教科書のにおい(平成22年度3月)平成23年3月
ついこの前、新年の挨拶を交わしたばかりなのに、もう3月を迎えます。1月は行く2月は逃げる3月は去るとはよく言ったものです。
幼稚園では、先日、今年度最後の保育参観を行いました。保護者の方々には、1年間の子供達の成長を観ていただけたと思います。この頃になると、“今年度最後の……”という言葉に色々な想いをはせるようになります。この節目を迎え、いよいよ新しい生活に向けて準備が始まるのです。そして、幼稚園の子供達も皆、4月にはこれまでとは違う環境を受け止め、新しい生活をしていきます。とりわけ環境が変わるのは、年長組の子供達です。幼稚園を卒園し、場所も環境も周りの顔ぶれもこれまでとは違った中で過ごします。とても大きな出来事となるはずです。お家の方々も、色々な不安を抱えていらっしゃるかもしれません。数年前、幼稚園に入園させた時の不安や心配がよみがえっていらっしゃるのではないでしょうか。ですが、そんなお家の人の心配をよそに、子供達の気持ちはいつも前向きです。年長組の子供達にとっては未知の世界ですし、不安を抱えるだけの情報や経験がないので、何もかもが新しくなるという事で、ただただ、真新しいランドセルや机を揃えてもらい嬉しいばかりだと思います。年長組の子供達だけではなく、どの学年の子も、進級する事を楽しみにしています。一つお兄ちゃんやお姉ちゃんになる事が嬉しいのです。「さすが!もうすぐもも組(年中組)さん!」「さくら組(年長組)になるんだもんね。」と言うだけで、子供達の背筋がピンと伸びるのです。これが、小学校への入学ともなれば、ことさらでしょう。かっこいい制服を着て、新しいピカピカのランドセルを背負って、自分の足で学校へ通う自分を想像して楽しみにしている事でしょう。
もう何十年も前(…と言うよりも、“昔”と言うべきか…。)の事、私の小学校入学前の事や入学式当日の事、それからしばらくの学校での生活を思い出しています。両親に買ってもらった赤いランドセルが嬉しくて、何度も何度も背負って鏡に映してウキウキしていた…。まだ何も入っていない勉強机の引き出しを何度も開け閉めしていた…。入学が楽しみで楽しみでたまらなかった…。幼稚園の卒園式の日に覚えているのは、黒い式服の先生が、「また会いましょう。」と泣いて握手をしてくれた事…。それから、入学式の日、大きなポプラが正門の両側に立つ小学校──、教室に入って見ると机の左上にひらかなで大きく私の名前が書いてあり、お母さんの手を離れ、自分一人でその机まで歩く……、その時初めてドキドキして苦しくなった。机に座ってまっすぐに向いているしかできなくて、急に不安になった事もよく覚えている。ただ、そんな中、机の上に重ねて置いてあった教科書がやけに嬉しかった。先生が何か言われるまで触ってはいけないのだろうと思いながらも早く中を見たくてたまらなかった。先生が「これが教科書ですよ。早くお勉強したいでしょ。」と言われ初めて教科書をペラペラとめくった時のあの匂いは忘れられない。今でも、教科書の匂いを嗅ぐとあの日が鮮明に思い出されるのです。それから、毎日学校へ行くのが楽しみでした。学校まで、約3キロの道のりも行き帰りが楽しかった。不安な中にも、どんどん新しい友達ができたり、先生との出会いがあったりしながら、小学校の楽しさを自分なりにみつけて楽しめていたような気がします。
長い人生色々と楽しい出来事はあるし、これからも子供達はたくさんの思い出を作っていくと思うけれど、“見守られながらの生活”から少しずつ“自ら切り開いていく生活”に移行する変化の時期には、特別な思いや思い出ができるものだと思います。不安ならそれだけに心に残る自分なりの葛藤やそれを克服した時の希望が一生の思い出となる事もあるのではないかと思います。
子ども達には、是非、思い出に残るその時その時の節目を迎えさせてやりたいと思います。新しい生活に飛び込んでいく子供達に、前向きに…そして楽しみにその環境の違いを受け止められるよう、修了式・卒園式までの残された日々の一日一日を送らせてやりたいと思います。どんなに新しい生活が素敵なもので、素敵な所なのかをしっかりと話し、新しいステージに送り出してやりたいのです。3月はそういう心の準備期間だと思います。そうは言っても、実は、先生達も、これまで一緒に過ごしてきた子供達とのお別れは心から寂しいのです。今まで築いてきた、子供達と先生にしか見えない絆もできているはずです。“あうんの呼吸”が、クラスの中ではできている気がします。そんな子供達とは、できれば、このままずっとこれからも一緒に過ごして行けたら…とさえ思います。それは,もはや“教師”としてではなく、“人”としての感情になってしまいます。
しかし、子供達はこれからも、もっともっとたくさんの人と出会い、たくさんの感情を覚え、たくさんの事を学びとって生きていかなくてはなりません。そのための節目です。「あの時に言ってもらった言葉」「あの時の匂い」「あの時の温もり」等、心に一生残る節目にしてあげてください。その言葉・匂い・温もりはきっと思い出を映像にして脳裏に呼び起こしてくれるものになるはずです。次に迎える世界も素敵な所、そこで出会う人達もきっと素敵な人達…どうか、その中で、みんなが笑顔を絶やす事なく過ごせますように…。
2011年2月28日 4:36 PM | カテゴリー:葉子先生の部屋 | 投稿者名:ad-mcolumn