おじいちゃん(平成11年度)8月

先日のバザーの日、お手伝いにきてくださっていた年少組のMちゃんのお父さんが、携帯電話でお母さんと話しておられたので、途中、私と電話を換わってもらいました。『Mちゃんのおかあさんですか? いつもお世話になります。Mちゃんは園庭で私を見つけると、すぐに飛んできて、「園長先生、ブランコ押して!」と、毎日のように手を引っ張って連れていくんですよ。それも、ただ押すのではなくて、ブランコを上に高く持ち上げて、落とすように降ろすとすごく喜ぶんですよ』と話しました。すると、お母さんは意外にも、「そうなんですよ、うちの子はおじいちゃんがだいすきなんですよ」といわれるのです。
「え~、おじいちゃんですか?」というと、お母さんは「…………」と、一瞬、息を詰まらされた様子でした。


「そうなんだ、園長という呼称があるから、子供たちは園長先生と呼んでいるけど、子供たちにとってはおじいちゃんなんだ」と、変に納得してしまいました。
実は先月、孫に会いに妻と鹿児島まで行ってきました。(いや~、孫に会いにいってくると出かけたので、帰ってきてからが大変)。


「お孫さんに会いに行かれたと聞きましたが、子供さんは結婚されたんですか?」と、何人もの人から聞かれる羽目になってしまいました。1才半になる萌音(モネ)ちゃんという女の子なのですが、3月までいた大学院の寮で一緒だった同期生の娘さんなのです。同期生といっても、まだ30才前です。その萌音ちゃんが、私を見つけると、「じぃじぃ、じぃじぃ」といっては抱っこすることを求めてくれるのです。その子のお父さんやお母さんが、『おいで』といっても、「いや!」といって、私にしがみつきます。鹿児島での2日間、食事をするときも風呂に入るときも、私とずっと一緒で、しっかりとおじいちゃんの生活を楽しませてくれました。


昔から、孫は「わが子よりかわいい」 とか、「目に入れてもいたくない」とかいいますが、本当にかわいくて仕方がないということを実感することが出来たのです。このように、ほとんどのおじいちゃんやおばあちゃんは、孫のことがかわいくて仕方がないのだと思います。では、わが子が小さいとき、孫ほどかわいくなかったのかというと、そうではなく、わが子のときは子育ての大変さに追われて、孫に接すると同じような、精神的な余裕が持てないだけだと思います。その証拠に、これも昔から、「孫来て良し、帰って良し」 といわれてきたように、孫が来てくれたら嬉しいし、でも、ずっと一緒にいたら疲れてしまい、帰ってくれてほっとするのです。毎日毎日、24時間、責任を持たないで良いから、かわいさを楽しめるのだと思います。


一方、孫の方はというと、いつも抱っこしてくれたり、おいしいものをくれたり、一緒に遊んでくれるやさしいおじいちゃんやおばあちゃんがだいすきなのです。しつけのことも、親がやってくれていますから、余りしかられたりしないですむのです。何をいっても、何をしても「お~、よし、よし」と、全てを受け止めてくれるおじいちゃん、おばあちゃんだから、だいすきなのだと思います。


子育てをする親の方も、おじいちゃん、おばあちゃんから子育ての知恵を受けることが出来るし、子供がおじいちゃん、おばあちゃんと一緒に遊んでもらっている間は、他のことをしたり休んだりと、子育てにも余裕が持てるようになり、嫁、姑の問題があるとしても、精神的にもずいぶんと助かることが多いのです。


このように、子供たちが、周りの人からしっかりと愛を受けて育つことで、子供の情緒が安定し、情緒の安定は自主性の発達を促し、いろいろなことへの適応能力や知能の発達を促す基となるのです。
今は一緒に住んでいなくても、里に帰るとおじいちゃん、おばあちゃんのいらっしゃる方も多いと思います。夏休みは、是非ともおじいちゃん、おばあちゃんとの生活を多く持たせてやって欲しく思います

