教育

運動と実行機能

「座れる子どもは実行機能があるのではないか」そう森口氏は言っています。では、「座れない子どもたち」はどういたらいいのでしょうか。森口氏は座っていることのできない子どもには、むしろそういう活発な性格を利用したらいいかもしれないと言っています。そこで小学生を対象にしたジョージア大学のベスト博士の研究を紹介しています。この研究では、4つの活動が思考の実行機能に与える影響を比較しています。

 

1つ目は座ってビデオを見るという活動です。2つ目は座ったままできるテレビゲームをします。3つ目は体を使うテレビゲームをして、実際に走っているかのような身体運動を伴うゲームをします。4つ目は少しだけ体を使うゲームで、ジョギングしたり動いたりするかのような身体運動を伴います。3つ目と4つ目のゲームは1つ目と2つ目に比べると運動負荷が高いということになります。子どもはそれぞれの活動に参加した後に、思考の実行機能のテストを受けました。その結果、身体的な活動量が多い3つ目と4つ目の活動に参加すると、実行機能の成績が良いことが明らかになりました。運動は実行機能を向上させる効果がありそうです。

 

また、日常的な運動習慣も長期的には実行機能の発達にとって重要です。たとえば、エアロビクスのように複雑な運動も実行機能を向上させることが示されています。エアロビクスの場合、ある運動と別の運動を切り替えたりするので、実行機能のよい訓練になります。子どもにダンスやエアロビクスなどを習わせるのも有効かもしれません。確かに運動をすることで、自分の気持ちを切り替えるいい機会になります。仮に嫌なことがあっても、スポーツやトレーニングを行うことでストレス解消につながるということは言われますし、自分自身の実体験においても、運動と切り替えという関係があるように思います。ましてや、感情のコントロールと言われる実行機能はこのことには無縁でもないように思います。

 

また、運動は、高齢者の研究などでは非常に有効な方法とされ、子供への応用が期待されています。ただ、現代の子どもは、単純な運動というよりは、サッカーなどのスポーツを習い事にすることが多いかもしれません。ただ単純な運動だけではなく、スポーツは実際にどのように実行機能に影響をあたえることになるのでしょう。

 

ここで、森口氏はあるテニスのトッププレーヤーを例に出して、実行機能とスポーツの関係を紹介しています。

実行機能を鍛える

自分をコントロールする実行機能は遺伝的な要因もあれば、親や家庭環境、地域や文化など、様々な環境要因においても影響をつけているということも同時に分かってきました。環境による要因においても影響があるということがわかるのであれば、鍛えたり、支援したりすることができるのではないだろうかと思います。そういった環境を作ればいいのですから。国外では実行機能の発見とともに、実行機能の低い子どもたちを支援する動きが広がっているそうです。では、それはどういったことが実行機能を育てることになるのでしょうか。

 

森口氏は子どもの実行機能を訓練する研究はまだ途上だと言っていますが、その中でもいくつかを紹介しています。まず、多くの研究者が採用しているのは「ひたすら練習する」という方法です。この方法では、コンピューターなどを用いて大量の練習を菓子、その前後で実行機能が改善するかを調べます。当然、子どもはこのテストで多くのミスをします。ルールを切り替えるときに正しくルールを切り替えることができないのです。その後、切り替えテストと同じようなゲームを用いてひたすら訓練します。一定の基準に達したら訓練が終り、その後に、もう一度切り替えテストを子どもに行います。訓練前後でテストの成績が変化するかどうかを調べるのです。その結果、思考の実行機能の成績が、訓練後に向上することが示されました。

 

このようにひたすら練習を繰り返すことによって実行機能を向上させるのですが、練習を単に繰り返すだけでは、あまり効果はないと森口氏は言います。それは「振り返り」を行うことによって、知識の定着が促されることです。ミネソタ大学のゼラゾ博士らの研究では、訓練の前後に切り替えテストを与えて、訓練によってテストの成績が向上するかどうかを調べました。訓練では、テストと同様に、切り替えのゲームが子どもに与えられます。そして、子どもがゲームで失敗したときに、ゲームのミスを振り返らせます。形ルールで分ける必要があるのに色ルールで分けた場合、今どのルールで分ける必要があったのかを子どもに考えさせるのです。そのうえで実験者がお手本を見せます。その後、実際に子どもにわけさせます。このように子どもに自分のミスについて振り返ってもらい、どういうミスをしたのかを考えさせるのです。そうすると、子どものミスは大きく減少しました。このように振り返りを入れると効果があることが見えてきました。

