敬老の日に寄せて(平成21年度10月)

幼稚園で毎日響いていた運動会の練習の音や声も、先日の運動会を終えてほんの少し静かになったようです。それでも、今度は、それぞれの学年でお互いにお披露目し合ったり、違う学年のプログラムを見様見真似で踊ったり競技したりして、運動会の興奮の余韻を楽しんでいるようです。


三次中央幼稚園では、全てのテントを“ゆずりあい・おもいやりの席”としています。椅子を用意していた入退場門横のテントには、たくさんのお年寄りの方が、座って応援をしてくださっていました。競技や演技をする子供達の顔が、できるだけどのテントからも見ていただけるように、先生達は演技の向きを一生懸命考え工夫をしています。しかし、どうしても限界があり、特にその椅子を設置していたテントからは見えにくくないかと、いつも、申し訳ない気持ちでいます。しかし、そこに座って観てくださっているおじいちゃんやおばあちゃんからは、静かに…だけど、とても温かい応援を子供達は受けていました。昼に近付くに連れて、正面からの日差しで、前列の方には暑い思いをさせお気の毒でした。時々椅子を後ろに動かして、下がっていただいたり、お困りの事がないかと様子をうかがったりしました。それぐらいの事しかできなかったのに、「先生、大変お世話様です。ありがとうございます。」「先生もお忙しいのに…。」と、お礼を言ってくださいました。「かわいい孫が少しでも見れたら…と思いましてね。」と控えめに話してくださるお顔が本当に優しくて、逆にありがたかったです。自分の孫よその孫を問わずに祈るような目で応援しておられる姿…。子供達はたくさんの人達に愛されています。愛してくれる人は一人でも多い方が幸せなのです。

   
親の愛情とおじいちゃんおばあちゃんの愛情は少し形が違うようです。親は、子供に対して責任を持って育てようと必死です。それゆえに、“這えば立て、立てば歩めの親心”──、少しでも成長したら次の成長を求めます。しかし、おじいちゃんおばあちゃんは、どんな事があっても孫の幸せに共感してやれるのです。ゆっくりゆっくりと孫の成長を気長に待てるのです。それは、親ほどの責任がないからです。このズレによって、子育ての上でいくらかの問題が発生する事もあるようです。


我が家も子供を祖父母同居の中で育てています。義母が早くに亡くなったので、今では、義父だけです。我が家も例外ではなく考えの違いがあっていろいろありましたが、子供達はおじいちゃんとおばあちゃんが大好きです。小さい頃、私達親から叱られた時やわがままを言いたい時には、おじいちゃんやおばあちゃんの所に行っていました。そんな時の逃げ場所は、いつもそこでした。親は教育してやらないと!と、つい急いでしまいます。おじいちゃんやおばあちゃんは、ゆっくりゆっくり語るように、子供達に正しい事を教えてやってくれていたのです。今考えれば、ありがたい事でした。いつも笑顔で諭してくれる雰囲気は、子供達の心に響いていたのです。そして、素直な気持ちになって私達の元に戻ってくるのです。おじいちゃんやおばあちゃんの存在は偉大です。親とおじいちゃんおばあちゃんのバランスを良く保つ事が子供達にとって幸せを2倍にしてあげられる事だと思います。おじいちゃん達に会いに行ったり、電話で話したりする機会を多くもってやってほしいと思います。孫の元気な顔を見たり声を聞いたりするだけで、おじいちゃん達も幸せになれます。また、その愛情に触れる子供達も幸せなのです。


我が家のおじいちゃんは、物静かな人で、賑やかな所へでかける事は少し苦手です。だから、孫の習い事の発表会や学校の行事などにはほとんど行った事がありません。ですが、そんな日の朝には、必ず、出かける私達を見送りに家から出て来てくれます。そして、「今日はおじいさん、よう見に行けんけど、家の中で拍手してお祝いしてあげるよ。無理せずに頑張っておいでよ。」と言って、車が見えなくなるまで、見送ってくれています。両手を高く上げて拍手をし続けて…。私達親の「頑張れ!」という力強いエールとおじいちゃんのその柔らかい言葉と見送ってくれる姿の応援のどちらもが、子供達の「よし!頑張ろう!!」の気持ちにつながっていきます。


