時分とは何かを考え始める点です。それはほかの誰でもない、友だちとも親とも違う自分という感覚(アイデンティティ)を身につける時期だというのです。そして、その頃、リスクのある行動を好むという特徴もあると森口氏は言っています。

 

青年期は児童期や成人期と比べ、暴力や窃盗などの衝動的な犯罪や酒やたばこ、ドラッグ摂取のような危険な違法行為に興味を示すようになるというのです。飲みなれないお酒を飲んだり、仲間の手前一気飲みをしたり、最初は少し悪ぶった程度の行動がエスカレートし、命を落とすことにもあります。こういった時期の実行機能はどのようなものなのでしょうか。

 

思考の実行機能についてはどのような発達を見せるのでしょうか。このことについて、ミネソタ大学のゼラゾ博士らが切り替えテストを3歳から15歳までの子どもに実施し、成績を比較しました。その結果、ルールを柔軟に切り替える能力は幼児期に急激に発達した後に、児童期から青年期に至るまで緩やかな発達を続けることが明らかになってきたそうです。ハンドルの使い方は、青年期も徐々にうまくなっていくようです。

 

次に森口氏は感情の実行機能について話をしています。

感情の実行機能と脳領域

これまでは思考の実行機能と脳領域の話を森口佑介氏の著書から紐解いてきましたが、では感情の実行機能についてはどのような働きが見えるのでしょうか。感情の実行機能においては子ども期において報酬系回路が働きます。報酬系回路は前頭前野よりも早い時期、生後間もない時期から形成されます。報酬系回路は食べ物の獲得などの本能的欲求と関連するものであり、生命の維持には欠かせないものです。しかし、この報酬系回路は赤ちゃんのころには十分発達してはいません。

 

では、前頭前野が報酬系回路にブレーキを掛けることができるようになるのはいつごろからなのでしょうか。森口氏らの研究チームは3歳から6歳の幼児を対象にした研究を実施し、どのように脳が働いているかを明らかにしていきます。ここで行われたテストはマシュマロテストのように待つことでもらえる報酬が増えるというものでした。しかし、森口氏が使ったのはマシュマロではなく、シールを利用したのです。というのも、こういった研究において、ご褒美となるものは常に悩みの種だったようです。待つ待たないということを測るためには、そのご褒美になるものが実験に参加する子どもたちにとって魅力があるものでなければいけません。また、アレルギーの問題もあります。そのため、食べ物以外の有力な選択肢がシールだったそうです。人気のキャラクターのシールを数種類用意し、その中で子どもに好きなシールを選んでもらったそうです。

 

シールを使って、後で多くのシールをもらうためには今すぐもらうために、今すぐもらえる少しのシールを欲しい気持ちを制御するという意味でテストを行っていきます。その結果、幼児でも前頭前野がブレーキをかけていることが明らかになりました。ただ、大人では欲求のコントロールに成功した場合に外側前頭前野が活動したのに対し、幼児では、欲求のコントロールに失敗して今すぐもらえるシール1枚を選んだ場合に外側前頭前野の活動が強く出たことが示されています。これは、幼児はブレーキをかけようとしているが、うまく掛けられなかった可能性があることを示していると森口氏は言っています。

 

ブレーキが上手になるのは児童期以降です。このことが分かったのはカルフォルニア大学バークレー校のバンジ博士らの研究で、これは7歳から9歳の子どもが報酬系回路にブレーキをかけられるかどうかを調べたものです。この研究ではクッキーを1枚もらうか、2枚もらうかを選択肢として与え、その時の小学生の脳活動を計測しました。その結果、実験後に2枚もらうという選択をした子どもは、大人と同様に前頭前野の一部が報酬系回路の働きにブレーキをかけたことが示されました。

 

