葉子先生の部屋

おばあちゃんの知恵袋(平成25年度8月)

1学期が終わりました。4月、子供達は新しい世界を歩き始め、あれから3ヶ月……。私たち大人にとっての3ヶ月は、ほんの一瞬のような時間かもしれませんが、わずか3歳から5歳の幼い子供達にとっては、長く、その一分一秒が大きな成長に繋がる時間だったはずです。きっとそれは、ご家族の皆さんが一番よく感じておられるのではないでしょうか?できなかった事ができるようになった…こんな事を言うようになったんだ、思うようになったんだ──。色々な場面でその成長に気付かれている事と思います。幼稚園でも、この1学期の間に先生達は、集団の中の個を見ながら、子供達一人ひとりの成長をたくさん見つける事ができました。きっと子供達のこの成長の勢いは2学期にも続くことでしょう。

さて、明日から夏休みです。どんな夏休みを過ごされるのでしょうか?色々と計画を立てておられる事でしょう。遠出をするも良し!遠出はしなくても近場に家族で出かけるも良し!夏休みには、日頃できない事をしっかり経験させてやって欲しいと思います。その一つとして、家族でしっかり会話をする時間をつくってみましょう。お父さんお母さん、そして、おじいちゃんやおばあちゃんとも、近くにいてたくさん関わり合ってみるのです。

先日、あるお母さんからの“れんらくちょう”にこんな微笑ましい事が書いてありました。お兄ちゃんの学校の先生が家に来られた時の事、弟である年長組の男の子が、先生とお話しされているお母さんに、「ねえねえ、お茶飲んでいい?」とか「お水しかないんだけど」と言って来たそうです。お母さんは自分が飲みたいから聞きに来ているのだろうと思っていたら、しばらくして、その男の子は子供用のコップに水を入れ、お盆にのせて「どうぞ!」と先生に出してくれたのだそうです。お母さんは、お客様にお茶を出す事など特に教えたことがなかったのに……とお盆にのせて来てくれた姿に涙が出そうになったそうです。きっと、我が子の成長や気をきかせたそのけなげな気持ちが嬉しかったのだと思います。小学校の先生も、氷も入っていない水道水を喜んで飲みほしてくださったそうです。お母さんが教えていない事でも、子供達は、そばにいるだけで、いろんな事を学びます。このお母さんは、お客様が来られたら、こうして、お茶を出しておられるのでしょう。それをそばでちゃんと見ていたのです。

また、こんなこともありました。年長組のお茶のお稽古の時の事です。その日の掛け軸は『滝』でした。お茶の先生が、「昔の人はクーラーや扇風機がなくても、こんな涼し気なお軸を見て涼しい気持ちになっていたんだよ。」と言われると、その男の子が、「涼しくするために、道に水をまいたりもしよったんよ」と言ったのです。わたしは、驚いて「えーっ、よく知っているね」と言うと「おばあちゃんに教えてもらった」と言うのです。その子のおばあちゃんは、お店をされていて、暑い時には店先に打ち水をされているのでしょう。その男の子は、おばあちゃんのそんな姿を見ていたのだと思います。こんなふうに、何でもない家族の関わりや時間が、子供達の心に印象深く残り、知識となり自分の生活を潤わせる力になるのです。


子供達は、いつも興味津々で世の中を見ています。どんな事にでも(なぜ?)(どうして?)(なるほど!)(すごい!)と眼を輝かせています。この興味に応えてあげたり、刺激を与えたりするには、この夏休みは持って来い!の時だと思います。スペシャルな事を計画しなくても、ただ、そばにいて色んな話をしてやったり一緒に良い時間を過ごすだけで、普段は感じる事が出来ない事を子供達は感じます。おじいちゃんやおばあちゃんと花や野菜を一緒に育てたり、夏の空を見上げて雲を見たり、夕食の支度をお母さんと一緒にしたり、お父さんの日曜大工を手伝ったりする……それだけの事だけれど、そこで、色んな体験や会話の中から…あるいは、見ているだけでも学べる事や感動する事にたくさん出会わせてやれるはずなのです。

小学校の先生に、水道水を運んだ男の子は、お母さんのそばでお客様をもてなす気持ちや方法を見て学びました。お母さんのする事は、絶対的に正しいと信じているからです。おばあちゃんが、道路に打ち水をされる姿を見て、なるほど!と感動しました。おばあちゃんを尊敬しているからです。この夏休みは、お母さんやお父さん、おじいちゃんやおばあちゃんのものしりの引き出しに触れるいいチャンスだと思います。