幼稚園の子供達にも運動会の応援に来てくださっていたおじいちゃんやおばあちゃんの愛情は必ず伝わったと思います。どんな時にも「いい子いい子。」と頭をなでてくれるおじいちゃんおばあちゃんが子供達を2倍幸せにしてくれている事に感謝します。


今年の敬老の日は私の誕生日でもありました。家では、ダブルで祝い、おじいちゃんに喜んでもらいましたが、私の実家の方のおじいちゃんには、大好物のしじみのお味噌汁を娘ふたりで作って届けました。添えられたメッセージカードには、「おばあちゃんがいなくなって寂しいけど、おばあちゃんの分まで長生きしてね。それと、今日はお母さんの誕生日だよ。お母さんを生んでくれてありがとう。おじいちゃんとおばあちゃんがいなかったら私達はいなかったんだもんね。これからも、おもしろい事して、笑わせてね。」と書いてありました。夜になって、一人でそれを読んだ父が、娘達に電話をくれて、「おいしかったよ。また遊びに来いよ。」「ありがとう。ありがとう。」と何度も何度も言っていました。その声は、涙で聞き取れないほど小さな声でした

心のふるさと(平成21年度9月)

なかなか梅雨明けしなかったこの夏、真夏日と言われた日もあまり多くないまま秋の気配を感じるようになりました。それでも、久しぶりに街で会った子供達はこんがりといい色に焼けていて、夏休みをそれぞれに楽しんだ様子をうかがい知る事ができました。


夏休みになると、遠くで暮らしている人達が帰省して、久しく会っていなかった人に会う事ができます。私も懐かしい人達にたくさん会う事ができました。昔の卒園児がひょっこり家を訪ねてきてくれたのです。しかも、ご家族揃って…。私は、玄関のドアを開けた途端、驚いて声が出ませんでした。その子は20年以上も前の教え子で、立派な青年になっていました。以前も幼稚園に会いに来てくれた事があって、その時には「学校の数学の先生になりたいんだ!」と夢を語ってくれました。それっきりだったのですが、「今、岐阜県で中学校の数学の先生をしているよ。担任ももっているんだ。」と夢を叶えた報告をしてくれたのです。「学校で子供達と一緒にいるのがすごく楽しい。」と言っていました。見上げるほどの身長とガッチリした体格と自信たっぷりに学校の様子を話してくれるその姿に、私は、昔のその子の姿と声を重ねていました。


その子は、どちらかと言えば……というか、はっきり言って大変なわんぱくでした。部屋に入る時間になっても入ろうとしない、友達とはよく喧嘩をする、ご機嫌をそこねたら部屋からいなくなる……。何度となく二人っきりの時間をつくって叱った事もありました。しかし、わんぱくでもありましたが、優しさや正義感ももった子でした。叱った事も多かったのですが、時折見せる優しさや、思う存分遊び込んだ時の満足そうな笑顔、そして、一番印象に残っているのは、いろんなあそびを思いつく天才の一人だった事です。段ボール箱や牛乳パックを使ってガムテープを片手に夢中になって隠れ家や部屋中に迷路を作っている姿は、今でも忘れられません。そんな思い出話をしていると、お母さんが「先生、あの頃、この子のいいところをたくさん見つけてもらえた事や、子供達をのびのび遊ばせてもらえた事は本当にありがたい事だったと思います。たくさんわんぱくさせてもらえていた事が、今のこの子のやる気とやり通す根性を育ててくれたし、先生の誰もが、この子のわんぱくもいいところも知って見守ってくださった事でこの子は安心して成長させてもらえたと思うんです。」「こっちへ帰って来たら、いきなり葉子先生に会いに行こう!って言ったんですよ。私達も会いたかったのでこうして家まで来ました。」と言われました。あまりにも嬉しいやら可愛いやらで、思わず、私より数段大きなその子を抱きしめてしまいました。しばらく話をするうちに、私の脳裏から、彼の幼かった頃の姿は消し去られ、どこから見ても担任をもった立派な先生に見えてきました。


