続 心で叱る(平成24年度12月)

今、幼稚園では12月に控えているフロアーコンサート(音楽発表会)の練習でたくさんの曲と楽器の音色が、楽しそうに流れています。担任と子供達が新年度から温めてきた曲が、少しずつ合奏曲になったり可愛いお遊戯に仕上がったりしていくこの過程が子供達一人ひとりの成長につながっている事を実感します。そして、先生と子供達との信頼関係が確実に深まっていくのも分かります。

さて、先月の『葉子せんせいの部屋』では、“叱る”という事について書きました。綴りながら10年以上も前のある出来事を思い出したので、今回はそれを紐解いてみます。

それは、年長組を担任していた時の事。クラスの中には、とてもやんちゃなボス的存在の男の子S君がいました。ボス的な存在になっている事はその子の課題でもありました。良い所をみつけ他の子供達にもその子自身にもその子の良い所に気づかせてやりたいと思って関わった一年間でした。そんなある日、保育室で昼食後の片づけをしていた時です。一人の男の子K君が、何人かの男の子に何やら言っていました。言われている男の子達はしょんぼりしています。様子が変だったので、近くに言って耳を傾けていました。すると、「S君が、一番に外に出てサッカーするんだから、先に出たらダメだぞ!」と言っているのです。どうやら、K君はS君の言わば“命令”を受け、男の子達がS君より先に外にでるのを阻む役目になっていたようでした。私は、その状況を把握した時、とても悲しい気持ちになりました……いえ、違います。ショックでした。私は、これは見逃せないと思い、個人的にもクラスの問題としても話し合い厳しく叱りました。話を聞けば、K君は自分の気持ちに反して、言われたまま意地悪したようでした。意地悪な事を言ったりしたりした事自体よりも、悪い事と分かっていながら強い立場の子の指示に従ったというK君の行動が情けなかったのです。自分で善悪の判断をし、いけない事はいけない!と友達に言える子になって欲しかったのです。私は、こんな事がクラスの中で起こった事も考えれば考えるほどショックで、半泣きしながら二人を叱りました。S君とK君にはそれぞれに考えて欲しい事が違っていたので、別々にも叱りました。もしかしたら、次の日、K君は幼稚園に来ないかもしれないと思う程厳しく叱りました。自分の住む世界が大きくなるにつれて、このように自分で善悪を判断し行動しないとならない場面が増えてきます。いけない事と知りながら人の言いなりになる子にはなってほしくなかったのです。将来、自分の考えと責任で行動できる大人になって欲しい…という想いの一心で叱りました。

その翌日、K君がお母さんからの連絡ノートを持って来ました。私は厳しく怒った事へのお叱りを頂戴したかと思いながら開きました。すると、そこにはこう書かれていました。

『昨日は大変お世話になりました。迎えに行って車に乗り込むと、すぐ、「お母さん、今日、僕、すっごーく怒られたんよ!」と張り切って(?)話し始めました。何かワルサでもしたのかと思って聞いてみると、人に言われて意地悪をしたという事だったので、びっくりしました。私の想いを話すと「葉子先生もお母さんと全く同じ事を言ったよ。すっご~く怒ったよ。そのままの大人にならないで!!って言った。」との事でした。「僕、すご~くイヤだったんよ~。」と言うので、「何がイヤだったの?」と聞くと、「もちろん!人にイヤな事をしてしまった事。」という返事でした。「じゃあ、葉子先生に怒られた事は?」と聞くと「う~ん、けっこう嬉しかった」との事でした。先生が愛情いっぱいに叱って教えてくださったんだなぁと嬉しく思いました。ありがとうございました。』

私は、お母さんからのこの文章に、その時のK君の涙と後悔の気持ちを思い出し涙がでました。また、叱られた事をお母さんに全て話せる親子関係にも感心しました。私達は“人”を育てています。将来どんな場面でも、どうにかこうにかしながらでも強く正しく生きて行ける“人”に育ってほしいのです。そのためには私達も真剣に向き合います。世の中で許されない事があるという事を教えたいからです。大好きな先生が…大好きなお父さんが…優しいお母さんが、こんなに怖い顔で怒ってる…これは大変な事なんだと感じるはずです。叱る方も、“本気”にならないと子供の心には響きません。“叱らない子育て”にも賛成ですが、叱らなければならない部分から目をそらし、それを覆い隠すように良い所を褒めていくような“叱らない子育て”では成功するとは思えません。“叱る”は“諭す”事だと思います。生き方を見つけ出すための道標をあちらこちらに立ててやることだと思います。その道標を立てる時に、ある時は気付かれないようにそ~っと…ある時は優しく…またある時はガツン!と…と色々な方法で立てて行く事、その中に“叱る(諭す)”があるのです。

