やねより高い鯉のぼり(平成23年度5月)

今年度が始まって3週間が経ちました。入園式にはこれまでお家の人達に大切に守られてきた生活から、いきなりたくさんの人達の中に入った事にびっくりしたり心細かったりで、涙が出た子やお母さんやお父さんから離れられなかった子がいて、とても賑やかでした。実は、それは、極々当たり前のことであって、どんなにこれまで愛情いっぱいに育ててもらえていたかがうかがえ、そんな子供達の様子が微笑ましくも見えました。そんな我が子の様子をご覧になって、お父さんやお母さんはどのように感じられたのでしょうか?(情けないな)(この先、どんな幼稚園生活になるのだろうか?)(大丈夫かしら?)(可哀そうに…)といろいろと不安に思われたかもしれません。しかし、子供達は、まだ少し、幼稚園生活の流れがわからないでいるだけなのです。

入園式の次の日から私は、毎日幼稚園の中門に立って、子供達を受け入れ、幼稚園の中に誘導します。すんなり「おはようございます!」と笑顔いっぱいで入って来る子もいれば、お母さんに抱きついて、泣きながらやってくる子もいて様々です。そうした全ての子供達を先生達は笑顔で受け入れます。幼稚園で、これから経験するたくさんのことは、必ず子供達を成長させるはずだからです。

このくらいの年齢になると、たいていの子供達は自分と同じ年頃で、だいたい同じことを考え似たような価値観を持っている仲間を求めるようになる時期です。そんな仲間のいる環境の中にいないと、社会性や協調性を自ら学びとるチャンスを逃してしまうのです。

実際、少し前までは、泣いていたある女の子が、最近では、家から持たせてもらった動物のエサ用の野菜を握りしめ、「動物さんのお野菜を持って来たから、スモックに着替えたら“なかよし動物園”に行くの」と、笑顔でお母さんと幼稚園に来るようになりました。生活の流れがわかり、幼稚園でのお楽しみの目的が見つけられたのでしょう。担任の先生もその様子を見て、「○○ちゃん!今日も動物さんのご飯を持って来てくれたんだね。あとで、あげに行こうね」と、その子をしっかり受け入れていきます。「今日は粘土をして遊ぶんだ」と、はりきって、幼稚園に来るようになった子もいます。そんな子供達は、顔の表情に穏やかさが加わってきているように思います。

大人でさえ、新しい環境の中に飛び込んで行く時、かなりの不安を抱えます。今年大学への入学が決まった卒園児の男の子が遊びに来てくれました。「どう、大学生活が楽しみ?」と聞くと「ううん、少し不安」と、言うのです。でも、その一言だけ言うと「楽しみだけどね」とも言いました。一瞬不安に思った彼も、今では、もう、すっかり新しい環境にも慣れ、友達もたくさんできて、楽しいキャンパスライフを送っているようです。誰だって新しい環境の中で、最初から何一つ心配なく過ごせるということはないでしょう。子供達も幼稚園という初めての環境を受け入れることに一生懸命なのです。その不安を少しでも、安心に変え、幼稚園の楽しさや友達や先生との生活の面白さと魅力に早く気付かせてあげるためにも、私達は、まず、そんな子供達の気持ちを受容して行きます。受け入れてもらえていることがわかれば、子供達にとって、その場所はこの上なく楽しい場所になるでしょう。

家庭訪問では、少しでも、その子の様子を把握しておきたいと色々なお話を聞かせていただいたと思います。保護者の皆様ともそうしたやり取りをして行くうちに、こんなふうに、入園・進級以来、よく泣いて登園していた子供達も幼稚園に少しずつ慣れて来ました。たとえ、まだ、涙が出ていても、お母さんから頑張って離れた子供を抱いて保育室に連れて行く間に、幼稚園の屋上で泳ぐ鯉のぼりを見せてやるとピタっと涙が止まります。屋上で泳ぐ鯉のぼりは結構雄大で見事に見えるのでしょう。小川の水に手をつけさせてやったり、カモやカメを見せてやったりすると、気持ちが幼稚園に向くのです。幼稚園の動物や小川や庭等の環境に受け入れられ、保育室へ連れて行ってやると、「○○君よく来たねぇ。待ってたよ。」と、今度は担任の先生が優しく、受け入れてくれるのです。ただ、抱っこしてくれているのではなく、頑張って来たその気持ちや、幼稚園を楽しみに来てくれた気持ち全てを理解した上で、抱きしめてくれるのです。

幼稚園の屋上で元気に泳ぐ鯉のぼりには、幼稚園の先生達の「どうか元気な心と体で、この大空を力強く泳ぐ鯉のように、すくすくと元気に成長して欲しい。それが、幼稚園と私達職員みんなの願いです。」という思いが込められています。私達は、子供達の笑顔のためにこの一年間を一生懸命頑張って行きたいと思っています。どうか、不安なことや心配なことは、何でも、私達に話してください。さあ!楽しい幼稚園生活のスタートです。今、子供達の笑顔を屋上の鯉のぼりは毎日見てくれています。幼稚園が、この一年、どうか、お家の人達と子供達のための大切な場所になりますように…。

…とこんなことを思いながら、日々、頭から離れないのは、東日本大震災の犠牲となった子供達や幼稚園のことです。毎日、メディアでは、心傷つき辛いはずの子供達が、たくさんの人達の力を借りて健気に笑顔でいてくれています。当たり前のような毎日の“しあわせ”は…実は人と人の愛によって生まれているものなのだということにも気付かされます。どうか、この子達がみんな同じように、お腹の底から晴れ晴れと笑える日が来ることを祈るばかりです。