教育

実行機能と脳領域

では、実行機能が起きるのは体の中でどの部分にあるのでしょうか。これについても、森口氏は記述していますが、実行機能に最も関わりがあるのは大脳皮質にあるようです。そして、大脳皮質の中でも、前頭葉にあるようです。前頭葉の重要性は以前、ポール・タフ氏の著書の中でも、記述があり、その著書を通して、このブログでも取り上げたフィニアス・ゲージ氏の事例です。この患者は19世紀の鉄道労働者であった彼は、もともと、非常に責任感も強く、親しみやすい人物だったのですが、仕事の事故に巻き込まれ、鉄の棒が頭を貫通しました。何とか一命をとりとめたものの、前頭葉の一部の領域が損傷されてしまったのです。事故の後、この患者の心に大きな変化が生じました。最も大きな変化が時分をコントロールできなくなり、思慮深い男性だった彼が、感情を抑えることができず、同僚への気配りもほとんどできなくなってしまったというのです。この事例から見ると、前頭葉の働きがいかに人の感情に大きな影響があるのかということが分かり、その働きについて注目が集まるようになったそうです。

 

その後の研究において、一部の前頭葉損傷患者は、これまでの切り換えテストが苦手であることが分かったそうです。つまり、前頭葉を損傷した患者は、ルールを切り替えることができないのです。つまり、こういった研究から見えてくるのは、前頭葉は、自分をコントロールする能力である実行機能の中枢であることが見えてきます。特に前頭葉の中でも前方に位置する前頭前野が特に実行機能に重要な役割を果たしていると言います。この前頭前野を中心にして、さまざまな脳領域が活動することで実行機能が成立しているのです。

 

では、感情の実行機能と思考の実行機能に分けてみると、脳内の機構はどうなっているのでしょうか。感情の実行機能においてはアクセルとブレーキの機能があることが前回のブログの中で紹介しました。ピッツバーグ大学のコーエン博士らの研究では、大人を対象に、2つの選択肢を与えた歳の脳活動の計測をしました。1つはすぐにもらえることができる、金銭的には少ない選択肢です。たとえば、今日もらえる1000円に対して、もう一つの選択肢は、すぐにはもらわないが金銭的には多い選択肢です。たとえば、1週間後にもらえる200円です。すぐにもらえる1000円を選んだ場合、アクセルの動きをブレーキが止められないとみなすことができ、1週間後に2000円を選んだ場合はブレーキでとめることができたと考えることができます。

 

では、この実験において脳はどのように動いていくのでしょうか。すぐにもらえる選択肢、つまり、アクセルが強い選択する場合には腹側線条体や内側前頭前野などの脳領域が活動し、一方、少し待つ選択肢、つまり、ブレーキが利いている選択をする場合には、外側前頭前野などの領域が活動することが明らかになりました。厳密にはほかの様々な脳領域も活動しているのだそうですが、森口氏はこれらの領域に焦点を当てて解説してくれています。

準備と予測

発達は5歳で終わるわけではなく、その後も変わってきます。これまでは、子どもは第1段階では色ルール、第2段階では形ルール、というように色ルールと形ルールのどちらか一方を使えばよかったのです。ところが、少し難しくして、第3段階として、色ルールと形ルールの両方を使うようにしてみようとしてみましょう。つまり、第一段階では色ルールでカードを分け、第2段階では形ルールでカードを分けていたのですが、第3段階では、色、形、形、色、形のように、1回ずつ異なったルールを使わなければならないようにします。こうなってくると5歳児でもお手上げです。柔軟にルールを切り替えることができなくなるのです。

 

どうやら5歳頃までにルールを切り替えること自体はできるようになるようです。つまりアクセルやブレーキと同様に自動車で例えると、ハンドルの操作の仕方を覚えるのです。その意味で、この時期の発達はとても重要です。ところが、ハンドルの操作の仕方を覚えたところですぐにハンドルをうまく使えるわけではありません。ある交差点では右に、別の交差点えは左に、というように柔軟に切り替えられるようになるのは小学生になってからです。

 

では、思考の実行機能が著しく発達する3歳から6歳頃までどのような変化が起きているのでしょうか。様々な変化が見られるのですが、一例として5歳児や6歳児は、3歳児や4歳児と比べて、前もって切り替えの準備ができるという点を森口氏はあげています。

 

例えば、慣れない道を自動車で走りながら、お店を探しているとします。お店の700m前にそのお店の看板が出ています。この看板を見ることで、もう少し車を走らせたらお店があることがわかり、ハンドルを切るための心の準備ができます。そして、700m走らせると、そのお店が見えてきます。心の準備をしていたので、難なく目的地に着くことができます。

 

