任される喜び(平成18年度12月)

今、幼稚園中に色々な楽器の音色が響き渡っています。あと数日もすれば、“おんがくはっぴょうかい”です。これまで子供達は、様々なかたちで踊ったり演奏したりする曲に親しんできました。


先生達は、入園・進級当初から子供達をずっと見てきて、自分のクラスに合う曲を探っていました。そして夏休みには自分で編曲をして楽譜を完成させます。実はこれは、とても大変だけどとても楽しい作業なのです。頭の中で、子供達の演奏する様子を想像しながら音符を五線譜に書き込んでいく──(こう演奏したらかっこいいだろうなぁ。)とか(ここでこの音が入ったら楽しくなるかな。)と思いを巡らすのです。こうして温めてきた楽譜の中では、既に先生と子供達との絆を感じるオーケストラ演奏がイメージとして完成しています。


実際に子供達が楽器を手にして演奏したのは、11月の半ばぐらいからですが、それまでに原曲を聴いたりそれに合わせて手拍子をしたりして、耳からリズムを身体に入れていきました。そのうち楽器の使い方・音の出し方を教えてもらいます。子供達はその楽器のきれいな音に感激をしてとても嬉しそうです。それぞれのパートが決まったら各パートの練習です。自分のパートは自分で覚えなくてはなりませんから、なかなか覚えられず、合わせられなくて悔しかったり悲しかったりして時には涙が出たりする子もいます。それでも先生はあきらめず励ましながら一緒に頑張ります。何度も何度も励まして頑張ります。それは、こここそ頑張りどころで、これを乗り越えればこの子はきっと成長できる!とわかっているからです。成長してほしいからです。それは、先生にとっても正念場です。


パートを与えるという事は“任せる”という事なのです。“任せる”という事には、任せる側にも任される側にもそこには“責任”が生じます。「あなたに任せる。」と決めた時の心の中には(あなたを信じて…)という思いが込められます。信じて任せてもらうからには、できるだけその気持ちに応えようと努力をします。

こんなふうに言うと、大変な事のように聞こえるかもしれませんが、幼い子供でも自分を信じて任せてもらったら、張り切って頑張ろうとします。自分を頼りにしてもらった事や、自分に関心を持ってもらった事──(あなたでなきゃできないの。だからお願い。)と思ってもらった事に優越感と共に喜びを感じるのです。

よくある例で言いますと、それらは、“おつかい”等に明確に表れます。満3歳児のさつき組や年少のうめ組のような幼いクラスでも、「事務所におつかいに行ってくれる?」と聞くと「ハーイ!」と争うように張り切って行ってくれます。「事務所」と言ったのに、間違って「職員室」へ行っていたり、やっとたどり着いたかと思えば、用件が何だったか忘れてしまったりもする──でも、そんな珍道中の末、責任を果たした時の得意気な顔はたまらなく可愛いものです。そこには、(僕にもできた。僕はすごい!)という自信が生まれます。


今、先生と子供達は発表会に向けての練習の中で毎日これを繰り返しているのです。先生はその子を信じてパートを任せ、子供達は任されたパートを責任を持って演奏したり踊ったりする──その数分の演奏中の空間には、第三者の入り込めない空気が漂っています。指揮をする先生を真剣な目で子供達が見ています。(次はあなたよ!)という先生の目に、(わかってるって、まかせて!)という気持ちが返されます。

そしてうまくいった後の満足感は、先生と子供達との関係を深めます。発表会の練習時期に入る前と今とでは、クラスのムードも全然違います。信頼関係がぐっと深まっています。そんな様子を見てクラスのない私は羨ましくなります。


任せてもらえる喜びは、私たち大人社会でも実感する事が多々あるのではないでしょうか。任される事は大変でしんどい事もありますが、“信じてもらえている”と思えば逆に嬉しい事なのです。それはエネルギーに変える事ができるのです。子供は大人以上に純粋に喜びます。自分の存在を認めてもらえた事を素直に喜んで、意欲的に物事に取り組もうとします。どうぞ、子供達に“任せる”事をしてみてください。

生活の中で何でもいいです。「これはあなたにお願いするね。」と任せてみてください。そして責任を果たした時には、「あなたのおかげよ。」と言ってあげてください。自分の力と存在の大きさを実感してくれます。どんなに小さな力でも、我が家にはなくてはならない大きな存在で、とても大切な存在なのだ。と伝えてあげてほしいと思います。


いよいよ“おんがくはっぴょうかい”です。先生と子供達が、このような経験を積み重ねてきた様子が、色々なところで感じ取っていただけると思います。上手にできる事も大事かもしれませんが、もっと大事なのは、与えられた責任を果たすためにいかに頑張ろうとしているか、先生や友達と築き上げた信頼関係がどんなに深まっているかという事だと思うのです。

ステージの何とも言えない張詰めた緊張感の中に存在する、先生と子供達との目に見えない心のキャッチボールを感じながら、一つひとつのプログラムをお楽しみいただけたら嬉しいです。それはそれは感動の一日です。