心で叱る(平成24年度11月)

段々と秋の深まりを感じるようになって来ました。朝晩の寒さが、猛暑だった夏の記憶をすっかり塗り替えてしまうようです。これから深まる秋も子供達とたくさん楽しみたいと思います。

さて、先日、病院に行った時の事です。若いお母さんが二人、やっと歩き始めたばかりのような子供をそれぞれに連れて待合室で話をされていました。どうやら“ママ友”のようでした。一人のお母さんが、「最近、目が離せなくて大変!叱ってばかりで疲れてしまうわ。」するともう一人のお母さんが「あんまり、あれしちゃダメこれしちゃあダメ!って言わない方がいいみたいよ。だから私は、いけない事をしても、その中で褒めてあげられる所をみつけて褒めてあげてるよ。」と子育てについて語り合っていました。褒めて育てようとされている事がその会話からよくわかりました。私は、しばらくこの母子の様子を見ながら自分の順番を待っていました。すると、二人の子供が退屈してきたのか、ソファーによじ登り、棚に置いてある本や置物を一つずつ手に取っては落としていました。その様子にお母さんは「あらあら、力持ちだね。凄い凄い!」「こんなに高い所に上がれるようになったんだね。凄いじゃない!」とその子を褒めてあげていました。そのお母さんは、叱らないで子育てをしたいのですから…。待合室にいたのは、私だけではありませんでした。それが、まだ良し悪しの分別がつかない赤ちゃんだから他の患者さんは目をつぶってくださっているだけで、それは、見ていて決して心地良く思えるものではありませんでした。 

それから別の日、また病院に行くことがあり、今度はその時よりもっと小さな赤ちゃんを連れた若いご夫婦と待合室で順番を待っていた時の事です。その赤ちゃんはハイハイができて、畳の部屋の小さなスペースをゴソゴソ動き回っていました。いたずら盛りです。お母さんのバッグから、財布や鍵を出しては舐めたりポイポイ投げたりしています。そのお母さんは、その度に、優しく「コラコラ!これは、ママの大事大事。ちょうだいね。」と取り上げました。その度にその子はママの顔を見上げます。何度も何度も同じような事をしていました。すると、急に「危ない!!メッ!!よ。」というお母さんの声がして、赤ちゃんがその声に驚いてママの怖い顔をジッと見てその後泣き始めました。どうやらコンセントのプラグを舐めようとしたようでした。

私はその時、以前見た、叱らないで子育てをしたい母子の事を思い出していました。勿論、子供は、叱られるより褒められる事に心地良さを覚え褒められる事で、自分に自信を持ちながら成長できるのは確かだと思います。しかし、この世の中には、良い事と悪い事が入り混じって存在しています。それを正しく分別つけながらその中で自分も正しく生きていかなくてはならないのです。お父さんやお母さんの顔つきや声色を窺いながら、(これは、どうやらいけないのかもしれないぞ)と赤ちゃんなりに感じるのです。だから、お母さんが「メッ!!」と怖い顔をするとキョトンとして固まったり泣いたりするのです。そうしながら、注意されたり叱られたりする事の意味を感じてくれるようになるのです。命に関わる危険な事や人の迷惑になるような事には、真剣に目を見て「いけない事なんだよ」と教えてあげる事は必要だと思うのです。何でもかんでも世の中に通じる許される事ばかりではない事もわかる子になると思います。

幼い子供達はまだ経験が豊富でなく、判断能力や自分をうまく制御する事が確実にはできないので、幾度となく“わがまま”や“喧嘩”“人に迷惑をかける言動”“危険行為”に出てしまいます。そんな時、本気で叱ってくれるのは、我が子に良い事と悪い事の判別が正しくできる子になって欲しい!と願っているお父さんやお母さんです。“褒めて育てる”…は“叱らないで育てる”…というのとは違います。“褒める(認める)”と“叱る(諭す)”のどちらも必要なのです。「しつけだと思ってやった。」と痛ましい虐待のニュースが時々報道されます。本当に胸が締め付けられる程辛いニュ-スです。その背景には様々な問題はあるのでしょうが、“叱る(諭す)”の根っこには、『愛』がなくてはいけないのです。「僕のために叱ってくれている。」「私の事を思ってくれている」という事が感じられる接し方で褒めたり叱ったりしてください。そうしながら、親子の絆や信頼関係が深まります。まだまだ、幼児期は可愛いものです。この子達が思春期を迎える頃には、今以上の心配事が必ず発生します。この幼児期に親子の信頼関係をガッチリ築いておかないと、褒めても叱っても心を開いて聞いてくれなくなります。大きくなって、どんな社会の中でもしっかりとした人としての生き方ができる子になって欲しい──そう思います。

幼稚園生活の中でも、子供達はいろいろな事を経験しています。子供達に聞いてみてください。どんな優しい楽しい先生でも、子供達の事を一度も叱った事のない先生はいないと思います。子供達は怒らない先生が好きなのではないのです。心で抱きしめて叱ってくれる、自分を正しく導いてくれる先生に心開くのです。勿論、そうなるには、共に築いてきた揺るぎない信頼関係があればこそです。

こんな事を書きながら、10年以上も前のある出来事を思い出しています。涙を流しながら一人の男の子を叱ったあの日の事……。

この事については、また次回綴りたいと思います