また、お盆過ぎには、これまた20年以上も前に担任した女の子が、卒園後初めて彼氏を連れて幼稚園に遊びに来てくれました。残念な事に私が幼稚園を留守にしている日だったので、直接は会えませんでしたが、理事長先生が、「卒園児が来ているよ。声を聞かせてあげよう。」と私に携帯電話をかけてくださり、懐かしく話をする事ができました。その子は、「会いたかったです。いつも幼稚園の頃の写真を見て、いつか会いに行こうと思っていました。懐かしい!!」ときれいな声で言ってくれました。姿を見ない声だけの再会だった事もあり、あの頃の園舎や園庭で遊んでいるその子の姿がきれいに回想できました。こうして何年経っても三次中央幼稚園を忘れずに会いに来てくれる事が、幼稚園の数年間の意味深さを思わせてくれます。園長先生が写真を撮ってくださっていたので、翌日、その写真を見てみると、ずいぶん女性らしくなっていて、理事長先生や園長先生、そしてその子の事を知っている先生達と昔のその子達の事を懐かしみながら話をしました。


私達はいつも、子供達の日々の成長を先生達みんなで共有しています。喜びも悲しみも楽しい事もいつも幼稚園全体で共有していきたいと思っています。訪れる卒園児の事を先生達がみんなで懐かしみながら迎え入れ思い出話ができたり、叶えられた夢の報告やあの頃抱えていた哀しみから立ち直り明るく人生を歩んでいる姿に、先生達みんなで一緒に喜んでやれたり、安心したりできる温かい“心のふるさと”でありたいと思っています。子供一人ひとりの事を知って幼稚園全体で、成長をみていきたいと思うのです。実は、三次中央幼稚園では、卒園児だけでなく、その保護者の方も心から懐かしんで、来てくださったり連絡をいただいたりします。幼稚園を離れてから何年か経ち子育てがひと段落した時、ふと考えるとわが子の成長の根底には幼稚園での生き生きとした生活があったと言って昔話をされるのです。保護者の方とも子供達の成長の喜びを共有できる事を本当に嬉しく思います。泣いたり笑ったりほめたり叱ったりの生活の一日一日が、貴重な時間になっていくのだという事を痛感する瞬間です。
さて、2学期が始まりました。今のこの子達が何年か後の将来、「あの日あの時あの事が今も僕の…私の心の中にずっと思い出として残っているよ。」と、“心のふるさと”を訪ねて来てくれる日を楽しみに、子供達と一緒に園生活を過ごしていきたいと思います。

自立の一歩(平成21年度8月)

今日で、1学期が終わりました。子供達にとってはもちろんの事、保護者の皆様にとっても、新しい環境の中での生活はどうだったでしょうか?


子供達にとっては、新しい環境を受け入れ、そこに楽しさをたくさん見出せるようになった1学期だった事でしょう。さあ!明日から夏休みです。幼稚園とはまた違った夏の経験が子供達を待ってくれているはずです。


さて、年長組にとっては、1学期最後を締めくくる大きな行事が待っています。合宿保育です。毎年、三次中央幼稚園では、島根県の三瓶山に1泊2日のお泊り保育をします。毎年の事ながら、先生達はその日を迎えるために、随分前からその準備をしています。子供達にとってはもちろんの事、お家の人達にとっても心配でたまらない事でしょう。毎年、不安が大きくて、「うちの子が行きたくないと言っているんです。どうしたらいいのでしょう?」と言われるお母さん方が何人かおられます。また、先生達は、子供達にその日を心待ちにできるように、いろいろな話術で一生懸命に合宿保育の話をするのですが、不安そうな顔でそれを聞いている子も何人かいます。お家の人から離れて生活した経験が少ない子にとっては、その不安は当たり前のことでしょう。その2日間にどんな事があって、どんな生活をするのか全く想像がつかないのですから……。


