食事(平成16年度)7月

7月11日の日曜日に、ちゅうおうグループ(三次中央幼稚園・子供の館保育園・子供の城保育園・ちゅうおう児童クラブ・地域子育て支援センター「子育て憩いの森」)の全職員が一堂に集まって会席での食事マナーを学びました。小泉総理や文部科学省が「食育」の大切さを説いているときだけに、タイミングの良い研修会でした。講師に茶道の上田宗箇流の坂部由香子先生をお招きしての楽しい勉強会となりました。

和食ですので極端に礼儀や作法に反する人はいませんが、それでも茶事の作法から学ぶと、指摘されることが多々ありました。
例えば私の場合、お茶碗やお汁椀を手に取るとき、先にお箸の方を手に取り、それからお茶碗やお汁椀を取っていました。ところが、茶事での懐石料理の作法では、まずお茶碗を(左)手に取り、箸置きに置いてある箸の手元側の方を(右)手で上からつまみ、それを、茶碗を持っている(左)手の中指、薬指、小指を支えにして人差し指と中指との間に挟み、(右)手を箸の下から持ち直してから戴きます。こんな面倒なことと思っても、その動作を見ているととても美しくきれいなのです。先生もおっしゃっていましたが、礼儀作法の基本は相手に不快を与えず、お互い気持ちよく過ごすことですから、日常の生活や食事では、茶事でするようなきっちりとした形はとらないまでも、お行儀良く、マナーを心得て食べることはとても大切なことなのですから、そのことを改めて考えさせられ、とても勉強になる会席となりました。


考えてみれば、私の子供の頃は祖父母が明治時代の人ですから、とても厳しく育てられたという思いがあります。祖父は私が3歳の時に亡くなりましたから、厳しかった思い出は祖母に対してです。
まず、家族全員がそろわなければ食事が始まりませんし、家の主人(父親)が手を合わせて、「いただきます。」と言わなければ、私たちも、「いただきます。」と言って食べることが出来ませんでした。もちろん、食事の時は、全員、正座して黙って食べなければなりませんでした。今では、食事のときが家族団らんの場となっているご家庭がほとんどだと思います。それはそれで楽しい食事の時間となって、とても素敵なことだと思います。その時に、ただ楽しければいいと言うのではなく、お父さんお母さんが、「お行儀」のことを少しだけ意識して、子供たちに伝えていくことはとても大切なことだと思います。手を合わせて「いただきます。」、「ごちそうさま。」はもちろんのことですが、食事中、「ぺちゃくちゃ」と音を出して噛まない、体をくにゃくにゃしないで姿勢をきちんと正す、箸で茶碗をたたいたりしない、箸をなめない、割り箸のときにソギを取るため箸をすり合わせない等々、最低限のお行儀はきちんと付けておきたいものです。


ところで、最近、「孤食」が問題になっています。一人住まいで一人だけで食べる意味ではありません。家族と一緒に住んでいるのに一人で食べているのです。
以前、NHKのテレビ番組で、全国の子供たち2500人に食事の風景の絵を描いてもらうという番組がありました。それによると約3分の1の子供たちが一人で夕食を食べているのです。
家族がいるのに、自分の部屋に食事をもって行き、一人で食べています。またある子は、テレビを見ながら食べ、ある子はゲームやマンガを見ながら、たった一人で夕食を食べていました。


その上、献立の内容はと言うと、手の掛からないものがほとんどで、例えばラーメン、スパゲッティ、ピラフ、あるいはスープのみという子もいました。子供が作るのならそうなるのかもしれないと思っていたら、お母さんが作っているのです。このような食事ばかり摂っていると発育に必要なミネラル、ビタミンや良質のタンパク質が摂取されません。肉体的な発育はもちろんですが、精神の発達にも重要な食生活が普通にすらできていないのです。


このような家庭生活を続けていると、自分と違う他人を受け入れることの出来ない、他人と関わることの出来ない、他人と一緒にはやっていけない、社会性に欠ける自己中心的な人間に育ってしまいます。家族の存在とそこでの関わりの在り様が、人間として、社会人としての出発点となるのです。


