子ども時代の逆境

バーク・ハリスは子どもたちの貧困と経済格差において、単純な医療行為や社会問題だけの問題ではなく、もっと微細なレベル(ヒューマンバイオロジーの領域の深部)での分析や検討をしたほうが良いということを考えるようになります。そんな時にある医療雑誌の記事に出会います。そのタイトルには「子ども時代の逆境が成人の健康に及ぼす影響―黄金が訛りに変わるとき」とあり、ヴィンセント・フェリッティというカリフォルニアを拠点とする大規模医療保険団体カイザー・パーマネンテの予防医学部門の責任者の記事でした。この記事には「子ども時代の逆境(ACE)の研究」の内容であり、1990年代にフェリッティがロバート・アンダ(アトランタにあるアメリカ疾病予防管理センターの伝染病学者)とともに行ったものでした。

 

研究の開始は1995年。カイザーの医療保険の登録者で総合健康診断を受けた人に子ども時代の逆境を10のカテゴリーに分けた場合に自分はどこに属すると思うかというアンケート調査を実施した内容です。このカテゴリーには暴力や性的虐待、身体的/感情的ネグレクト、両親が離婚/別居していた、家族の中に刑務所に収監されているものがいた、精神病を患っているものがいた、何らかの依存症だったものがいたなど、様々な種類の家庭の機能不全が含まれる。数年のうちに1万7千人を超える登録者からアンケートの回答が寄せられた。返答率は70%で、回答者はまさに統計学上のマジョリティ、つまり、中流および上位中流階級の人々だった。75%が白人で、75%が大学教育を受けており、平均年齢は57歳でした。

 

回答を一覧にまとめたときにアンダとフェリティがまず驚いたのが、低所得者層ではなく、中流及び上位中流階級と言われる層の中にも子ども時代につらい思い出を持つ人が多いということでした。回答者の4分の1以上がアルコール依存症患者やドラッグ常用者のいる家庭で育ったと答えていたのです。そして、子どものころ叩かれたと答えた人数もほぼ同じ割合でした。二人はこのデータを使って、それぞれの子ども時代の逆境(ACE)を数値化します。ひとつのカテゴリーにつき1点を加算していくようにしていきます。するとその結果、3分の2の人に1点以上がつき、8人にひとりが4点以上がついたのです。

 

さらに二人が驚いたのは、カイザー社が集めた街灯登録者の膨大な医療履歴をACEの数値と比較したときでした。子どもの逆境と成人してからのネガティブな結果の間には非常に深い相関関係が見えてきたのです。そして、この2者関係は非常に直接的なものでした。というのもACEの数値が高ければ高いほど、成人後も常習行為から慢性疾患にいたるまでほぼすべての項目でより悪い結果が出ていたのです。