私は、その時にここまで考え、S君とK君を叱ったのではありません。ただ、“本気”だったのです。“叱る意味”に気付かせてくれたのは、お母さんからいただいたこの連絡ノートの文章とK君がお母さんにつぶやいた『(葉子先生に怒られて)けっこう嬉しかった…』という言葉でした。私は、『先生は、K君からこの言葉を聞けて、その100倍も嬉しいよ。わかってくれてありがとう。』と書きました。

心で叱る(平成24年度11月)

段々と秋の深まりを感じるようになって来ました。朝晩の寒さが、猛暑だった夏の記憶をすっかり塗り替えてしまうようです。これから深まる秋も子供達とたくさん楽しみたいと思います。

さて、先日、病院に行った時の事です。若いお母さんが二人、やっと歩き始めたばかりのような子供をそれぞれに連れて待合室で話をされていました。どうやら“ママ友”のようでした。一人のお母さんが、「最近、目が離せなくて大変!叱ってばかりで疲れてしまうわ。」するともう一人のお母さんが「あんまり、あれしちゃダメこれしちゃあダメ!って言わない方がいいみたいよ。だから私は、いけない事をしても、その中で褒めてあげられる所をみつけて褒めてあげてるよ。」と子育てについて語り合っていました。褒めて育てようとされている事がその会話からよくわかりました。私は、しばらくこの母子の様子を見ながら自分の順番を待っていました。すると、二人の子供が退屈してきたのか、ソファーによじ登り、棚に置いてある本や置物を一つずつ手に取っては落としていました。その様子にお母さんは「あらあら、力持ちだね。凄い凄い!」「こんなに高い所に上がれるようになったんだね。凄いじゃない!」とその子を褒めてあげていました。そのお母さんは、叱らないで子育てをしたいのですから…。待合室にいたのは、私だけではありませんでした。それが、まだ良し悪しの分別がつかない赤ちゃんだから他の患者さんは目をつぶってくださっているだけで、それは、見ていて決して心地良く思えるものではありませんでした。 

それから別の日、また病院に行くことがあり、今度はその時よりもっと小さな赤ちゃんを連れた若いご夫婦と待合室で順番を待っていた時の事です。その赤ちゃんはハイハイができて、畳の部屋の小さなスペースをゴソゴソ動き回っていました。いたずら盛りです。お母さんのバッグから、財布や鍵を出しては舐めたりポイポイ投げたりしています。そのお母さんは、その度に、優しく「コラコラ!これは、ママの大事大事。ちょうだいね。」と取り上げました。その度にその子はママの顔を見上げます。何度も何度も同じような事をしていました。すると、急に「危ない!!メッ!!よ。」というお母さんの声がして、赤ちゃんがその声に驚いてママの怖い顔をジッと見てその後泣き始めました。どうやらコンセントのプラグを舐めようとしたようでした。

私はその時、以前見た、叱らないで子育てをしたい母子の事を思い出していました。勿論、子供は、叱られるより褒められる事に心地良さを覚え褒められる事で、自分に自信を持ちながら成長できるのは確かだと思います。しかし、この世の中には、良い事と悪い事が入り混じって存在しています。それを正しく分別つけながらその中で自分も正しく生きていかなくてはならないのです。お父さんやお母さんの顔つきや声色を窺いながら、(これは、どうやらいけないのかもしれないぞ)と赤ちゃんなりに感じるのです。だから、お母さんが「メッ!!」と怖い顔をするとキョトンとして固まったり泣いたりするのです。そうしながら、注意されたり叱られたりする事の意味を感じてくれるようになるのです。命に関わる危険な事や人の迷惑になるような事には、真剣に目を見て「いけない事なんだよ」と教えてあげる事は必要だと思うのです。何でもかんでも世の中に通じる許される事ばかりではない事もわかる子になると思います。

