原体験(平成10年度)8月

原体験とは、「人の思想形成に大きな影響を及ぼす幼少時の体験。」(広辞苑)を意味します。私たちが大人になって考えたりしていることの中に、幼少期に体験したことが大きく影響しているのです。自然や人を愛する気持も、いろいろなことに興味を持ち夢中になることも、なにかの学問や仕事を選ぶことも、将来に対する希望や夢を持つことも、幼少期の体験が基盤になっているのです。それは、その人の思想形成のみならず本人の性格形成にも関わることなのです。
それだけに、わたしたちは、幼児期における経験がより豊かなものとなるよう、幼稚園での子供たちの生活にいろいろとこころ配りをしているのです。幼児期を豊かに過ごすことは、将来を豊かに過ごす基盤を形成していると言っても過言ではないのです。


三次中央幼稚園で「子供主体の生活」を目指しているのも、幼稚園での様々な経験が、単なる受け身の生活ではなく、子供自ら、ものごとに関わり、試行錯誤しながら、自分の意志で創意工夫をしたり問題解決する経験を通して、これからの学校生活や将来の自分の人生を主体的に生きていく能力の基盤を培っているのです。


一口でいえば、幼児期は幼児期としての生活を保障してやることで、その子の幼児期を完成させることなのです。それは、先に先に知識を教えたり、なにかが早く出来るようにするのではなく、幼児期に経験すべきことをしっかりと経験さすことに外なりません。
幼児の生活は「遊び」であるとよく言われます。それは、周りのものや事象に対する好奇心に誘発された遊びこそが自発的な行為であり、子供自らが主体となり得る活動であって、「遊び」から様々な経験が引き出され、その子その子の特性が育まれるからなのです。


今日のいじめや不登校、自殺、校内暴力やナイフによる殺傷事件等々、様々な不幸な出来事が起こるのも、小学校高学年や中学生になって急に問題を起こす人間に変身するのではなく、幼児期からの生活の有り様の積み重ねとも言えるのです。
それでは、今の子供たちが成長して行く過程の中で、なにが問題行動を起こす要因となっているのでしょう。やはり、子育てを急ぎ過ぎることに大きな原因が有るように思えてなりません。急ぎ過ぎるがために、子供の成長にとって、とても大切な生活経験をしないままに過ごしているのではないでしょうか。その急ぎ過ぎの子育てが、子供の心の歪みとなり、その歪みが思春期を迎えた中学生に様々な問題行動として顕在化しているのです。


難しい言い方になってしまいましたが、このようなことを改めて書いたのも、明日から始まる夏休みが、子供たちにとって充実した有意義な日々となって欲しいからなのです。
私たちが大人になっても、子供の頃をなつかしく思いだすことの中で、夏休みの経験が一番印象に残っていると思われる方が多いのではないでしょうか。それほど夏は子供たちを虜にするのです。自然が子供たちに働きかけてくれるのです。


お父さんお母さん、セミやトンボを捕ったことを覚えていますか。オタマジャクシやザリガニをすくったことやバッタや蛙を捕まえたことも。海や川で泳いだり魚を釣ったり手で捕まえたことも。日が暮れるまで夢中になって遊んだことも、どれもこれもはっきりと覚えていますよね。そして、おじいちゃん、おばあちゃんの家に泊まりに行ったことや縁側に座ってスイカを食べたことも。花火をしたり、きもだめしで、暗闇の中から「オバケ~」と言われて怖かったことも。それだけではなく、廊下の拭き掃除やお使いも子供の仕事として、いろいろとお手伝いをしていたことを思いだされることと思います。

このようなことがなつかしく思いだされるのも、これらの様々な体験を通して、今の自分の形成されているからなのです。このように思いだして見ると、自分たちが子供の頃には、「子供の生活」と「時間と空間」がしっかりと有ったことにお気付きでしょう。そこでの様々な体験が子供時代を完成させてくれたのです。急ぎ過ぎる子育ては、塾や習い事に子供を追いやり、子供時代を失った「人生の迷い子」を育てる結果となるのです。「原体験」となるべき生活の保証が、今、一番必要とされているのです。
夏休みの過ごし方を、今一度家族で話し合って見てください。