「日本に住んでいるからには、日にちも、いちにち・ににち・さんにち・よんにち…ではなくて、一日(ついたち)・二日(ふつか)・三日(みっか)・四日(よっか)・五日(いつか)・六日(むいか)・七日(なのか)・八日(ようか)・九日(ここのか)・十日(とおか)と言ってほしいな。」と、お茶の先生が言われました。その言い方を知っている子と知らない子といましたが、言えない子のほうが多かったようです。そんな中、十日(とおか)まで、全部言えた女の子がいました。その子に、「すごいね、どうして知ってたの?」と聞いてみると、「おばあちゃんはそんなふうに言うよ」と答えてくれました。一緒に過ごすだけでたくさんの知恵を分けてくれる家族の存在は素敵ですよね。私もそんなおばあちゃんになりた…い……アッ…まだ少し早いか…。ん?そうでもないか…(苦笑)

あそびの天才は片づけの天才!(平成25年度7月)

6月になり、衣替えと同時にプールあそびが始まりました。いよいよ夏到来です!天気の良い日は朝から外あそびが盛んで、保育室の中には、ほとんど子供がいません。靴を濡らしながら小川のアメンボを捕まえようとする子、さっき着替えたばかりの体操服や手足を泥だらけにしながら泥だんごを作っている子、汗をいっぱいかきながらサッカーをして遊ぶ子等、春の頃の子供達のあそび方やその様子とは随分違ってダイナミックに遊べるようになってきたのがよくわかります。子供同士の繋がりが深まってきたせいでしょうが、やはり夏は子供達にとって魅力あふれるあそびが思いっきりできる季節だからでしょう。水・土・空・生きもの……これらの全てが、子供達のあそびの味方になってくれます。そして、開放感を味わい心を解きほぐします。思いっきり遊ぶので、帰りの園バスの中やお家の方のお迎えを待つ保育室では、コックンコックンと眠ってしまう子が増えるのもこの頃です。いっぱい遊んでいっぱい笑って……そして居眠りしている子供達の姿がとても無邪気で可愛いです。

プールも天気の良い日は毎日入ります。それまでは静かに控えていたプールが一気に夏の主役に躍り出た感じです。水着の入ったプール袋を持って来た子は、得意そうに、「今日はプールに入れるんだよ!」と見せてくれます。しかし、その日体調が悪い子達は、水着も持って来ないので、プールには入りません。ですが、その子達もプールの時間は園庭でたっぷり遊びます。担任の先生は、プールあそびに行きますが、そんな子供達は他の先生や友達と遊びます。それはそれで楽しそうです。私もその子達と遊ぶ事があります。

年長組のプールあそびの時の事です。何人かが集まって、砂場で何やら必死に穴を掘ったり、水を入れたりしていました。「何をしているの?」と聞くと「温泉を造ってるんだ!」と言いました。「葉子先生もしていいよ。」と誘ってくれたので、一緒に遊ぶ事にしました。どうやら、山のてっぺんから温泉が湧き出て、山の尾根を流れ下の大きな池の中に熱い湯が溜まるという設定らしく、山を作る子と穴を掘る子とに分かれていました。その中には、現場監督らしき子もいて、「おーい!水が足りない!汲んできて!」「そこじゃあないよ!ここに水を流して!」と指示を出します。「じゃあ、俺は、こっちをするよ」「もっと深く掘ろうや」「しっかり固めないと!」とスコップやバケツを持って、それはそれは、工事現場さながらの様子でした。その威勢の良さと子供達の目の輝きに誘われるように、私も毎日砂場で遊びました。しかし、砂場は、その子達だけが遊んでいるわけではないので、いい感じに出来て来ても、次の日に行ってみると壊れている事もあるのです。それを修理(?)しながら、毎日その温泉づくりは続きました。掘っていく内には、埋まっていた砂場の道具が出てきたり、頭上の藤棚の葉っぱや枝が埋まっていて、それを見つけるたびに「あっ!!宝が出てきたぞ~」と盛り上がります。

そんな様子を見ていくうちに、自然に、子供達の中で役割分担ができているのに気がつきました。“山造りチーム”の中でも、現場監督さんをはじめ、砂を高く盛りあげていく子・スコップの背で叩いて固める子・尾根を作る子…がいました、“温泉造りチーム”の中では穴を掘る子・その穴の壁を固める子・さら粉を集めて山や池にまぶす子・水を運ぶ子…等、いろいろな係ができていました。山の尾根から流れる水が温泉の穴まで、勢いよく流れないと、「もっとこの道のこっち側を深くしないと流れないよ。」と気づき、傾斜を作りました。山が崩れないようにとさら粉を砂山にまぶし、しっかり固め、その上に水をかけてまたさら粉をまぶす…これを繰り返したら山がカチンカチンに固まる事に気づきました。子供達はいろいろな発見をしながら遊んでいます。どうしたらもっと楽しくなるか、こうしたらいいかな?これではどうだろう…と。子供達が「いいこと考えた!」と言う度に「それは、いい考えだ!天才だね。」と共感してやりました。子供達は「天才」という言葉に弱いようで、認めてもらうと益々がんばろうかなと思います。こんなやり取りが子供達をたくましく粘りのある子供に育てると思います。

