知能検査では見えないもの

つぎに宮口氏は医療や心理分野の支援に対する軽度知的障害や境界知能への支援の弱点を話しています。まず、医療においては、これらの子どもたちはADHDや自閉症スペクトラム障害の子どもたちは病院にも多くの方が受診しに来ます。そのため、それらにおける診断や投薬治療に関しても、医師の経験は多く長けています。そして、例えば、子どもにADHDなどがあって、多動、不注意が目立ち日常生活に支障をきたしていれば、医師はメチルフェニデートといった中枢神経刺激剤を処方することで、個人差はありますが、そうした薬の投与で多動や不注意といった症状を抑えることは可能になります。しかし、その一方で、同じ発達障害である学習障害(LD)や軽度知的障害、境界知能の子どもが、多動や不注意によって日常生活に支障があったとしても、病院に受診することは稀です。これらは病気というより、勉強ができない、といった困りごとになるので、医療ではなく教育分野の話になってくるのです。そもそも病院にはこういった子どもたちは来ないので、医師も慣れておらず、彼らがどんな特徴を持っているのか、どう対処すればいいのか分からないことが多く、「医療的には問題ありません」「様子を見ましょう」で終わる可能性があるのです。

 

では、心理士であればどうでしょうか。宮口氏は心理士でも、なかなか具体的な支援をするのは難しいと言っています。なぜなら、心理士は教育の専門家ではなく、心の問題の専門家だからです。カウンセリングなどを通して、軽度の気分障害、自閉スペクトラム症、ADHD、不登校、イジメ、思春期の問題などには対応できても、学習の問題に具体的にどう対応したらいいかといった具体的なイメージは持ちにくく、したがって、具体的な方針を提示することも難しいのです。発達の程度を見立てることは可能でしょうし、知能検査をして、例えば、ワーキングメモリー(脳のメモ帳とも呼ばれ、一時的に情報を頭にとどめておく機能)が低いという結果が出たら、それを保護者や教師に伝えることも可能なのですが、それだけでは教師の側は具体的にどう対処すればいいのか、なかなかわからないというのです。心理的検査の所見を説明されたところで、それをどう教育に生かせばよいかの具体的イメージが持てないのです。

 

さらに宮口氏は知能検査においても、話しています。一般的に発達相談などにいった場合、知能検査(小学生以上であればだいたいWISC検査)を受けることがあります。そこでIQが図れますが平均は100になります。例えば、そこで知能の値が98と出ます。これだと平均に近いので問題ないと思われがちです。しかし、困っている子どもはたいてい、10個の会検査の値に大きなばらつきがあります。たとえば、他の値は平均的または優れているのに、語彙力を調べると「単語」や社会的なルールの理解力を調べる「理解」といった検査値だけとても低い、いった場合です。この場合、言語理解や聞く力の弱さなどが推定されています。その他にも暗算などで必要な、一時的に情報を記憶するワーキングメモリーという力だけが弱い、といったように見られます。知能指数は、その子どもが困っているところを見つけるのに役に立ち、その結果を支援のヒントとして利用することができます。

しかし、一方で知能の値が90以上であり、10の下位検査でどこも低いところが見つからなければ、「知的に問題がない」となります。学習上や行動上で何らかの困った様子があるのにです。

 

宮口氏はWISCという検査は、子どもの能力の一部しか見ていないと言っています。なぜなら、たった10個の検査項目で子どもの知能を図っているからです。検査を見てみると、一方的に問題を与えられてひたすら答える、時間内にできるだけたくさん取り組む、といった課題ばかりで、絵を写すなどの再現力や描写力を測るような検査もなければ、答えのない問題に取り組ませて思考の柔軟性を見るような検査はありません。つまり、社会で必要とされる柔軟性、対人コミュニケーションの能力、臨機応変な対応などはWISC検査では測れないのです。IQは高いが融通が利かない、IQは低いが要領が良い、といった子どもたちの問題や特徴は見落とされがちなのです。

 

WISCなど現在主流の知能検査は大雑把に知能の傾向を把握するにはとても役に立つが、このようにそこで拾えなかった躓きを併せて調べて見ないと「知能には問題ない」で負われいなっていますのです。