赤ちゃんの脳とコンピューター

人の脳内には地図を思い描くことと同時に、その地図をもとにして、色々な予想を思い描くようなことができるとゴプニックは言います。つまり、こう変えたいといったような青写真を描くというようなことができるようになります。そして、他にも人の脳につくられる地図にはもう一種類、出来事の複雑な因果関係を表した因果マップを描くようになります。

 

たとえば、幼児は生物学的な世界の予測することができます。しかし、幼児は生死、成長、病気、食物など複数の要因を考えるのではなく、すべてを一つの力で表す生気論的な世界像を持つようです。その力は食べれば増し、病めば衰えます。成長につれて強まり、死ぬと失います。このような予想を幼児はするので、この理論に則り幼児なりに予測をしていきます。しかし、それは時に大人にとっては奇抜な予想になります。「食べていればずっと成長が続く」、「背の高い人は背の低い人より年上」といったようなものです。つまり、「ものを食べるのは力をつけるため」という理論を持っているが故、その理論に子どもなりに則った理由付けになるのです。このように幼児特有の生物学的な因果マップが脳の中にはあるのです。

 

もちろん、人間以外の動物においても、空間を写し取る脳内マップが作れるものはあります。しかし、因果マップも作成できるかどうかは定かではありません。動物によっては特定の因果関係を理解しているものもいます。たとえば、チンパンジーがシロアリの巣をつつくと中からアリが出てくるといったように、自分の行動が直後の出来事を引き起こすといったことを理解しているなどです。他にも特別に重要な因果的なつながり、たとえば、腐ったものを食べると吐く、といったことも理解しているかもしれません。しかし、そうはいっても、人間なら幼児での備えているような因果マップを動物は持っていないとゴプニックは言っています。

 

1990年代、クラーク・グリマー率いるカーネギー・メロン大学の科学哲学者たちが、科学理論を数学的に説明する研究をしました。同じ時期に、ジュディア・パール率いるカリフォルニア大学ロサンゼルス校のコンピューター科学者たちも、科学者がするような予測や提案のできるプログラム作りを始めました。これら二つのグループは因果マップについて同じ一組の概念にたどり着きます。それはマップを数学的に記述し、それを使って正確な予測や介入をおこなったり、反事実を生み出す方法でした。これは「因果グラフィカルモデル」(ベイズネット)と言われるもので、たちまち人工知能の領域を席巻し、因果関係をめぐる新しい哲学概念を想起することになったのです。つまり、コンピューター上で因果マップを作成できるようになったのです。

 

これによってコンピューターは科学者や子どものように洗練された反事実の推論ができるようになりました。以前、「ディープラーニング」という人工知能について紹介しましたが、現在のAIはかなりこういった過去の事例つまり、過去の地図を駆使して、深い推論ができるようになってきたと言われています。現在このように赤ちゃんや子どもが研究され、AIやロボットに応用され、研究されていることが多々あります。以前、京都であった赤ちゃん学会においても、赤ちゃんの動きからロボットの動きが研究されたり、赤ちゃんの心理からどのような認知が行われているのかを考える研究もありました。

 

認知科学において、私たちの脳は私たちが知るどんなコンピューターよりも優秀であるという考えが中心にあります。これは未だコンピューター科学者においても覆ることのない部分であるようです。もちろん、現在の技術において、人間の脳とコンピューターとでは、優れた部分と劣っている分があるそうですが、まだまだ、赤ちゃんの脳の方がコンピューターよりも優れているとゴプニックは言っています。