幼い子供達はまだ経験が豊富でなく、判断能力や自分をうまく制御する事が確実にはできないので、幾度となく“わがまま”や“喧嘩”“人に迷惑をかける言動”“危険行為”に出てしまいます。そんな時、本気で叱ってくれるのは、我が子に良い事と悪い事の判別が正しくできる子になって欲しい!と願っているお父さんやお母さんです。“褒めて育てる”…は“叱らないで育てる”…というのとは違います。“褒める(認める)”と“叱る(諭す)”のどちらも必要なのです。「しつけだと思ってやった。」と痛ましい虐待のニュースが時々報道されます。本当に胸が締め付けられる程辛いニュ-スです。その背景には様々な問題はあるのでしょうが、“叱る(諭す)”の根っこには、『愛』がなくてはいけないのです。「僕のために叱ってくれている。」「私の事を思ってくれている」という事が感じられる接し方で褒めたり叱ったりしてください。そうしながら、親子の絆や信頼関係が深まります。まだまだ、幼児期は可愛いものです。この子達が思春期を迎える頃には、今以上の心配事が必ず発生します。この幼児期に親子の信頼関係をガッチリ築いておかないと、褒めても叱っても心を開いて聞いてくれなくなります。大きくなって、どんな社会の中でもしっかりとした人としての生き方ができる子になって欲しい──そう思います。

幼稚園生活の中でも、子供達はいろいろな事を経験しています。子供達に聞いてみてください。どんな優しい楽しい先生でも、子供達の事を一度も叱った事のない先生はいないと思います。子供達は怒らない先生が好きなのではないのです。心で抱きしめて叱ってくれる、自分を正しく導いてくれる先生に心開くのです。勿論、そうなるには、共に築いてきた揺るぎない信頼関係があればこそです。

こんな事を書きながら、10年以上も前のある出来事を思い出しています。涙を流しながら一人の男の子を叱ったあの日の事……。

この事については、また次回綴りたいと思います

引き出しの思い出(平成24年度10月)

ある日の某新聞“くらし”のページに『幼稚園「同窓会」』という題でコラムが掲載されていました。家族で出かけた帰り道、大学を卒業するようになった年齢の息子とその兄弟が通った幼稚園に急に立ち寄ることになり、懐かしい先生やその先生が弾いて聴かせてくれる歌に久しぶりに触れ、大きな園児達の小さな同窓会を楽しんだ。…という内容のものでした。

私はこのコラムを見て、迎えた幼稚園の先生の立場に自分を置き換えて読み、胸が熱くなりました。私達の幼稚園にも、よく卒園児達が人生の節目節目に幼稚園を懐かしんで、訪ねて来てくれます。色々なきっかけで来てくれるので、その子達の年齢も置かれている状況も様々です。進学が決まった事…、就職や結婚を機に日本を離れるようになった事…、結婚をして赤ちゃんが生まれた事…、大学生活を終えてまた三次に帰って来た事…、それらの報告をしに来てくれる子もいれば、丁度幼稚園の前を通りがかって、寄ってみたくなったからと来てくれる子もいます。幸い(?)三次中央幼稚園の先生達は、長年勤めている先生が多く、その子達の事を知っていたり担任していた先生がいたりして、その歓迎ぶりは凄いのです。自分が通っていた頃の先生がまだ居てくれたという子供達の感動や、年月を経ても懐かしんで足を運んでくれたという先生達の感動とが一緒になり、それはそれは思い出話は尽きません。

色々な懐かしい子供達が訪ねて来てくれますが、ある事がきっかけとなり、今なお、頻繁に幼稚園に来る男の子がいます。男の子と言っても、もうあの頃の面影も無いほどの22歳の身体の大きな子です。彼が年中組の時に担任しました。その子が幼稚園に足を運んでくれた始まりは、高校受験に悩み、人生が面白くなくなっていた頃の事です。お母さんと一緒にいた彼にばったり会い、「幼稚園に遊びにおいで」と声をかけた時からでした。照れくささからか、「来たよ」と一言言ってふてくされたような風貌で職員室に来ました。それでも、彼を知る先生達は大歓迎でした。理事長も園長も皆大切な可愛い卒園児として迎え入れてくれました。今の彼がどんな境遇にありどんな様子であっても、彼自身の中に宿り育った物はあの頃のまま彼の中にあるという事を認めてくれる先生達ばかりだからです。彼は今、自分に合う仕事を見つけ一生懸命働いていて、仕事が休みの日に時々顔を見せに来ます。2学期が始まったばかりのある日、突然「今から行く」とメールが届きました。同じ卒園児の友達を連れて来てくれたのです。その子も年中組の時私が担任した男の子で、東京の大学に行っています。2人は、幼稚園の子供達とも遊んでくれたり、降園前に満3歳児クラスで子供達に絵本を読んでくれたりして人気者になっていました。「遊んでばかりいないで、園庭にホースで水まきしてよ。」と頼むと、2人してブツブツ言いながらも2本のホースで園庭を湿らせてくれました。しばらく様子を見ていると段々と幼いあの頃に戻ったように、水の掛け合いを始めていました。「やめろや!!」「お前が先にかけたんだろう!!」と大きな身体の2人が無邪気に言い合ったり大声で笑い合ったりしているのです。大人になって、遠い土地で、私達の知らない悲しみや喜びを経験していたり、社会の厳しさに一喜一憂しながら頑張っているこの子達が、あの頃のように無邪気な笑顔でこの幼稚園の庭で遊んでいる姿に感慨深いものがありました。