そして片づけの時間になった時です。「よし!お片づけをするぞ~!」と現場監督さんが声をかけると、他の子供達は作業をやめて、砂場の道具を片づけ始めました。それから「明日もこれ使うから一番上に片づける方がいいぞ。」とか、「こっちに山を作る人の道具で、反対側は温泉を作る人の道具…、っていうのはどう?」という声があがりました。私は、思わず「あそびの天才は片づけの天才!」と言いました。“明日また遊ぶため”の“今日の片づけ”をしていたのです。いかに効率よく温泉造りができるか、そのためには、片づけでさえ工夫が必要だという事を感じたのでしょう。すごい!!と思いました。あそびに集中していると、先を見通してまで考えることができるのかと感心しました。そして、その片づけでさえ楽しげなのです。その次の日もまた温泉造りをしていました。前の日に遊びやすく片づけていたので、すぐに温泉造りにとりかかる事ができたでしょう。あそびや生活を工夫することは、遊びやすく生活しやすくするという事なのです。それを考える事だって子供にとっては『あそび』なのです。

『あそびの天才は、片づけの天才』──子供達の頭と心はいつも働いています。

親離れ子離れ(平成25年度6月)

新年度を迎えて早2ヶ月が経とうとしています。幼稚園の子供達も新生活に少しずつ慣れて来て、それぞれに個性を見せてくれるようになりました。そんな子供達の様子を毎日楽しく見ています。

我が家にも、新生活のスタートを切った娘がいます。この春、大学に進学し、初めてのひとり暮らしをしています。娘が家を出てから同じく2ヶ月、親として様々な事を考えさせられています。

この18年間ずっと傍にいて、どんな変化にも気付き、必要とあらばいつでも手を差しのべてやれていたのに、急に、そうする事ができなくなった寂しさ、そして、何もかもが見えていたのに、今何をしているのかもわからないという現実に、周りの人達が「寂しくなったでしょ」と声をかけてくださる意味がこういう事だったのかと思い知らされています。

引っ越しの日、娘を置いて帰る別れ際に、やはり心細くなったのか、娘が急に抱きついて「おかあさん」と泣きました。私は、泣きじゃくる娘の背中をさすりながら、「大丈夫よ!あなたには、色んな事を乗り越えてこの新しい生活を手にした力があるんだから、これからもきっと頑張れるし、楽しく過ごせるはずよ!」と言って笑顔で別れました。けれど、私も帰りの車中、別れ際の娘の顔を思い出し、こらえきれず涙が溢れ出て止まりませんでした。それから、1週間くらいは、毎日電話をかけたりメールをしたりしていましたが、あの別れの涙がウソだったかように、段々と娘から連絡してくる事がなくなってきました。連絡がないので、心配して電話をかけると「なあに?」と、あっさりした反応…。期待していた反応と違っていて特に用事があったわけでもなかった私は、咄嗟に「何してるかなあって思って」と言うと、「特に」……実にいまどきの若者の台詞…。一瞬、(なによ!心配してやったのに!)とイラッとしましたが、主人から「用事もないのにいちいち電話するな。よっぽど困った時や我慢できなくなった時には、自分から連絡してくるから。」と言われ、実は自分が子離れしていない事に気が付いたのです。

それからは、諦めもあり、私からもあまり連絡をしなくなりました。たまにしてくる娘からのメールや電話では、毎日自炊を頑張っている事やアルバイトやクラブの事等を話してくれたり相談してきたりします。少し前に、新しい生活の緊張や疲れからか、体調を崩したようで、病院に行って検査をしてもらったという電話がかかった時には、知らない土地でさぞ心細かっただろうと思う反面、しっかり自立しようと頑張っている事に安心したりもしました。最近では、電話で話しても、「自分で考えてみる」とか、「調べてみるわ」とか「やってみようと思ってる」と、自分で自分で…と生き生きと過ごしているのを感じられるようになりました。

たった3歳~5歳の幼い子供でも、自立願望はあります。着替えを手伝ってあげようと思ったら「自分でする!」と拒む事がありませんか?危なっかしい事に挑戦しようとしたり、親が言う事に反抗したり、なかなか親の思うようにならなくなってきたのを感じることがないですか?これは、自立の始まりです。でも、それに気がつかなくて…というか心配が先に立ち、つい手伝ったり口を出す事で、“私は心配しているの”という気持ちを押しつけてしまうのです。少し、子供を信頼してやらなくてはいけないのかもしれません。それは、ある意味、自立させるための『親の我慢』だと思います。手をかしてやったり、先に結論を出してやったりする方が安心ですが、育とうとしている力を足止めさせてしまっているという事に気が付かないといけないのです。親子の間に信頼関係があれば、困った時には、必ず頼ってくるでしょうし、なんらかのSOSを出してくるでしょう。

