イチジク(平成15年度)10月

実りの秋は子供たちのみならず大人も心が弾みます。ブドウはすでに終わってしまいましたが、梨が出回り始め、栗や柿、リンゴはこれからの楽しみです。


一昨年、幼稚園の園庭の東側の奥の方にイチジクの木を植えました。
9月中旬の日曜日に、その場所に行ってみると、イチジクが5個ほど熟しています。初めての収穫なので記念にと私たち夫婦で食べてしまいました。その後もだんだんと熟してきます。今度は子供たちに食べさせてやろうと思っても、まだ木が小さく全員に食べさせてやるだけの数には程遠く、見つけた子供が自由に採って食べれば、それはそれでいいかと思っていましたが、誰一人、採って食べた様子がありません。私がイチジクをもいでから5日経った金曜日の夕方、その場所に行ってみると、10数個ほど美味しそうに熟しています。今度は子供たちに食べさせてやりたいと思って、熟しているイチジクをそのままにしておきました。でも、数が足りません。


土曜日は、幼稚園は休みですが、預かり保育(延長保育)のプレイルームの子供たちが来ています。普段は51名の子供たちですが、土曜日は20名くらいしか利用しません。20名なら半分ずつでも食べられると思い、園庭で子供たちと一緒に遊んでいた亜希子先生に、「イチジクが熟しているから子供たちと採って食べていいよ」と言うと、亜希子先生も喜んで、早速、子供たちを集めてみんなで採って食べることにしました。ところが、熟したイチジクを見つけ、何人かはもぐことを喜んでするのですが、もいだ時に白い汁が出るのを嫌がります。子供たちの手の届かないところにもあるので、主には先生が採ってやるのですが、ほとんどの子が食べようとしないのです。「ツブツブがあるから嫌い」、「アリがとまっていたからイヤ」と言うのです。中には、見た目が悪いと気持ち悪がる子もいました。20名あまりの子供の中で「美味しい!」と、喜んで食べたのは僅か3人だけでした。他の子が食べないので、その子たちは2個ずつ食べることができたのです。もう一人喜んで食べたのが、自分が食べるだけの数がないと思っていた亜希子先生だったのです。先生が何個食べたかは秘密です。


イチジクのことで一番驚いたのは私です。みんな喜んで食べてくれるとばっかり思っていたからです。もいで食べた経験がないのです。
そのことがあって、ちょうど一週間後の土曜日に、プールの掃除をしなければと、プールの水を放出するためバルブを緩めてから、私は事務室に帰りました。ところが、なにやら子供たちの賑やかな声がするので、再び園庭に出てみました。見ると、園庭が水浸しになっています。落ち葉が側溝マスの、出口のパイプのところにいっぱい詰まっていたのです。それを見つけた放課後児童クラブの子供たちが、側溝マスの蓋や側溝のグレーチングをはずして、詰まっている落ち葉や土をみんなで一生懸命取ってくれているのです。側溝マスに詰まっていた落ち葉を取り除いた途端に、溢れていた水がいっせいに流れ始めました。


子供たちが側溝マスの蓋を戻した後、気が付くと、若い女性二人がいます。一人は子供たちと話しています。一人は側溝を掃除してくれている子供たちの様子にレンズを向けてカメラのシャッターを切っています。教育実習にでも来た子かなと思い、「あなたたち学生?」と訊くと、「はい」と言います。子供たちに話しかけていた学生の方が私をじっと見つめています。もしかしてと思い、「卒園児?」と訊ねると、「そうです」と応えます。幼稚園を卒園した間なし、お父さんの転勤で広島に引っ越したと言います。今、広島の専門学校の一年生で、もう一人の女性は広島の小学校の時からの友人で、専門学校も一緒だと紹介してくれました。その友人が車を買ったのでどこかドライブに行こう」と誘ってくれた時、すぐさま、「幼稚園に行きたい」と言って一緒に来たと言います。そう言えば何か面影があると思いながら名前を尋ねると、「横村麻侑です」と教えてくれます。「一緒の場所からバスに乗っていた男の子もいたよね」と言うと、「いとこの高橋です」と言います。だんだんと思い出してきました。年中組の時の担任だった直子園長は休みだったので、その場で電話(携帯)をすると、「すぐ幼稚園に行きます」と言います。年長組の時の担任の美香先生は結婚して広島に住んでいるので、電話をかけて懐かしい教え子の声を聴かせてやりました。直子園長が幼稚園に来るのを待ちながら話しをしている時に、「そうだ。あなたたちは都会で育ったから、いい物を見せてあげる」と言って、イチジクのある場所に連れて行きました。「もいで食べてごらん」と言うと、「自分でもぐのは初めて!」と言いながら、「美味しい」と言って、とても喜んで食べてくれました。写真を撮っていた女性が、「この幼稚園の子供たちは幸せですね。このようにイチジクを採って食べたりできるし、小川や遊具も楽しいものがいっぱいあって」と言います。


今の子供たちは、果物などはお店で買ってもらうことがほとんどですから、自分でもいで食べるという経験があまりありません。私の子供の頃にはイチジクや柿はお店で買うものではなく、たいていはどこの家にも植えてあって、自分で木に登ってもいで食べていましたので、どの木のどの実が美味しい、どのくらい熟したら一番美味しいということはどの子もみんな知っていたのです。ましてや、戦後間もない時で、お菓子のような甘いものはほとんど口にすることがありませんから、柿やイチジクや木イチゴのようなどこにでもある果物が最高に美味しいものだったのです。


今では柿が熟していても誰も採って食べた様子のない柿の木があちこちで見られます。その家にはもうお年寄りしかいらっしゃらないのか、あるいは、今の若い人たちが柿など見向きもしなくなったのか、見るたびにもったいないと思いながら通り過ぎることが度々です。
保護者の皆さんが、もしそんな木を見つけられたら、「子供と一緒に採らせてください」と、お願いしてみたらどうでしょう。
子供たちの原体験として、とても楽しい思い出になると思います。