どんぐりころころ(2020年度12月)

今年のカレンダーが、残すところあと1枚になりました。未だ収束の気配を見せない新型コロナウイルスとの共存で大変な状況のせいか、これまでの一年が長かったような短かったような…そんな言葉にならない気持ちで11枚目のカレンダーをめくりました。

幼稚園では、これまでの慎重な生活の中、中止にしたり見送ったりしてきた行事に遠足や園外保育があります。園外に行かなくても、幼稚園の環境の中で十分に楽しさや発見や感動を与えられる生活にしていく事を先生達で意識的に展開して来ました。しかし、幼稚園のバスに乗って友達や先生と“お出かけ”をして、園内では味わえない感動を与えてあげたいという想いはずっと先生達の中にありました。そしてやっと10月の終わりから1クラス毎で園外に出かける事ができるようになりました。

満3歳児組や年少組にとって初めての“お出かけ”の日の事です。「おはよう!今日はお出かけだね!」と声をかけると「おはようございます!」の弾んだ挨拶が返ってきました。支度をして、バスに乗り込む子供達の喜びの気持ちは最高潮です。三次の名所「尾関山」に向かいます。バスの窓から見える尾関山までの三次の街並みは、普段お家の人と一緒に見るそれとは違って見えていたかもしれません。尾関山はそれはそれは見事な紅葉でした。行く所行く所に子供達の大好きなドングリが落ちていて、なかなか前に進めないほどでした。「み~つけた!」「あった!!」「ぼうしをかぶったドングリだ!」と、小さなモミジのような手で一生懸命に拾っていました。そんな時、どこからか♪どんぐりころころどんぶりこ~♪と歌声が聞こえて来ました。それを聞いた子供達がまた歌います。それに乗せられ私も一緒に♪どんぐりころころどんぶりこ~、おいけにはまってさあたいへん……♪と歌います。2番の歌詞は曖昧なのか1番を繰り返し歌っていたので、私は、それに続いて2番の歌詞を歌ってあげました。♪どんぐりころころよろこんで しばらくいっしょにあそんだが やっぱりおやまがこいしいと ないてはドジョウをこまらせた~♪ 拾いながら進んで行くとさっき見つけた物より小さなドングリが落ちていました。「アッ!ちいさっ!かわいいよ、えんちょうせんせいみてみて!」とそのドングリを愛おしそうに手のひらにのせて見せてくれました。その小さなドングリを拾っていると、♪どんぐりころころどんぶりこ~、おいけにはまってさあたいへん……♪と小さな声で囁くように歌う声が聞こえて来ました。みんな同じように歌い始めました。小さなドングリに向ける子供達の気持ちが込められた歌い方でした。小さくて可愛い・もろい・弱い・大切 などを声の大きさで表現していたのだと思いました。それを聞いて何だかとても温かい気持ちになりました。その時の自分の気持ちと情景がピタッとはまる歌を自分の知っている数々の歌の中からチョイスし、つい口ずさむ子供達の感性に感動しました。アニメソングやリズム主張の強い流行歌を口にするのではなく、♪「どんぐりころころ」だった事が嬉しかったです。木から離れコロコロ転がってここに落ちているドングリを想像しながら大切に拾っていたでしょう。

童謡は、子供達のすぐ近くにある様々な事を歌詞と曲で子供達が歌うために作られた歌です。見逃してしまいがちな情景を歌詞にして、子供達の感性をくすぐります。ドングリ目線のものがたりに触れ、♪やっぱりおやまがこいしいとないてはドジョウをこまらせた~♪の部分では、自分の気持ちを重ねてお家を恋しがる気持ちに共感します。そして、それからのドングリの旅を想像させます。何でもないような物事に心を持たせ、子供達の心をそこに寄り添わせる事ができるのが童謡なのだと思います。

私の義母が、孫をおんぶしながら童謡をよく歌ってくれていました。夏の畑で、きっと最近では幼稚園でもなかなか教える事のない『トマト』を歌ってくれていたのを思い出します。♪トマトってかわいいなまえだね うえからよんでもト・マ・ト したからよんでもト・マ・ト……トマトってなかなかおしゃれだね ちいさいときにはあおいふく おおきくなったらあかいふく♪ そこに生っているトマトがかわいい子供に見えてくるから不思議です。トマトに心を寄せる事が出来ます。

童謡には、そうした心を育てる大きな力があります。曲も素敵ですが、歌詞を噛みしめて歌うと目にしている物の現在より前の事、そしてその先の事を想像して楽しんだり悲しんだりおもしろがったり気にかけたりします。心が揺さぶられるのです。これを繰り返して行くうちに、心情豊かな人間性が培われるような気がします。

今は、情報化社会になり、こちら側が積極的にならなくても自然にいろいろな曲や歌が耳に飛び込んでくる世の中です。様々な音楽に出会い、それに触れる事によって感情が育ちます。私も、『懐かしの70年代ソング』等のような歌謡曲番組があると、その若かりし頃(笑)の悪事(笑)や家族や友達との思い出を重ねながらその時の感情が甦ります。流行歌などの楽曲は、放っておいても耳に入りますが、童謡やわらべ歌は、今や、教えてあげないと知るすべもない世の中になって来つつあるような気がしています。お父さんやお母さん、またはおじいちゃんやおばあちゃんが歌って聞かせてくれて受け継がれて来たこの童謡やわらべ歌で、私達は心を育ててもらいました。決して上手とは言えない母の歌声と童謡が重なって耳に残っています。このサイクルを崩してはもったいないです。何かを学ばせようとして、習い事等には急いでとびついてしまいがちですが、すぐ近くにこんなに素敵な心を育てる“教材”がある事を思い出してください。大好きな人の声で歌ってもらった童謡は、子供の心の財産になるような気がします。私達も昔から歌い継がれてきたたくさんの童謡やわらべ歌を幼稚園で歌っていきたいと思っています。

今日も、秋の童謡が保育室から聞こえて来ます。園庭では、はないちもんめの歌で子供達が遊んでいます。この子達が、日本の大切な心を育む歌を伝承してくれる大人になってくれたら嬉しいです。春には春を、夏には夏の、秋には秋を、冬には冬の、季節と生活を密着させた歌を歌い、その時々の心の中にある“情”という人間らしさを柔らかくほぐし、豊かな感性の種を植え育てて行きたいと思うのです。

先日、卒園児が可愛い男の子を出産しました。出産したばかりの写真をラインで送ってくれたその顔に、大仕事をし終えた母親としての強さと優しさを感じました。どうか、可愛い我が子にいつも優しい声でたくさんの歌を歌ってあげるお母さんになって欲しいと願っています。そして、赤ちゃんには、お母さんの歌を聴きながら心豊かに育っていく事を心から願っています。