その後、「園長先生から花壇に植えてって頼まれた。」と言って2つの花を持って来ました。鳥谷芽似先生も2人に加わっていました。実を言うと、芽似先生も年中の時彼らと同じクラスで私の可愛い教え子です。彼らは、芽似先生に会える事も楽しみにしているのです。

3人が花壇に肩寄せ合って植えかえているその様子を見て、時が逆戻りしたような気持ちになり、何やらこみ上げてくるものがありました。

以前「これ見て。」と何冊かまとめられたあの頃の“れんらく帳”を持って来ました。お家の方と私との一年間の連絡の記録です。良い事も悪い事も連絡し合い、ひたすら彼の成長を願う気持ちがたくさん綴られていました。彼はこのノートを大切にしまっていると言いました。幼稚園での色々な思い出や経験、友達や先生との他愛もない小さなやりとりが、彼らの心の隅っこの引き出しにしまわれていて、時々引っ張り出して自分をその頃に置いてみたくなるのでしょう。新聞のコラムに書かれていたのと同じように、彼も殆んどの友達の個人マークやその頃歌った歌や演奏した曲、遊んだ事、手遊びや参観日によく見せてやっていた手品等など…そんな事?と思うような事まで覚えているのです。

しばし幼稚園で時間を過ごした後は、いつもぶっきらぼうに「じゃあね」と言って帰って行きます。その大きな背中は、来た時と何か違って見えるのです。子供達にとって、幼稚園での可愛い思い出は自分が守られていた時の温もりを思い出させるものなのでしょう。そして、その温もりに触れる事で、また頑張ろう!と背筋を伸ばして自分の今の世界に戻って行けるのだろうと思います。

今の園児達にも一つでも多く、大きくなっても浸りたくなる思い出をつくってやりたいと思います。さあ!2学期は、子供達の心に残る経験をたくさんします。ずっと、覚えていてくれるかな?そして何年後かに、嬉しい事があっても悲しい事があっても「先生!来たよ!」と訪ねて来てくれる…、そんな幼稚園でありたいと思うのです。その頃は、すっかりおばあちゃんだな。

“興味”から“知識”へ(平成24年度9月)

長い長い夏休みが終わりました。皆さんはどのような夏を過ごされましたか?夏休み前に計画されていた色々な事は実行できたでしょうか?私も、娘達が小さかった頃はあれもしてやりたい、あんな所に連れて行ってやりたい、こんな事を一緒にしたい……とあれこれ計画をたて、夏休みを過ごしていましたが、大きくなって、土曜日や日曜日でも学校のクラブ活動や友達同士での計画そして少しだけ勉強に…と忙しくなり、なかなか親子で過ごす時間がとれなくなりました。段々と親離れしていく事を実感しています。

さて、幼稚園では、預かり保育の子供達も色々な経験をしながら過ごしました。異年齢での関わりが自然にでき、年少組を年長組や年中組が可愛がる姿や年長組のお兄さんやお姉さんを見習ったり、時には年齢を超えて兄弟姉妹のように喧嘩をしたりして賑やかに楽しい夏休みを過ごしてくれたと思います。そんな預かり保育の年長組の中でちょっとした事がブームになっていました。

