実行機能と欲求
実行機能は食欲だけではなく、性的行動における欲求の抑止にも大きく関わっています。性欲も食欲と同様、脳の中に組み込まれている生理的欲求であり、ときに抗うのが難しいものの一つです。その難しさは、古代より、宗教、規範、法によって性欲に関わる不適切な行動を抑止しようという試みがされています。しかし、この性欲に負けてしまうことで、人生を狂わせてしまう例は多くあります。性欲が怖いのは食欲とは違い、この欲求に負けてしまうと、社会的立場を失ったり、家族を失ったりすることに直結してしまいかねないということです。それくらい性的刺激は強い誘引力を持つのです。特に男性は視覚的な性的刺激に反応しやすく、性欲を抑えることに失敗しやすいので注意が必要だと森口氏は言っています。
マーストリヒト大学のロドリゲス=ニエト博士らの研究にと、性的な刺激を見ないようにするためにある種の実行機能が必要ということがあるそうです。昨今においても、テレビやインターネットで、政治家や芸能人が浮気や不倫スキャンダルで政治生命や芸能生命に大きなダメージをうける話がよくあります。浮気以外にも、実行機能の低い場合、男性においても、女性においても、見境のない性的行動をしてしまったり、避妊具を使用しなかったりということが報告されています。そのため、望まない妊娠をすることによって、自分の人生の選択肢の幅が狭くなることもあるのです。さらに性的欲求を制御することができず、さまざまな罪を犯してしまうこともあります。以前紹介した「ケーキの切れない非行少年」の著者である宮口氏も、性犯罪と実行機能の関係を紹介していました。それほど、性的行動と実行機能との関係は大きく影響しているのです。
それ以外にも、実行機能は幸福感や精神的な健康においても自分をコントロールする力は関係しますし、タバコやドラッグなどに依存するようになることなど、青年期から成人期において様々な問題に関わっていると森口氏は言っています。この点においても、ユトレヒト大学のデ・リッダー博士らの分析を始めてとする様々な研究によって示されています。
このように実行機能は人間にとって非常に重要であり、人間社会にとっては必須な力と言えます。人間における実行機能はほかの動物と比べても、人間のこの能力は高いように思います。では、人間以外の動物には実行機能はどのようにあるのでしょうか。
キリスト教では、人間をほかの動物から切り離し、人間に特権的な地位を与えていました。その一環として、理性や実行機能のようなものも、人間に特有の能力だと考える見方があるそうです。しかし、ここ数十年の心理学の研究においては、むしろ人間と他の動物との違いは、考えられていた以上に小さいことが示されてきたのです。動物が言語を話せないのは確かですが、道具を使う能力や、記憶力、最近では他者の気持ちを推し量る能力に至るまで、人間と、人間に最も近い動物の一つであるチンパンジーとの間は非常に小さいのであることが示されていると森口氏は言います。
では、人間と動物とではどれほど実行機能において違いがあるのでしょうか。