合宿保育の目的は、大自然の中に身をおき、自然に関心をもったり、友達と生活を共にする事によって、人間関係や仲間意識を深める等があげられますが、もう一つ、“親元から離れて集団生活をする事により自立心と主体性を養う”という事があります。合宿保育の2日間は自分でできる事はできるだけ自分で…、困った時は友達と助け合う、自分で考えて行動する等、その目的を果たすための材料やチャンスがたくさんあるのです。
何年か前に、現地の宿泊所につき、子供達に荷物の整理をさせようとリュックサックを持って座らせました。「歯ブラシとタオルを出して、ここに並べておきましょう。」と声をかけると、何人かの子供達が、「ないない!」と慌てていました。焦って、リュックの中をぐちゃぐちゃとひっかきまわして探すのです。「どうしたの?どこに入れていたの?」と聞くと「知らない。」というのです。自分が入れたのではなくて、お母さんが入れたからどこにあるのかわからないというのです。その子達はそれからも、「下着がない。」「ビニール袋がみつからない。」と度々手伝って探すような事になりました。きっと、お母さんが、わが子が行った先で困らないように、一つ一つ新しいものを揃え、それまでに念入りにチェックしながら準備をされたのに違いありません。しかし、その子達は荷造りできたリュックを「はい、これが荷物よ。行ってらっしゃい。」と渡されただけですから、何がどこに入っていて、何のためにそれが必要かという事を確認していなかったのです。それから、次の年の保護者用の案内のプリントには、親子で一緒に確認しながら準備をしてくださいという文章を加えました。忘れ物がないか、どこに入っているかという事はお父さんやお母さんだけではなく、子供自身が気にして、確認する事なのです。それは、現地で、困る事なく必要な時に必要なものが自分で用意できるようにするためですが、自分の手で準備をする事によって、未知の時間や経験を自分なりに予測することができ、漠然とでも分かったらこの未知なる経験を楽しみにも思えるようになるでしょう。そのための心の準備でもあるからです。これからいったいどんな事があって、そこで自分がどんな事をするのかが、わからないから、いろんな事が不安に思えるのです。“合宿保育”という経験の中で自立させるための“初めの一歩”は準備からもう始まっているのです。


年長組の子供達は、この合宿保育から一気に自分に自信を持ち始めます。“できることは自分で頑張る”“自分達で使った物や部屋をきれいに片づける”“友達と助けあう”“楽しく過ごすルールを知り守る”…これらのいろいろな事が、家庭ではできない経験の中で子供達を自立へと導いてくれるのです。心配だったり困っている顔を見るのがかわいそうでつい先まわりしたり手を貸してしまう──、それは、純粋な親心ですが、見て見ぬふり…ではないけれど、目や手の届かないところでこそ、子供達はグッと成長してくれるはずです。どんなささいな事でも自分でできた!という思いは、子供の心に大きな自信となって残ります。自信は次のチャレンジ精神にも関わってきます。自分の中の隠れていた力に気付き、次なる目標へ向かうエネルギー源となるのです


毎日の生活の中でも、大人が先回りをして、予防線をはってしまっているような事はありませんか?「自分ひとりでできる!」「やってみる!」という気持ちの邪魔をしないように、任せてみたり、一緒に取り組んでみてください。長い夏休みを終え、子供達がどんな顔に変って登園してくるかを楽しみにしています。自立への第一歩だと思って、静かに見ていてやってください。家族への依存の世界からほんの少しだけ自立の世界へと導くために……。

園庭に託す願い(平成21年度7月)

夏も近くなり、子供達は毎日プールで水しぶきを浴びながら、目を輝かせて遊んでいます。砂場に水を持ち込んで身体中を汚して遊ぶ子供達の顔は生き生きとしています。
先日、小川で数人の年中組の子供達が遊んでいました。手には柄の長い砂場用のスコップを持っていました。大きな鯉の近くで泳いでいる小さなメダカを鯉から守ろうと一生懸命に鯉の行く手を遮っていました。小川の向こう岸へ跳んで渡り、またこちらへ跳んで戻ってくる…これを何度も繰り返しながら、メダカを守っていました。


その様子をしゃがんで見ていた年少組の男の子が、スクッと立ち上がり自分もジャンプして渡れるんじゃないかと向こう岸を見つめていました。その子には、ぴょんぴょんと小川を飛び越えるお兄さん達の姿がかっこよく思えたのでしょう。幼稚園の小川は幅が狭い所もあれば広い所もあります。子供達はまず確実に跳んで渡れる所から試し、次はもう少し広い所、またその次はさらに広い所…と、どんどん自分の力を試そうとチャレンジします。子供というのは、簡単にできる事には初めは興味を示しますが、そのうち飽きてしまいます。難しすぎる事には初めから挑戦意欲は湧きません。自分の力よりほんの少し難しい事に無心になって挑戦しようとします。