 休日に家族で出掛けて手に入れた観光地や人気スポットのパンフレットを持って来ては皆で開いて見合うのです。アミューズメントパークのパンフレットを見ては、アトラクションやキャラクターの話で持ち切りです。お土産や買ってもらった物などの話でも盛り上がります。そんな中、四万十川の観光パンフレットを持って来ていた男の子がいました。その他にも別府や飛騨高山のパンフレットもありました。高速道路のサービスエリアや人からもらったりして手に入れたらしく、地図のページを見ては一生懸命私に説明してくれるのです。「四万十川ってどこにあるの?」と聞いてみると「それはねぇ…」と日本地図を開いて「ここの四国地方の高知県を流れているんだよ。」と説明してくれました。沈下橋や川下りの話等もしてくれて驚きました。中国地方のロードマップを見ては、「ここが出雲だよ。神社がある所。」と迷わずその場所に指を差します。私は、「○○君はよく知っているんだねぇ。葉子先生は方向音痴なの。教えて欲しいんだけど、長崎県はどこ?大阪府は?愛媛県は?」とランダムに聞いてみたところ、ほとんどの場所を正しく教えてくれました。広島県の地図を開いては、「広島空港はね、え~っと、ここが三次だから…この道を通って…え~っと、この道から…あった!あった!ここが広島空港だよ。飛行機のマークがあるでしょ。」と道をたどって教えてくれました。きっと出掛ける度に地図をみてはご家族でいろんな話をされているのでしょう。お母さんにそんな話をしたところ、「そうなんです!なんだか好きみたいで、いつもパンフレットを見てるんです。親も思ってもみなかった事に目覚めて地図で調べたりして…。」と言われていました。子供は、まだまだ知識が豊富ではないので、知りたい事見たい事やりたい事には、一生懸命に情報収集しようとします。そして得た情報を何とかして使おうとします。パンフレットを持って来て話を聞かせてくれるのもそうなのです。人は皆、赤ちゃんの時から、気付き、調べ、確かめ、認識するという事を積み重ねながら成長していきます。赤ちゃんが自分の握りこぶしをじ~っとみつめ、口に持っていきしゃぶりますが、それも、自分の身体の一部に気付き認識し、それを使って生きるための準備なのだと言います。子供達は興味を持てば、積極的になぜ?どうして?と聞いてきます。少し大きくなれば自分で調べようとするでしょう。確かめようとするでしょう。その姿勢は、いずれ様々な事に繋がっていくと思います。大人になったら、学問からの知識も得て、なかなか、自ら興味を持った事に食いついて調べたり確かめたりするという事をしなくなります。時間的にもできにくくなって来ます。必要に迫られて…という事の方が多いのではないでしょうか?それでも、新しい知識として身につきますが、子供の知識を吸い取るパワーと大人のそれとでは勢いが違うのです。 

先日、娘が、夜中に地図帳やJRやバスの時刻表やインターネットで何やら一生懸命調べていました。「明日から、福山にクラブ遠征に行くから、競技場までの行き方を調べているの。朝8時過ぎには必ず着いてないと大会に間に合わないの。」──初めての場所へたったひとりで行くというのです。たかが福山、されど福山……。私は、そんな事は初めて知らされたので、びっくりしたのとその呑気さに呆れたのとで、「そんなの間に合うわけないでしょ!お父さんに送ってもらいなさい!」と言いました。娘は、「いい!調べてみる。」と言い、ずっと調べ続けていました。「JR福塩線でも3時間はかかるよ。疲れるから、お父さんに…」とそこまで言うと、主人が「放っておいてみろ。自分で調べて何とかしようとしてるんだから。」と、私を止めました。娘は、時刻表をみて府中駅で乗換えがある事や、福山駅の構内地図をみて在来線到着位置からどうやってバス乗り場に行けばいいのかという下調べまでしていました。次の朝、娘は自信があるのか、自分が得た知識を試せる事への期待からか、晴れ晴れとした顔で「行ってきます。」と言い、私は、心配なまま三次駅に送りました。それから約3時間後『着いたよ。意外とあっという間だったよ。』と娘からのメールが来ました。そのメールに娘のたくましさを感じました。余計な口出し…親バカ反省!

未来をたくましく生きて行く準備中の子供達の事が、頼もしく羨ましくなります。

今、自分にできる事(平成24年度8月)

1学期が、今日で終わりました。アッという間だったように思います。新しい環境に慣れる事に精一杯だった新入園児にとっては…そして、その保護者にとっては特に早く感じられたのではないでしょうか?さて、明日から長い夏休み。一緒に過ごせる時間を普段より少し濃く関わってみてください。幼稚園の経験で、どれ程、子供達が成長しているかを感じるいい機会だと思います。

幼稚園の1学期は、新しい環境に慣れ親しむ事が最初の目標です。色んな経験の中で、相手の事を知ったり自分の事を知ってもらったりしながら、先生や友達との信頼関係を築きます。この1年間の基盤をつくっていくのです。そんな環境の中でさらに個の力や想いを発揮させ個々を磨き合います。