ところが、看板が無かったらどうでしょうか。看板がないとお店がいつ出てくるか予想がつきません。そのため、お店の側を通り過ぎる直前に気づいたのでは、ハンドルをうまく切ることができずに、お店を通り越してしまいます。

 

つまり、突発的に起こったことに対して、思考の実行機能を発揮することは難しいのです。一方あらかじめ準備していたら、比較的容易に思考の実行機能を使うことができます。5歳児や6歳児は、前もってハンドル操作をするための準備ができます。計画的に切り替えられるとも言えます。看板が出てくると「あ、準備しなきゃ」と思えるのです。一方で、3歳児や4歳児は、前もって予想することができません。看板の意味がわからないため、お店の近くに来た時点で、「あれ?ハンドルを切るんだっけ?」と考えるようです。つまり、前もって準備をできず、切り替えたほうが良いかどうかを場当たり的に考えるのです。このような仕方だと、切り替えに失敗することが多くなります。

 

このことを切り替えテストに当てはめて見ると、5歳児や6歳児は、色ルールでカード分けるように指示されると、実験者にカードを渡される以前から色ルールで分けることを頭の中で準備します。そのため、カードを渡された際にも、スムーズにそのルールに従って分けることができます。しかし、3歳児や4歳児では、カードが渡されるまでルールについて考えることができません。実験者にカードを渡されてから、どのルールでカードを分けるべきか考え始めるのです。そのため、色だったか形だったか混乱してしまい、正しくカードを分けることができないのです。

 

思えば、確かに年長の5歳児や6歳児になるとトランプでも「ババ抜き」ができるようになります。細かな思考を駆使しルールを理解するのも5歳頃のように思います。人がルールを守るためにはある程度の見通しが求められますが、こういった発達が5歳児にあるということがわかると環境を用意することにも生かされていくように思います。

思考の実行機能 2

思考の実行機能は目標を達成するために、「目標を保つこと」と「ある選択肢を優先させること」が基本的な働きであると森口氏は言っています。では、この思考の実行機能はどのようにして測ることができるのでしょうか。

 

これらの働きは簡単なテストで測ることができると森口氏は言っています。白いカードと黒いカードを用意します。このテストでは、子どもは白いカードと黒いカードを見せられ、白いカードを提示されたら「黒」、黒いカードを見せられたら「白」と答えるように指示されます。子どもは、白いカードには「白」、黒いカードには「黒」と反応しやすいのですが、このテストに正解するためには「白いカードには黒」「黒いカードには白」と答えるという目標を保ち続けなければいけません。これが一つ目の働きです。そして、白いカードには「白」と「黒」という2種類の反応をする選択肢があるのですが、「白」と答えるよりも「黒」と答えるのは難易度が高くなります。つまりいつも習慣化されている色と色の感覚を変えて反応しなければいけません。これが2つ目の働きです。この点を踏まえたうえで、思考の実行機能の重要な要素だと森口氏が考える頭の切り換えについてみていきます。

 

私たちは状況によって頭を切り替えなければいけないと森口氏は言っています。たとえば、飛行機で大阪から東京への移動を考えていたにもかかわらず、空港が何らかの理由で閉鎖した場合、私たちは頭を切り替えて陸路での移動を考えなければいけないのです。このとき、飛行機での移動に執着してしまうと、東京に就くという目標を達成するのは困難になってしまうのです。ほかにも英語と日本語をしゃべるひとを考えると、日本人と話すときは日本語、アメリカ人と話すときは英語というように、会話をする相手によって言葉を切り替えます。「相手とコミュニケーションをとる」というためには日本語をしゃべるという活動を、英語で話すということに切り替えなければいけないのです。このように行動や活動の切り替えが、思考の実行機能の重要な役割なのです。

 

感情の実行機能がブレーキやアクセルであるのに対して、思考の実行機能はハンドルの役割です。自動車では、ハンドルはある道から別の道に切り替えたり、ある車線から別の車線に切り替えたりするためにありますが、思考の実行機能はある行動から別の行動に切り替えたり、頭を切り替えたりするときに重要な役割を果たすのです。

 

感情の実行機能とは違い、思考の実行機能はかなり自分の意識というものが重要になってきます。意識的にどう目的を考えるのか、これは志や理念を持つということに似ているのかもしれません。自分の行動指針を持っている人が有名なビジネスパーソンの中に多いことや、座右の銘というものを持っているというのも、思考の実行機能をしっかりと持つうえでも必要なことなのかもしれません。

 

つぎに森口氏は思考の実行機能を測る方法を示しています。

思考の実行機能

2つある実行機能のうち、一つ目の感情の実行機能を見てきましたが、次は思考の実行機能です。この実行機能の大事な働きはつい無意識的にやってしまう行動、習慣、くせなどをコントロールするものだと森口氏は言っています。

 