つまり、子どもの実行機能は幼児期(小学校就学前くらい)までは大人とは違う報酬系回路のブレーキの使われ方があり、うまく働かせられないことがあり、児童期になると少しずつ前頭前野を働かせ、報酬系回路の働きを抑えることができるようになるということが分かってきました。つまり、このことが意味しているのは、よく保育や実生活でも「我慢」ということが言われることがありますが、乳幼児と児童期以降の子どもたちとではその方法や考え方が違っているということを知っていなければいけませんね。大人の思うようなことを子どもに強いるのは難しいことなのだろうということが分かります。この時期は特にそれぞれの子どもの特性を基に、関わりを持っていなければいけないのもこういった脳の部分にあらわれているように思います。

中央実行系回路

思考の実行機能においては外側前頭前野の発達が非常に重要であるということが分かってきました。しかし、思考の実行機能は前頭前野だけが関係しているとは限りません。思考の実行機能が機能しているときに、脳の前頭前野だけではなく、他の部分も活動していることが見えてきました。それが「頭頂葉」です。思考の実行機能が使われているときには外側前頭前野と頭頂葉が機能しており、この二つで構成されている脳の部分を中央実行系回路と森口氏は言っています。

 

では、この中央実行系回路はどのように関係しているのでしょうか。森口氏はそのことを知る前にそもそもこの中央実行系回路のような複数の脳領域を含むネットワークがどのように発達するかを理解する必要があると言っています。そもそも脳の領域は子どもの間は複数の脳領域がつながるようなネットワークは出来上がっていません。そのため、近い脳領域同士でネットワークを作っています。そして、その後、青年期から成人期にかけて、前頭前野と頭頂葉のような、比較的距離のある脳領域同士のネットワークが形成されていくのです。

 

このような脳領域のネットワークのつながりは思考の実行機能の脳内機構においても当てはまります。このことを示しているのが西オンタリオ大学のモートン博士らが切り替えテストを行っている際の脳活動の研究です。モートン博士らが調べたところ、小学校高学年の子どもは外側前頭前野と頭頂葉を活動させていたことが分かったのです。つまり、乳児期から幼児期は外側前頭前野が働いていたことに加え、児童期から青年期には頭頂葉も含む中央実行系回路が思考の実行機能を支えることにつながっているということなのです。こういった中央実行系回路が機能することにより、児童期以降では、幼児期よりも効率よくルールの切り替えができるようになるのです。

 

また、青年期以降も中央実行系回路は発達が続き、成人期になってようやく完成します。このように中央実行系回路はゆっくり発達し、発達には長い時間を有するのです。これが、思考の実行機能が成人期までかかって発達するということを意味している部分です。思考の実行機能がよりよく効率的に働くためには脳の発達が大きく関わっているのですね。

 

このことを考えていくと、子どもたちに大人と同じような見通しを持たせることは難しいのかもしれません。特に乳幼児教育において、複雑なルールを子どもたちに課すことは困難だということが分かります。また、ルールのある遊びが年少児に難しく、年長児だからこそできるということも分かります。脳の発達によって子どもたちの判断力には大きな差があり、一概に全員を同じように見ることの危険さを改めて感じます。特にこういった発達には差がありますし、乳幼児においてはより大きな差が出ていることを考えると、その子一人一人にあった環境を作ることの重要さは保育をする上でより考えていかなければいけないのだということが分かります。

脳の発達

子どもの脳活動の調べるためには、大人が使うような機能的磁気共鳴画像装置(fMRI)を使うことができません。なぜなら、この装置では、暗く、大きな音が鳴り、密閉された空間の中に、身体を動かさずに数十分間い続けなければならないからです。そのため、森口氏らはfMRIと同様に、脳の血流量を利用して脳活動を推定する、機能的近赤外分光装置(fMRIS)を用いるそうです。この装置は子どもに防止のようなものをかぶせるだけで済みます。

 

森口氏はこの装置を使って、子どもの思考の実行機能が急速に発達する3~5歳までの脳の発達を調べていきます。その際、切り替えテストを用いていくのですが、その時のうまくルールを切り替えられない3歳児とうまくルールを切り替えられる5歳児の子どもたちを対象に、この課題時における外側前頭前野の活動を調べました。すると、ルールを上手に切り替えられる5歳児は、外側前頭前野を強く活動させていることが明らかになったのです。

 