 

しかし、森口氏は訓練のために、子どもがおとなしく座っていることができるだけで、ある程度実行機能があるのではないかと思っているそうです。確かに、席を立たない、座っている必要があるというように考えることができるというのは、それだけ自分をコントロールしているということでもあるのだろうということは想像に難くないです。つまり、よく保育していく中で「小学校のために座れるように」というのは座らせるのが目的ではなく、実行機能が育つような環境を作ることこそ、考えていかなければいけないのだろうということが分かります。

子どもと環境

最近、子どもを殺してしまう悲しいニュースがテレビや新聞で紹介され、報道されることがあります。そして、多くは生活のためではなく、行き過ぎた躾のために子どもが亡くなってしまうことが後を絶ちません。現在、日本においても育児の孤立は一つの問題にもなっています。未だに、子育ては母親が行わなければいけないものという風潮は強く、男性の育児休暇の取得率は一向に上がっていきません。地域も昔ほど、関係性があるわけでもなく、人家庭ごとが孤立していることも多くなっていたり、親戚や知人がいなかったりすることも珍しいことではなくなっています。こういった環境の中での育児で、精神的にも肉体的にも子育ての時期に健康を崩すということをよく聞きます。産後に抑うつ状態になる母親の割合は、厚生労働省の統計でも約10%いるそうです。病的な状態になるのが子の割合なので、抑うつ傾向や不安傾向の親の割合はもっと高いといえるでしょう。

 

こうした親の精神状態の不調は、子どもの実行機能を含めた発達に負の影響をおよぼします。抑うつ状態の場合、精神的な健康にも波があるので、その状態によって子どもへの関わり方が一貫しないこともあり、子どもは困惑すると森口氏は言います。最近では、こういった子どもの一貫しない関わりが愛着関係への影響があるということも言われています。そのため、母親への精神的な健康をサポートすることは大切なことになります。母親はストレスやホルモンの影響などにより精神的な健康を崩すことも多いのです。特に産前や産後数年にわたっては精神的なバランスを崩しやすいと森口氏は言っています。

 

また、子育てにおいて、親の影響だけでなく、居住地域の問題もあると森口氏は言っています。近年の分析によると、居住地域は居住する同じ年代の子どもの行動や、大人の質、および、地域の結びつきの強さなどによって、子どもに影響すると言われています。子どもの年齢が低い間は、居住する地域が近い子どもと仲良くする傾向が強いため、周りの子どもに実行機能が備わっていなかったら、その影響を受けると言います。また、地域に住んでいる大人が子どもの悪い振る舞いを助長するのか、それとも、監督して正すのかという点は、子どもの実行機能にとって影響があると言います。その結果、近隣住民との結びつきが強いところに住んでいたり、安全で地域の問題が少ないところに住んでいたりすると、子どもの自分をコントロールする力が育まれやすいことが示されています。

 

このように親の影響、居住地域における影響は子どもにとっては大きいようです。当然、これらのことは子どもに直接関わるものであり、無縁ではないことが理解できますが、では、もう少し大きく「文化」というものは子どもたちにとって、どのような影響をあたえるのでしょうか。国によって、その国民性が違うということは世の中でもよく言われていることです。こういった文化性というものは子どもにとってはどのような影響があるのでしょうか。

メディアと実行機能 2

森口氏はメディア視聴において二つの大きな影響があると言っています。一つ目は前日に紹介した。「ダラダラとテレビがついてある状況でした。」では、二つ目はどういったことが影響を与えるのでしょうか。

 

それは、テレビの内容の影響を挙げています。暴力的なシーンは全般的に子どもの発達に悪影響があるので、子どもにみせることはお勧めできません。また、現在議論になっているのが、ファンタジーです。『トイ・ストーリー』などのアニメから、『ハリー・ポッター』などの実写に至るまで、子どもにもファンタジーは人気ですが、ヴァージニア大学リラード博士らはこのようなファンタジー作品を見せた直後に思考の実行機能を測定すると、子どもの思考の実行機能の成績が低下することを示したそうです。

 