私たちは、コップを取るときにどちらの手を伸ばすかをいちいち考えません。つまり、一つ一つの行動を意識的にやっているわけではないのです。ですが、ある時、右手をけがしていて、コップをつかめなかったら、無意識にしてしまいがちな右手を伸ばすという行為を抑えて、左手でコップをとる必要があります。このように無意識の行動を制御することに思考の実行機能が関わっているのです。こういったことは日常生活でもよくあることです。森口氏はほかにも職場からの帰り道にケーキを買わなければいけない時、いつもは右に曲がるが、左に曲がる必要があるとします。ぼんやりと帰り道を歩いているといつも通り右にまがってしまうかもしれません。今日ケーキを買うという目標を達成するためには、習慣となっている行動を抑え、別の行動をする必要があるのです。このように、思考の実行機能は、新しい状況や、いつもと違う状況などによって必要になってくるのです。

 

二つの実行機能のうち、感情の実行機能が欲求を抑える能力であるのに対し、思考の実行機能は欲求が関係せず、ついついしてしまう行動を抑える働きが重要になるのです。

 

思考の実行機能には、2つの基本要素があります。1つはその状況で必要とされる目標を保ち続けることです。これは先ほどの例においても、対応するときに心がけることですね。そもそも、実行機能は目標にむかって自分の行動をコントロールする能力でした。目標を達成するために必要な能力なので、目標を見失わずに保ち続けることは極めて重要なことなのです。

 

このことを考えると、感情のコントロールとの違いは目標が分かっていても我慢できるかできないかで目標が達成するかどうかが変わるのが感情の実行機能で、目標を定め、保ち続けることで目標を達成するのが思考の実行機能であるということであることが分かります。

 

では、もう一つ思考の実行機能の要素は、いくつかの選択肢から、一つの行動を優先するということです。特に、選択されやすい行動と選択されにくい行動があった場合、必要に応じて選択されにくい行動を優先するということです。先ほどのケーキを買いに行くシーンで考えると、いつもの帰り道で習慣化されている「右に曲がる」という選択肢は「左に曲がる」より選択されやすくなっています。このような条件の中で、左に曲がるという選択肢を優先する働きが必要になるのです。

 

つまり、目標を保つことと、ある選択肢を優先させること。この二つが思考の実行機能において、最も基本的な働きとなります。

小学生の実行機能

では、小学生の感情の実行機能はどのように変わってくるのでしょうか。感情の実行機能は5~6歳で終わるわけではありません。ただ、小学生になるとその実行機能の様子はより洗練されたものになってくるそうです。

 

たとえば、今日貰える安いチョコレートと、明日以降に貰える高価なチョコレートのどちらを子どもが選択するかを調べた研究があるそうです。この研究では、ミシェル博士らは小学生に対し、今日もらえる安いチョコレートと高級なチョコレートの期間を比べ、どれだけ待つ時間が変わるかを見ていきました。

 

人によっては、いくら高級なチョコをもらえるとしても、今日もらえるのであれば安いチョコレートでもいいという人は多くいそうでしょうが、小学生のこの検証では面白い結果が出たそうです。まず、小学校3年生までの子どもは、高級チョコレートが最低一日、今日我慢したら明日は高級なチョコレートが貰えるとしても、今日もらえる安いチョコレートをもらうことを選んだそうです。一方、4年生以降になると、高級なチョコレートを選びます。ただし、小学校4~6年生でも、4週間待たなければならない場合は、今日もらえる安いチョコレートを選ぶ子どももいます。つまり、小学生の間でも感情の実行機能は大きく成長することがわかったのです。

 

また、小学生になると、5~6歳の子どもたちが欲求をコントロールするためにいろいろと工夫をすることよりも、より洗練された工夫をするようになります。小学生が良く用いるのが「もし~したら、○○になる」という考え方です。例えば「もし私が今ベルを鳴らしたなら安いチョコしか食べられないけど、もし私が欲求に耐えられれば高いチョコが食べられる」というように、学校教育を受けて、論理的な考え方ができるようになるのです。

 

なるほど、こういった論理的な考え方は学校教育によりできるようになるのですね。どちらかというと、大人の欲求のコントロールというのは「もし~したら、○○になる」という考えでコントロールしているように思います。より長い見通しをもって、日々の中で活動していくにはこういった欲求をコントロールする術が必要になります。こういった論理性というものは学校教育によって育まれる部分があるのですね。

 

つぎに、森口氏は感情の実行機能とは別のもう一つの実行機能である「思考の実行機能」について説明しています。この実行機能は感情の実行機能とは違い、思考の実行機能については欲求や衝動が関わらないといいます。この実行機能はついつい無意識的にやってしまう行動、習慣、癖などをコントロールするものだというのです。では、それは具体的にどういったものをいうのでしょうか。