ツバメの巣立ち(平成11年度)7月

動物を飼育していると、いろいろな出来事に出会います。前号では飛べないアヒルについて書きましたが、そのアヒルの池に、新たに、つがいのカルガモをもらって飼育していました。なかよし夫婦で、間なしに7個の卵を生み、一生懸命温めていました。そして、カラスがその卵をねらって毎日のようにやってくるので、タフロープでネットを作り、池を覆って、カラスよけにしていました。これでカルガモも安心して卵を抱けるだろうと思っていました。

ところが、タフロープのネットを張って1週間もたたないある朝、その池に行ってみると、なんと無残にもそのネットがカラスにメチャクチャに食いちぎられているのです。カモの卵は無事残っていて、安心したのもつかの間、母親のカモが水の中から上がれないほど、すっかり弱って、クタクタになっているのです。直ぐに、網ですくってやって巣箱に戻してやりましたが、クチバシを床の上に投げ出し、顔も持ち上げれられないほどの衰弱ぶりです。卵を襲いに来たカラスと必死に戦ったことが容易に推察できました。

ところが、父親のカルガモは元気いっぱいなのです。「おまえ、なにやっていたんだ!」と思うほど、元気なのです。カラスと戦ってはいない風なのです。やはり、命をかけて子供を守ろうとする母親はすごいと、感心すると同時に、父親の知らん顔をしている姿に腹が立つやら、同じ男として情けないやら、複雑な心境でした。そして、次の朝、悲しいことに、母親は水の中に浮いて死んでいました。残念ながら、その間、冷え切ってしまった卵も救ってやることが出来ませんでした。


そのことがあってしばらくして、カルガモを襲ったそのカラスが、今度は、ツバメの巣にねらいを定めています。ツバメの巣も、毎年のように襲われていました。今度こそ、カラスから守ってやらなければと、カラスが襲ってくるのを追い払うために、毎朝、4時半に起きて、5時頃から近くの電柱にきているカラスを追い払っていました。たいてい、朝早くと夕方やってくるので、その頃には気が抜けません。そして、卵を抱き始めて2週間が経過して、4羽の雛が生まれました。カラスが近くにくるのも頻繁になってきました。そのたびにカラスを追い払いました。


そして、雛もだいぶ大きくなったある日曜日の朝、4時頃からカラスの鳴き声がするので、飛び起きて、外に出てみました。すると、近くにきているカラスをめがけて、2羽の親ツバメが低空飛行や急降下しながらカラスに向かって果敢に戦っているのです。それでもカラスは動じることなく、ツバメの巣に近づこうとしています。そこで私は、木の棒を投げて、何回も近づこうとするカラスを追いやりました。あきらめて飛び立って行ったカラスを見届けて、日曜日なので、久しぶりにゆっくり寝ようと、また、ベットに入りました。


朝、10時頃までゆっくりして、遅い朝食をとった後、幼稚園の動物たちに餌をやらなければと外に出て、ツバメの巣を見上げると、なんと、1羽もいないのです。「やられた!」と、悔しいやら、腹が立つやらで、何とかカラスを退治する方法はないものかと、1日中、思案ばかりしていました。

そして、夕方になって、動物の飼育と小屋の掃除をしなければと、また、外に出ました。すると、ツバメの餌をもらう泣き声が、激しく聞こえるのです。見上げると、2階のテラスの手すりに4羽の雛が止まっているでは有りませんか。「助かってる!」。そして、空をスイスイと飛び回るのです。涙が出そうなほど嬉しく感じました。

その日の朝に、4羽とも無事育って、巣立っていたのです。その日の夜は、巣の近くに止まって寝ていましたが、次の日からは、どこかに飛び立って行ってしまいました。その後は、電線に時々止まっているツバメを見かけますが、そのツバメかどうか分かりません。そしてまた、2回目の巣作りをはじめています。その巣も間もなく出来あがりそうです。また、カラスを追い払うため、早起きが始まります。

お子さんが小動物を飼育していると、その動物の誕生の感動や死の悲しみに出会います。一生懸命飼育するほど、その誕生の感動や死の悲しみの深さが一層大きなものとなります。そして、その現実をしっかりと受け止めることが出来ます。思いやりや命を大切にする気持ちも大きく育まれ、お子さんの成長過程の中で大切な経験となるのです