先日、こんな場面に出くわしました。ある朝の登園時間、私がテラスを歩いていると年長組の数人の子供が「葉子先生!○○君が鼻血出てる!ちょっと来て!」と走って呼びに来ました。保育室に行ってみると、一人の男の子が転んで鼻血を出していました。床にもポタポタと血が落ちていて、子供達が集まっていました。その男の子はクシャクシャに丸めたティッシュで友達に鼻を押さえてもらっていました。可愛いキャラクターの模様のあるティッシュでした。友達が思わず、自分のポケットからティッシュを差し出してくれたのでしょう。私は、止血のために、子供達に代わって鼻をつまみました。すると、ある男の子が「先生が来てくれたからもう大丈夫だからな!」と励ましてくれました。そして、またある男の子は、汚れたティッシュを捨てるためのゴミ箱をせっせと運んで来ていました。そんな様子を嗅ぎつけて、他のクラスの子供達がたくさん集まってきました。すると、別の男の子が「見ないでください!見てあげないでください。」「はいはい、早く自分らのクラスに戻ってくださーい!」と、人の整理を始めました。そして、ふと見ると、一人の女の子が自分のティッシュで、少し離れた所の床に落ちている血をしゃがんで拭いてくれていました。なんて素晴らしいチームワークなんだろう、と微笑ましく見ていました。友達を心配して、たくさん集まって来ても、それだけでは何も助ける事はできません。その状況の中で、自分には、何ができるかと考えて行動に移せる子って凄いと思うのです。特に感心したのは、床の血を拭いてくれていた女の子──、その子は少し離れた所で人知れず間接的に友達を助けてくれていたのです。

私はその女の子を見て、ある事を思い出しました。私が京都の幼稚園に就職して1年目の時の事です。毎朝先生達と一緒に園庭を掃除していました。みんなほうき片手に掃き掃除をします。するとそのうち、若い先輩の先生がちりとりを取りに行かれました。そして、ゴミ箱を持って来られる先生、草取りを始められる先生……とみるみる間に、先生達がそれぞれに違う事を始められたのです。そんな様子に相変わらずほうきを持ったままの私はうろたえていました。そんな私の気持ちを察知されたのか主任の先生が、「葉子先生、いつまでもみんなと同じ事をしていたらアカンのよ。みんなより一つ二つ先の事を考えて動かなアカンのよ。それが、仕事するっていう事やで。」と声をかけてくださったのです。掃き掃除をするのなら、そろそろちりとりがいるだろう…、そうなったらゴミ箱がいるかな?ゴミの量によっては一輪車がいるかな?──とその先を考えて行動する事、今の自分は何をしなくてはならないか、何ができるかを考えて動く事、それを教えてくださいました。社会人にならないとそれがわからなかったのかと言われれば、お恥ずかしい話ではありますが、何かのために、誰かのために…と直接それに携わらずとも、いろいろ気をまわし密かに働く事やそうできる人の奥ゆかしさが、とても美しく見えてハッとさせられたのでした。

今の自分には何ができるだろうか?今のその状況を見て、それなら私はこうしよう、次はこうしよう…と自分で考えて行動に移せる子は凄いと思います。

頼まれた事しかしない、頼まれないと、指示がないと動けない人にならないように、心と頭のアンテナをピンと張って生活していれば、色んな事にも興味が湧くし、たくさんの物事を心のシャッターで捉える事ができると思います。子供達が心と頭のアンテナをピンと張るには、嬉しい事、悲しい事、楽しい事、辛い事等いろいろな事を経験させて、その都度大人が、その事に気付かせてあげる事だと思います。そして、子供の心を揺さぶり、自分ならどうするだろう?私はこうしたい、僕ならこうする、という想いを自由に持たせてやる事が大切だと思うのです。そうしていくうちに自分で行動に移せる子になっていくのではないかと……。

床の鼻血を拭いてくれていた女の子のお家には、つい最近赤ちゃんが生まれました。お姉ちゃんとしての大人には見えないプレッシャーもあるかもしれませんが、彼女は、家族の中で…家族の一員として何かをしたいという気持ちをいっぱい持っている子です。きっとお家でも、今の状況をお父さんをはじめたくさんのご家族の方と一緒に支え合って毎日を過ごしているのでしょう。そして、家族の姿そのものを彼女の心のシャッターはしっかり捉えているのだと思います。