もう一つの問題は、朝食を摂らない子供が増えていると言うのです。ある調査によると、児童生徒で朝食を欠食することのある割合は、約16%となっており、全く食べない者の割合は約4%となっているのです。朝食を摂らない子供は落ち着きがなく無気力となり、運動するにも勉強をするにも元気が出てきません。


子供が小さい時から親との大切な共有の時間を過ごせるのが食事時間です。楽しく食事をしながら家族の団らんを通して、子供と向き合い、社会や社会のルールを教えることも、その日の出来事、楽しかったことや嬉かったこと、困ったことや嫌だったことを聞いてやることも、家族で一緒にとる食事の時間を大切にすることで実現できるのです。


話は変わって、「自然観察園」に造った畑に、無農薬で化学肥料を使わないで作ったキュウリやナス、トマト等が実り、食卓をにぎわせてくれています。「なんと美味しいこと、美味しいこと」、こんなにも美味しかったのかと、農家で生まれ育った私もすっかり忘れていた味でした。女房もキュウリをまるかじりしています。形のそろったきれいなキュウリやナスではなく、自然のままに育ったいろいろな形です。なんだか急に贅沢な食卓になった感じがします。

買い食い(平成16年度)7月

先月は「自然観察園」のことを書きましたが、その「つぶやき」を読んで、吾が子のことを自ら「野生児」と呼んでいるお母さんから、次のようなメールが入ってきましたのでご紹介します。

お母さん:《毎月白髪先生のつぶやきを楽しく拝見させていただいています。今月の自然観察園に非常に興味を抱いたのでメールしました。「自然は偉大な教師である」と書かれてあったのを見て、私の子育ての理念と同じだ~と嬉しく思い、中央幼稚園へ入園させて本当によかったと思いました。ウチの子は先生もお分かりだと思いますが野生児そのもの。朝は日の出とともに起床。夜は日が沈むとともに就寝。今朝は4時10分。(まだ薄暗かったです。) 6時30分には毎朝ご飯も食べ終え、幼稚園の仕度もすみ、7時から30分までは外でおたまじゃくしやカエルをとり、7時30分になるのを待って、ゆっくりとお散歩気分で次男(1歳10ヶ月)と一緒に歩いて登園しています。幼稚園から帰ると、かばんを片付けておやつも食べず外遊び。こんな毎日なのです。だから息子はテレビを全く見ません。だから次男もテレビを見ず、野生児2号となり、親分について遊んでいます。ただ野生児2号はお腹がすくと、勝手に家に入り、(しかも靴のまま)炊飯器の前に椅子を持ってきてしゃもじでご飯を食べているのです!! さすがに、これを見たときは思わず笑ってしまいました。子供って外遊び大~好きですよね。家は幸い、貸家でも、家の周りがコンクリートではないので、息子が1歳の頃主人の実家(島根県平田市)からダンプカーで川砂をもってきてもらって、家の周りに敷き詰めました。どこでも砂遊びが出来るからです。お団子や、ケーキ、(勝手に花や野菜までちぎられるけど)砂遊びを楽しんでいます。
自然は本当に素晴らしいですよね。私も自然大好きで、息子を妊娠中、市民農園を借りて、嬉しくって草抜きしていたら主人に怒られました。その畑は、今は、きゅうり、トマト、とうもろこし、ピーマン、アスパラ、イチゴが植えてあります。春にはイチゴがたくさんなりました(今年もランナーをたくさんとって来年また植えます)。 家族で草抜きしたり、作業をしたりするのがとても楽しいです。次男は大きなミミズをみて「ちゅるちゅる」(うどんのこと)といって口にもっていこうとしたので「それは食べられないのよ」と、にぎやかに家族での作業を楽しんでおります。》

「 いや~、すごい すごい」。親子共々、「自然いっぱい」の生活を満喫されているご家庭に感心してしまいました。ダンプカーでごっそり砂を運んでくるお父さんのダイナミックさにも拍手喝采です。
このメールを読まれて、皆様もお気付きと思いますが、親の思いひとつで、子育てする環境がこんなにも違ってくるのです。

