シナプスから社会

脳が進化を起こし、脳幹から大脳辺縁系、そして、大脳新皮質ができ、人はより複雑な能力を持つことができる動物に進化していきます。このように脳は進化の中でも様々な機能をつけていきます。科学雑誌「ニュートン」で「脳研究の今」という特集の中で「成長する子どもの脳では何が起きているか?」という記事を藤森氏は紹介しています。この研究は成長期の脳の中で起きる神経細胞のネットワークの変化について研究されており、その仕組みの解明が脳の発達障害の原因解明につながると言われています。

 

脳の神経細胞のネットワークとは神経回路と呼ばれるものですが、このつなぎ目を「シナプス」と言います。そのシナプスの数は、年とともに増えていくのではなく、1~3歳前後までは急激に増えていくのですが、その後は徐々に減っていくということが1970年代にはわかっていました。神経細胞はとりあえず最初は広く手をつないでおき、あとで不要な手を離すという戦略をとっているためと言われています。「多めに作って後で減らす」方式のほうが、「必要に応じて増やす」方式よりも、周囲の状況の変化に敏感に対応することができるからだというのです。

 

私の小さい頃は「脳の皺を増やしていかないと」ということがまことしやかに言われていましたが、どうやらそうではなく、あるものを減らしていくことで人は状況に応じた対応ができるのですね。ここでは乳幼児の手指運動が例に出されています。乳幼児が細かく指を動かせないのは指を動かす神経細胞のネットワークが広くつながり合っているためで、成長とともに不要な回路が無くなり、必要な回路だけが残ることで細かい指の動きができるようになるというのです。しかも、具体的な動きだけではなく、神経細胞自体の性質にも巧みな変化が起きているということがわかってきたそうです。

 

霊長類における脳の進化は集団生活に伴う社会関係の認知の必要性によって促されたと考えています。脳は体重の2%の重さしかないにもかかわらずに、約20%のエネルギーを消費するような、非常にコストの高い器官です。そのため、それほどのエネルギーを使うだけの見返りがなくてはなりません。霊長類の種間比較研究によると、新皮質のサイズと相関があった要因は、唯一、集団グループサイズだけだったそうです。つまり、集団が大きさによって大脳新皮質の大きさも変わるということです。

 

大きな群れの中で順位関係や親和関係を理解し、他者をうまく社会的に操作することが、生存や繁殖において重要です。さらに相手が何かを欲し、何をしようとしているかと心を読むことといった手の内を読み合うことも出てきます。こういった相手の行動への共感や予測が、人間の知性の進化をいっそう加速させてきたと言われています。

 

社会を作ることが脳を大きくすることにつながっているというはこれまでにも話に出てきましたが、社会とヒトというのは切っても切れない関係どころか、本質と言っても過言ではない重要な意味合いを持つということがわかります。「社会の一員とした資質を持つ」と言われるのは1脳の機能から見ても当然なことなのですね。