森口氏はテレビだけではなく、スマートフォンやタブレット端末などのデジタルメディアにおいても紹介しています。Youtubeや動画のコンテンツを最近は見るようになった子どもたちは先ほども話した通りです。これは幼児の子どもでも好んでみる子どもが多いです。テレビは受け身で視聴するだけですが、スマートフォンなどのデジタルメディアにはタップするなどの双方向性があります。この双方向性があると、テレビでは実行機能の低下が見られたファンタジーコンテンツが、デジタルメディアでは実行機能の成績は低下しなかったのです。テレビは受け身になってしまうので主体性に目標に達成する実行機能が低下しますが、デジタルメディアには主体的に関わることができるので、実行機能は低下しなかったのです。

 

こういったことを受けて考えてみると、テレビにおいてはただ受け身になることもあり、少なからず実行機能に影響がありそうですが、デジタルメディアにおいては利点もあることが言えそうです。とはいえ、デジタルメディアを視聴しすぎると、視力や睡眠に悪影響があることは否めないですし、親子の交流が減ってしまうため、ネガティブな側面があることは確かだと森口氏は言っています。しかし、現在はスマートフォンなどのデジタルメディアに関するネガティブな側面ばかりが強調されているような気もすると森口氏は言っています。

 

実際、スマートフォンや人工知能などによって育児の負担が軽減されたり、子どもの発達が促されたりすることは今後必ずあると考えられます。そのため、こういった技術もやはり使いようだとなのだと思います。そして、そのために良い部分も悪い部分も考慮する必要があるのです。

 

新しい時代において、デジタル機器は日々進化しています。問題は新しい技術のネガティブな部分を嘆くのではなく、うまく付き合っていく必要もあるのだと思います。だからこそ、こういった研究の結果を踏まえ、今の時代に最適化した環境を作ることが必要なのでしょうね。

メディアと実行機能

睡眠の次はメディア視聴です。これも家庭によってはルールに上がってくることが多くあるものだと思いますし、家庭によってもそのルールは大きく違います。私の実家では日中にテレビを見ることは許されていましたが、食事中などは姿勢が悪くなるという理由や家族の会話が無くなるという理由で消されていたのを今でも覚えています。メディア視聴というのは何もテレビだけではありません。最近ではスマートフォンの普及もあり、インターネット動画などの映像視聴なども増えています。子どもたちが外で動画視聴をしている姿はよく見ますね。家の中でも外でも子どもに静かにしてほしいときにテレビやインターネットの動画を見せるようにしているご家庭は少なくはないと思います。こういったテレビなどのメディア視聴が子どもの発達にどのような影響を及ぼしているのかというのは、昔から関心が高い問題です。

 

日本でも、2004年に日本小児科学会が、2歳以下の子どものテレビやビデオの長時間視聴は避けるべきだと提言を出しました。これは長時間のテレビ視聴が子どもの言葉の発達が遅れるという研究知見が見えてきたからです。しかし、実際のところ、テレビ視聴が子どもの発達において、良い影響を及ぼすのか、悪い影響を及ぼすのかは、結果が混在していると森口氏は言っています。言葉の発達の遅れにおいても、子どもの教育番組を視聴させることでむしろ促進されるという結果もあるのです。

 

では、実行機能においては、テレビ視聴はどのような影響があるのでしょうか。森口氏は実行機能の発達に影響を及ぼすのは大きく2つあると言っています。

 

一つは誰も見ていないにもかかわらず、ダラダラとテレビがついている状態だと言っています。ジョージタウン大学のバー博士らは家庭における乳児期のテレビ視聴と思考の実行機能の関係を調べました。その結果、1歳の時点において、大人向けの番組が長時間ついていればいるほど、4歳児時点における思考の実行機能の成績が低いことが示されました。

 

なぜ、ダラダラとテレビがついているのがいけないのでしょうか。その理由は子どもが絵をかいたり、遊んだりする場合に、少し気になるシーンや音楽が流れると、子どもは今やっている活動をやめて、テレビに注意を奪われてしまうからです。この場合、子どもの意志ではなく、テレビの映像や音声によって活動を切り替えられているのです。思考の実行機能は子どもが自分で主体的に頭を切り替える能力なので、実行機能は育まれないというのです。いわゆる「気が散った状態」になるのでしょうね。それでは「遊び込む」ことが難しくなります。

 

では、もう一つのメディア視聴の影響とはどういったことがあげられるのでしょうか。