三次中央幼稚園には、素敵な園庭があります。私は、転勤で三次に来られたご家族に、園内を案内する事がよくあります。案内をして、必ず園庭にある遊具や小川やわんぱく小山、なかよし動物園を紹介します。幼稚園に用意されている環境の一つ一つに、実は、幼稚園を創立した伊達正浩理事長の子供の育ちへの想いがいっぱい込められているのです。理事長が幼き頃を山河で夢中に走り回って遊び、その中からいろいろな事を学んだ尊い経験を子供達にもさせてやりたいという想いが…。
小川には、魚が泳ぎ、岩についた苔を食べ、水面を歩くアメンボは魚の泳ぎに可愛く逆らう…そんな様子を見たり、自分も入って魚を追いかけたりしながら自然を感じます。また、向こう岸に渡りたくて、ジャンプに挑戦しようと頑張ります。自分の力の限界に挑むのです。アスレチックでも、手や足や体全体を必死に使って遊びます。岩でできている小山を登ったり下ったり飛び降りたり…こうして知らず知らずの間に子供達の身体は鍛えられていきます。また、そこに植えられた木々は、季節によって色を変える葉で生い茂り、夏には木陰を秋には落ち葉を子供達にプレゼントしてくれます。虫や鳥も集まり網を片手に遊びます。そこで自然の営みを感じる事ができるのです。田舎では、このような経験を当たり前のように子供達はしています。自然を通して春夏秋冬の移り変わりを知り、そこであそびを生み出すのです。こんな自然を楽しいと感じたり、素晴らしいと思えたりできる環境が幼稚園にあることは三次中央幼稚園の自慢でもあるのです。


核家族化している今の状況の中、一緒に住んでいる家族との悲しい永遠の別れがあったり、生命誕生の一部始終に触れる…そういった事が少なくなりました。大人は皆“命を大切にしよう”と子供達に伝えます。子供達が“命”について、本当に考える事ができるのは、それが失われたり生み出されたりする時の心の動きがあった時なのです。悲しみや喜びで胸が高鳴る時なのです。三次中央幼稚園の動物の中には、ここで生まれて育っているクジャクやカモやウサギがいます。そんな喜びもあれば悲しい出来事もあります。去年の冬、寒い夕方にプレイルームの子供達に看取られて長年子供達と一緒に幼稚園で過ごしたヤギ(メエメエちゃん)が天国へ逝ってしまいました。次の日には、園児全員でお墓に運ばれるメエメエちゃんに手を合わせて送りました。そういうかわいそうなシーンも、あえて直視させる事で命について考え学びます。言葉で伝えきれない大切な教育を子供達は受けるのです。


園庭の環境にも動物たちにも理事長の込められた思いがそこにあるのです。それを理事長から聞かせてもらったのは、私がこの幼稚園に就職してしばらくしてからでした。その話を聞いてからずっと私は三次中央幼稚園の園庭を自慢に思っています。ただただ子供達のよりよい成長を願い、子供達の笑顔と歓喜の声を思い描いて造られた環境なのです。そこで夢中になって遊び、何かを感じこの環境の中でチャレンジするたくましい心や冒険心、観察力や思いやりの心を育てようとしているのです。三次中央幼稚園の庭は“物言わぬ教師”なのです。


私が案内をして入園を希望される方の中には、「子供が、このお庭が気に入ったというので…」とか「本当に楽しそうな園庭なので、どんな風にうちの子が遊ぶのだろう?と今から楽しみなんです。」という声がよく聞かれます。きっとこの園庭は、子供達の心をくすぐる素敵なものなのでしょう。
今日も幼稚園の園庭を走り回る子供達の笑い声が聞こえます。そして、園庭の木々や小川や動物達は、ここで成長し世界を広げていく子供達を何人も見守ってきたのです。この庭に託された想いや願いを知っていただきたいと思うのです。幼稚園で生活している全ての時間が子供達を成長させているという…そして、その一瞬一瞬が大切な時間である事もこの園庭はよく知っているのです。

働かざる者食うべからず(平成21年度6月)

日差しがいよいよ強くなってきました。幼稚園では、子供達が楽しみにしていたプールも始まります。新しい水着の話で子供達は盛り上がっているようです。


さて、今年のゴールデンウィークは行楽にはもって来い!の良い天気で、休み明けにはお土産話を聞かせてくれる子がたくさんいました。さて、我が家は…というと、毎年の事ですが、5月の連休は田植えになります。私が田んぼに入って田植えを手伝うようになったのは6年前からです。「農業を知らないおまえに田んぼに入ってもらうような事はないよ。」と主人に言われ22年前に嫁ぎました。大変さを知らない私は、興味本位で(おもしろそう!!)と思って見ていました。そのうち、これを幼稚園の子供達に経験させてやりたい!と思い、義父と主人に頼んで、田んぼの一部を植えさせてもらう事にしたのです。私が頼んだのですから、手伝わないわけにはいきません。それから、見様見真似で手伝うようになったのです。その頃義母が亡くなったのも手伝うきっかけになった理由の一つです。


