僕のした事が誰かのためになる(平成28年度11月)

うろこ雲が浮かぶ空、園庭に落ちているどんぐり、ほんの少し赤や黄色に色付く木の葉、そして、少し前とは違う風……いろいろな所に秋を感じています。移り行く季節のおもしろさや美しさを子供達と一緒に楽しみたいと思っています。

さて、気が付けばもう11月……。これまでに、たくさんの事を経験して来た子供達は、その間、心も身体も随分大きくなりました。

降園支度をしている年少組のあるクラスに、様子を見に行った時の事です。みんなの前で、お当番活動をしている男の子がいました。名前とマークを読み上げながら、一人ずつにおたより帳を配っていたのです。「○○マークの○○くん!」と呼び、「はいどうぞ」とカバンに入れてあげていました。「ありがとう」と言われ得意そうでした。1学期には、自分の事でさえも「ひとりでできないよ~、いっしょにしてよ~」と泣いて先生に頼って来ていた子でした。しかし、お当番をしているその顔つきは、あの頃とは打って変わってキリッとして見えました。年中組や年長組は、1学期から昼食のお茶を運んだり、みんなの前に出て「いただきます」の挨拶をしたりしてその日一日、責任をもっていろいろな“仕事”をしてくれます。“お当番”という名の下、子供達は俄然張り切るのです。

また、降園時間の事、年少組の男の子が私に「葉子先生、あそこに砂場の道具が残ってる。」と教えてくれました。園庭に片付け忘れられていた物でした。「よく気が付いてくれたね。片付けてくれる?葉子先生も一緒にするから…。」と言うと「うん、いいよ。」と出しっぱなしになっていた砂場の道具を拾い集めて運んでくれました。その子は、保育室でさようならをして預かり保育の部屋へ行く途中でした。そこへ、後から来た別の男の子が「僕、先に行くよ~、僕の方が速い~。」と速さを競うように挑発的に言って来ました。すると、片付けてくれている男の子は、普段なら「ダメ!僕の方が先!」とムキになって向かって行きそうなところですが、その時は「うん。いいよ。僕、これ片付けて行くから。」と抱えた幾つかの砂場の道具を落とさないように、真剣にゆっくりゆっくり運んで片付けてくれました。「ありがとうね。○○くんが気付いてくれなかったら、夜に雨でも降ったら、この砂場の道具はドロドロになっていたところだったね。ありがとうね。ほら、お庭がきれいになったね。また、見つけたら片付けてね。」と言うと、増々、得意顔になり、それから預かり保育へ向かう道々、他に落ちていないかと探すように地面ばかり見ながら歩いて行きました。

園庭で遊んでいる子供達に、「ちょっと手伝って欲しい事があるんだけど、来てくれないかな~。」と声をかけると、「ちょっとタイム!」とあそびを中断してまでたくさんの子が「わかった!」と手伝いに来てくれます。しかし、時々、「もぉ~」とか「え~っ」とか言って、しぶしぶ手伝ってくれる事があります。(自分だってしたい事があるんだから、そう易々請け負うわけにはいかないんだよ。)という気持ちがポロッと出るのでしょう。自分がやりたい事があるのを中断してまで…優先順位を変えてまで手伝うか?…そりゃそうだ。人のために自分の時間を快く割くという事は、実は“大変素晴らしい事”なのです。大人だって、例えば、子供会の当番や地域の役割の順番が廻ってくると、思わず「あ~あ、しんどい」とか「面倒くさい」とかつぶやきたくなってしまいます。でも、そこは大人として、社会的秩序や理性により、正しく行動に移し平和的に解決する事ができます。

 報酬や形になって見える評価に結びつかない事になぜ、子供達はあんなに得意そうに達成感に満ち溢れた顔で臨めるのでしょうか? 


まだ、幼い子供達がそのような気持ちになってくれるのは、手伝うという事や“お当番”のように責任を持たされるという事を素直に自分の喜びや自分のエネルギー源にできるからだと思います。それには、「ありがとう」「助かったよ」「またお願いね」という感謝の言葉をかけてもらったり、それによって友達との関係が深まったり繋がったりして、楽しい気持ちや嬉しい気持ちを味わえる事、そして、その時キラッときらめく自分の心の変化を感じる事で、子供達の“誰かのために”とか、“助ける”とか、“喜んでもらいたいから”という意識の芽生えに繋がっていくように思います。

人は皆、人の中で生きていきます。人は人の中で成長します。自分が存在する意味を幼い頃から実感させてやると、子供達は、自信をもって安心して生きていくのではないでしょうか。誰かが喜んでくれたり、誰かから感謝されたり、誰かが幸せになったりする事で気持ち良さを感じ、自分がした事は間違っていなかったと信じる事ができます。それを何度も繰り返しながら、人として成長し、『徳』を得ていくのです。“人のために役立つ人”としての“人間づくり”ができていきます。そのきっかけがお当番活動やお手伝いであったり、責任ある役割であったりします。小さな事かもしれませんが、手伝ってくれる事を当たり前の事だと思わず、その度に、「お疲れ様」「ありがとう」「助かったよ」「あなたのおかげだ」という気持ちを言葉にして伝え、形でないご褒美にしてあげてほしいと思います。

園庭の砂場の道具を片付けてくれた男の子は、次の日、私を見つけて「今日は、砂場の道具、落ちてなかったよ。」と自分から言ってくれました。降園前の園庭の最後の確認をしてくれたのです。どうやら、頼もしい園庭の管理人さん(?)になってくれそうです。