トンボって、リンゴって…(平成19年度11月)

例年になく暑かった長い夏が終わり、いよいよ秋到来です。昨年度の『葉子先生の部屋』にも書いた事がありますが、私は秋が大好きです。秋の空気や風の匂い、山の色や秋の虫などが夏の暑さにさらされた心や体をホッと落ち着いた気分にさせてくれるからです。

どの季節も子供達にとっては楽しい季節ですが、秋は格別のようです。秋は子供達に自然からのお土産を届けてくれます。ドングリ・マツボックリ・紅葉した落ち葉…これらを使って子供達は色々なあそびを考えます。園庭でみつけたドングリがあまりにも嬉しくて、スモックのポケットの中に大事そうにしまって喜んでいる子もたくさんいます。


10月は遠足や秋の木の実を探しに、たくさん園外に出かけました。このような園外に出る時には、いつも園長先生や私が引率に同行します。子供達と一緒に出かけると、楽しい事や感心する事にたくさん出会います。バスの中では、歌を歌ったりクイズを出し合ったり、一緒に広場を走り回ったり、友達ととても楽しそうに話したり、以前はできていなかった事ができるようになっているのを感じとる事もできます。


そんな中、園長先生が引率した今回の園外保育で園長先生が驚いた事があったそうです。…というのは、年少組の遠足で風土記の丘に行き、遺跡を見て子供達に昔の人達の生活についてや暮らしぶりなどを話しながら散策していたときの事、トンボが草にとまっているのをみつけ、園長先生はそーっとトンボの羽をつまんで捕まえ、子供達に見せてやったそうです。「これ、なーんだ!」と聞くと、驚いた事に「バッタ!」という答えが返ってきたらしいのです。保育の中でよく『とんぼのめがね』の歌を歌っています。きっとお家でもお母さんやお父さんと歌う事があると思います。秋の絵本にだってトンボはいくらでも登場しますし、そんな話をして制作する事だってあります。当然知っている事を仮定した上での質問だったのに、返ってきた答えにびっくりしたそうです。


子供達は、いつでも直接体験を通して様々な事を知り自分の知識にしていきます。きっと、今の子供達の中にはトンボを意識して見たことがない子がたくさんいるのでしょう。目にはしても、改めて「これがトンボなんだよ」と、知らされないまま今までを過ごしてきた子供達がいるという事ではないでしょうか。よく考えてみると、こういった事は結構あるような気がします。子供達はお弁当に入っている梅干は、そのまま酸っぱくて赤い姿で実っていると思っているのでは?…すでに切り身で売られている魚ばかり目にしている子供は、魚の本当の姿を知っているのでしょうか…。お恥ずかしい事に、私も、蓮根は土の中にサツマイモのようになるのだと思っていて、本当は、沼地の中になっているという事を知ったのは、けっこう大きくなってからだったのを思い出します。


年少組のある女の子が休み明けに、「みんなで食べてください。」と、真っ赤なリンゴをたくさん持ってきてくれました。担任の先生がその子のお母さんによく聞いてみると、「娘に、『リンゴってどこになってるか知ってる?』と聞いたら、『土の中!』と答えたのでびっくりして、木になっているリンゴをぜひ見せてやらないと…と思い、リンゴ狩りに連れて行ってやりました。」ということだったようです。リンゴの実をたくさんつけた木はその子の目にどんなふうに飛び込んできたでしょうか。辺りにほんのり香るリンゴの匂いはどんなだったでしょうか。私がその子に「リンゴの木を見たの?」と聞くと、「うん!びっくりしたよぉ!」と、感激していました。


虫や魚については、この子の右に出る者はない!という程の生物博士(?)の男の子がいます。その子は、虫を見つけると食い入るように見つめ触ります。裏返したり指で押してみたりしながら興味津々です。魚を見つけると素手で上手に捕まえる事もできます。虫や魚の生態をよく知っているからです。乱暴にみえても見たり触れたり追いかけたりしながら、生き物の事を知ってくるのです。


こういう直接体験をたくさん経験している子供は心をときめかせて、その物について知ろうとしたり考えたりする事が楽しくなってきます。そうしているうちに、いろいろな事を発見できたり納得できたりします。そしてまた、目を輝かせてたくさんの事に興味をもちます。

この繰り返しが、本来の『学び』だと思います。大人にとって知っていて当たり前の事でも、子供達は知らされないと自分の知識として心のレンズには写らないのです。実際に手にとって、見つめて、感動する事そのものが学びなのです。心くすぐる体験こそが学習なのです。この直接体験は図鑑やテレビの画面で得た知識よりも、ずっと子供達に大きな知識を与えてくれます。そこには、驚きと感動が必ずあるからです。(これは何?)(どうしてだろう?)(ん?)と色々な事に気付ける…そして、私達大人が、子供達にできるだけたくさんの直接体験をさせてやる事によって、心と身体を使って自分から関わり、知らず知らずのうちに学びとる姿勢ができてきます。それが、いずれ子供達の『生きる力』を育てるのだという事を知っておかなければいけないと思うのです。