娘達も小さい頃は、おもしろがって田んぼについて行っていました。田んぼに入って歩いたり植えてみたり、周りでスケッチしたり、一緒におやつを食べたりして楽しい時間を過ごしていました。だから、ゴールデンウィークにどこにも連れて行ってもらえなくても、それはそれで楽しかったのだと思います。しかし、さすがに中学生になると、「今日は田植えよ。」と言っても「やったー!」と言わなくなりました。それどころか、「勉強がある。」と言って手伝う気もない様子。「じゃあ、家の事をお母さんの代わりにしてくれる?」と頼むと、「だって、宿題が…。」と言います。そのうち、義理の姉夫婦が手伝いに来てくれました。外では、機械の準備や苗運びや植える段取りで大変なのに、それがわかっていても、子供達は一向に外に出て来ません。私は、思わず二人を呼んで話をしました。それは、勉強より大切な事がある!という事を話すためでした。 娘達は、少しムッとしていました。「だって…だって…」としきりに宿題の事を言うのです。「今日の田植えは勉強より大事!親戚までが手伝いに来てくれているのに、家の者がしないなんて…おかしいでしょ。大変な時にはみんなで協力して助け合うのが家族じゃない?」と話しました。


それから、しばらくして、娘達が短パンをはいて田んぼにやってきました。娘達がどんな相談をして手伝う気持ちになったのかはわかりませんが、何か思った事があったのでしょう。田んぼに入って何か所か植えてくれたり、苗箱を運んだり洗ったりしてくれました。そしてお昼にはご飯の準備までしてくれて…、さっきまでの顔とは随分違っていました。「ありがとうね。助かったよ。秋に食べるご飯は特別おいしいかもね。」と言うと、下の娘が、「お母さん!いつもの言葉…“働かざる者食うべからず”…でしょ。」と笑いました。私は“してもらう事が当たり前だと思わないで、そうしてもらえる事への感謝の気持ちを自分にできる事をしてあげる事で返していきなさい。”という想いで子供達に時々そう言います。実際には、子供達が手伝ってくれたからと言ってたいしてはかどるわけではないのですが、小さな力でも仕事を一緒にする事で、家族の一員として、「手伝おうか?」と言えたり、「代わりに何かしてあげられないかな?」と考えられる子になってほしいのです。考えて行動できる子になってほしかったのです。


その次の日、年長組の子供達が我が家に田植えに来ました。その日娘達は学校が休みの日で、年長組の子供達の泥んこになった足を一生懸命洗ってくれました。後で、「幼稚園の子ども達ってすごく可愛かった。」と言っていました。大きな事はできなくても、その中で自分にできる仕事を考えみつけられる人になってもらいたいと思います。娘達がいずれ社会に出た時、そして、家庭を持った時、そういう気持ちが娘達を“なくてはならない人”と認めてもらえる人間にしてくれるのではないかと思うのです。その子のその時期にあったお手伝いをさせて、共同生活の営みに携わる事で、自分も家族を支えている大切な一人なのだという事を実感させてあげてください。家族は、楽しい時も苦しい時もずっと一番強い絆で結ばれていなくてはならないのですから。


その日の夕方、いくつかの放送局で幼稚園の田植えのニュースが放送されました。何人もの知り合いから「ニュースに出てたね。」という電話がありました。上の娘も友達から、「お家で、そんな経験ができるなんてすごいね。」と学校で話題になったり、園児達の足を洗う様子がチラッと映ったニュースを見て「見たよ!」と言われたようで、ちょっと恥ずかしそうでした。そして、下の娘の宿題の『ゴールデンウィ-クの思い出』という作文に『どこにも行かなかったけれど、裸足になって家の田植えを手伝いました。田舎ならでは!の経験なので、とても楽しかったし、いい気持ちになりました。……』と書いていました。夕食を食べながらの子供達との会話──。「友達みんな、いろんな所へ旅行や遊びに行ったりした作文を書いてたよ。」「うちは、ゴールデンウィ-クの時でないと田植えができないんだから仕方ないよ。」「それはそうなんだけど…。わかってるけど…。でも…。」──
言いたい事はわかるよ。“それとこれは別!”って言いたいんでしょ。うん、わかる!!実はお母さんもちょっぴりおんなじ気持ち(笑)。