また、3歳児の中でもルールの切り替えができる子どもがいます。そういった子どもとルールが切り替えができない子どもの脳活動を比べると、ルールを切り替えることができた子どもは外側前頭前野を活動させていたのに対して、ルールを切り替えられない子どもは外側前頭前野を活動させていませんでした。これは、ルールを切り替えるためには外側前頭前野の働きが関与しているということを示していると森口氏は言っています。

 

ほかにも森口氏は3歳のときにルールを切り替えられなかった子どもに、9か月後に再び研究に参加してもらい、実行機能の発達と外側前頭前野の働きの関係を調べました。3歳の時にはルールの切り替えができなかった子どもも、9か月後にはルールを切り替えることができるようになっています。その際の脳活動を調べると、やはり3歳の時には活動していなかった外側前頭前野が、9ヶ月後には活動していたのです。

 

これらの結果が示しているのは、3歳から5歳ごろにかけて、外側前頭前野の働きが活発になることによって、実行機能が著しく発達することが脳活動を測ることによって明らかになったのです。そして、実行機能が3歳~5,6歳に急速に発達すると森口氏が紹介していたのは、その裏に、外側前頭前野の発達があるからだということが分かったのです。

 

では、このことを背景に考えてみると保育はどう見えていくのでしょうか。3歳頃から実行機能の発達が顕著になります。つまり、そういった子どもたちに、見通しを持たせることは難しいのかもしれません。そういったことよりも、その場での選択をその都度

赤ちゃんの前頭葉

子どもは年齢とともに、育つ環境に合わせた効率の良い脳内ネットワークを作っていくと森口氏は言っています。脳内ネットワークの変化が起こる年齢は脳領域で異なるのですが、アクセルに関わるような報酬系回路は比較的発達が早く、ブレーキや思考の実行機能に関わる外側前頭前野や頭頂葉は発達するのに長い時間がかかります。前頭前野の発達は青年期でもまだ終わっておらず、前頭前野がしっかりと働くようになるのは青年期から成人期にかけて起こるということになります。

 

元々、数十年前には前頭葉は子どものときには働いていないと考えられていました。というのも、これは前述にもあるように前頭前野や頭頂葉が青年期や成人期ごろまで十分に出来上がっていないということが示されていたからです。しかし、これまでのマシュマロテストやそれ以外のテストを見ていても、子ども期にかけて、実行機能が働いているということが分かりますし、それは前頭葉が機能しているということを示唆しています。また、最近では赤ちゃんの頃からの研究も進んでおり、そこでも前頭葉の働きが見られることが示されていると森口氏は言っています。

 

その方法は動物向けの実行機能テストを赤ちゃんに利用して前頭葉が働いているかを調べてみるということでした。そのテストでは不透明なコップを2つ赤ちゃんの前に並べます。コップの片方(コップA)におもちゃを隠します。9ヶ月くらいの赤ちゃんであれば、隠されたおもちゃを正しく探すことができます。これを数回繰り返します。その後、今後はもう一つのコップ(コップB)におもちゃを隠します。隠した後に、10秒程度、赤ちゃんを待たせてみます。その後、探索させます。すると、9ヶ月頃の乳児はコップAを探してしまいますが、12ヶ月くらいになると正しくコップBを探すことができるようになります。

 

つまり、コップAからコップBに対象が変わったことで、探す対象を切り替えることが必要になります。森口氏はこれに使われる能力は、思考の実行機能の種のようなものと言っています。このような発達を見たとき、前頭葉の働きが赤ちゃんにあることが明らかになっています。

 

もちろん、大人と比べるとまだまだ未熟な前頭葉の働きですが、赤ちゃんにおいても、しっかりと働いているということがわかりました。これは保育をしていても感じるところです。0歳児を見ていても、決して、無力ではありません。未熟ではあるのは確かですが、実に能動的に環境に働きかけているようにも思います。よく周囲を見回していますし、すでに、自分の安心する人を察知し、判別もしています。すこし、発達が進んでいる子どもを見て、模倣し、やってみようとするように能動的にも動いています。こういった赤ちゃんの特徴は本来であればもっと深めていかなければいけないのだと思います。