テレビのない時代に野生児として育った私の子供時代を思い出しながら読ませて戴きました。
現代の子供たちのあそびのなかで一番多く時間を割いているのが、テレビを見たりテレビゲームをしたりしていることで、小学校高学年になると、今では、パソコンやメール(チャット)になってきているようです。そんな中、テレビを見ない生活が、どんなに子供本来のあそびの姿と時間を取り戻してくれるか、あらためて考えさせられた、とても感動したメールでした。 皆さんも是非とも、現代の子供たちの失われた時間、本来経験して通らなければならない、自然と関わってのあそびの時間を、自分なりで良いですから、取り戻してやってほしいと思います。


話は変わって、在園児のお兄ちゃん小学4年生の友達の「買い食い」のことで、相談のメールが入りましたので、このことに触れたいと思います。

お母さん:《ところで最近、友達の影響で、お小遣いをほしがります。一回家に帰り、校庭で遊ぶ時、近くの駄菓子屋でお菓子を買って食べる子がうらやましいようです。たくさんの子がしているので、見ているのがいやだと言います。「買い食い」はだめだと言われて育った私には、どうも抵抗があります。理事長先生は、この「買い食い」どう思われますか?我が家の、ルールを作る参考にしたいのですが。》

返事:「買い食いは好ましくありません。友達の駄菓子屋でしていること、立ち食いをしていることなどは、お行儀の悪いことであること、等々、よくないことだとしっかり伝えておくことが大切だと思います。お小遣いも基本的には小学生の間は不要です。高学年になって必要なら自分で管理できるようお小遣い帳の記帳をさせながら、お母さんも一緒に関わりながら見守る必要があります。与えっぱなしが一番よくありません。」と、このような返事を書きました。

お母さん:《先生、有難うございました!なんだか胸のつかえがとれたようです。なんで早く相談しなかったんだろうと、思っています。感謝しています。》

お母さん:《今日も夕方帰ってきて、「7人中、オレ1人がお菓子を買えなかった」と、さえない顔をしています。学校では、「買い食い」は、一度家に帰ればしていい、それからゴミを捨てないこと、と言われたと言います。本当に学校でそういう指導がされたかは、確認中でまだわかりませんが、「買い食い」が当たり前のような状況です。まわりのお母さん方に聞いても「買い食い」を容認する声が多くて、とまどっていました。「買い食いは悪い」とはっきり理事長先生に言われ、すっきりした気持ちです。時間はかかるかもしれませんが子に伝えていきます。》

お母さん: 《学校では、「買い食い」の指導はされていませんでした。息子が私にいった通り、ゴミの片付けと、お金の貸し借りはいけない、ということだけでした。息子は、学校で認められているのに、なんで自分だけがダメなんだ!?という態度でした。「買い食い」はだめだけど、駄菓子が食べたいなら、一緒にそのお店に行ってみよう、と行き、食べたかったお菓子を買ってかえり家族で食べました。それ以来少し落ち着いてきました。理事長先生のおかげで、この「買い食い」問題、落ち着きそうです。理事長先生のぶれない教育方針のおかげです。理事長先生に、はっきりと悪いことと、言われなかったら、私も学校の意見に流されていたかもしれません。まだまだ親子でもめていたことと思います。感謝しています!これからも、アドバイスお願い致します。》

助言らしい助言ではありませんでしたが、お母さん自ら解決の努力をされたのだと思います。子供たちがお金を握ってお店にたむろしている姿はやはり好ましい姿ではありません。そこには、世の中にけじめがなくなった世相をそのままに、子供の姿があります。「買い食い」をしている小学生の姿には、高学年や中学生になってゲームセンターにたむろしている姿が目に浮かんできます。「みんなもしているから」と妥協する大人の姿勢こそが子供の善悪の判断力を失わせ道徳心を持てない子供にと育っていくのです。何でもないような日常生活のあり方が、けじめのある生活かどうかが、子供の育ちと価値観や道徳観の持ち方の在り様に大きく影響してくるのです