親として、すべき事は、安易に手を差し伸べる事ではなく、いざという時に、自分で考え解決できる『選択肢』をたくさん持った子供に育てる事、そのためには、いつも、親子でいろんな事を考え意見を出し合い認め合う生活をして行く事だと思います。幼児でも、お父さんやお母さんが言ったりしたりする事を見たり聞いたりしながら、生きて行く方法をいくつも引き出しにしまっておき、時期が来た時に自分の生き方のお手本として、引っ張り出してくるのです。

親にとっては、子供はいくつになっても子供です。心配で心配で、それはそれは可愛くて可愛くて、大切で大切で…。幼い頃は、「お母さん大好き!」「お父さん、遊んで!」と言葉や態度で自分の事を求めていてくれる事を実感できますが、少し大きくなってくると、そんな事も言ってくれなくなります。そうなると、親は、少し寂しくなってくるのです。親離れの時期を素直に喜べず、必要以上に干渉したくなってくるのです。だけど、心配しなくても、子供達は、お父さんやお母さんに感謝しながら生きていきます。愛を充分に感じてくれている事に私達親は自信を持って、年齢や時期にあった子離れを上手にしていく事が大切ではないでしょうか?危なっかしくても、自分の考えで行動しようとする子供を先回りして助けたい気持ちをグッと我慢して見守る、応援していてやることが、長い目でみる『愛情』だと思います。もしかすると、親離れより子離れの方が難しいのかもしれませんね。

わかっているのに、娘に送る荷物の中に頼まれてもいない物まで買って荷造りをしている私。ホント、親ってバカですね。私の両親もあの頃、今の私と同じ事を思っていたのかな?あぁ、ありがたい。

同窓会(平成25年度5月)

幼稚園の庭の木々にハナミズキやリキュウウメ、ヤエザクラの花がきれいに咲いています。冬の間、寂しくなっていた枝先には、それぞれに新芽が芽吹き、幼稚園の生活の始まりと同時に新しい命の始まりや自然の逞しさを感じます。

幼稚園に入園したばかりの可愛い新入園児達は、自分の部屋や先生がわかり、少しずつ緊張もほぐれてきているのがよくわかります。進級児達は、お兄さんお姉さんになった事が嬉しいようで、小さいお友達のお世話を一生懸命しようとしてくれています。この子達も少し前までは、不安そうに先生にくっついていたのに…と思い出し苦笑してしまいます。新しい事の始まりにはいつもウキウキします。こんな新年度の様子をもう何年見てきたでしょう。

新年度を迎える少し前に、三次中央幼稚園の先生達にとって、とても嬉しい事がありました。三次中央幼稚園の歴史の中で初めての同窓会が行われたのです。発起人は昨年度の『葉子せんせいの部屋』10月号に登場している17年前に幼稚園を卒園した男の子です。彼は、何年経っても幼稚園の事が忘れられなくて、事あるごとに連絡をくれたり顔を見せに来てくれたりします。私達先生にとっても大切な可愛い子供ですが、彼にとっての幼稚園は今だに居心地の良い場所なのだと思います。いつの頃からか、幼稚園に来る度に「先生!幼稚園の同窓会をしようや。」と、言ってくれるようになりました。「招待してよ。」と言うと、初めは、「俺、そんな事できないし…」「数人でもいいからしようか。」と連絡をいつもとっている友達を呼んでささやかな同窓会をするつもりでいたようでした。しかし、その気持ちを知って彼の同級生である鳥谷芽似先生やもう一人男の子も手伝ってくれ、それぞれに連絡をとり合い結局20名くらいの卒園児が出席してくれる事になったと嬉しそうに報告に来てくれました。その年の子供達の事を知っている先生にもできるだけ声をかけてくれました。理事長先生や奥様も招待し、同窓会当日を楽しみにしていました。企画した彼は、随分責任感と使命感に重圧を感じていたようでしたが、楽しかったあの頃の仲間達に会いたい!先生達に会いたい!会わせたい!…その一心で一生懸命準備をしてくれました。その甲斐あって、当日は、懐かしい教え子達の顔を見ることができました。先生達は当時のクラスだよりやアルバム等を持ち寄り、みんなで見てその頃の事を思い出しました。また、一人ずつ近況報告もしてくれました。同級生同士で結婚している子もいました。産まれた子供の写真を見せてくれて、まるで、孫(?)を見るような気持ちでした。

色んな話の中で、「先生!本当に楽しい幼稚園だった。先生のあの歌が懐かしい!」「段ボール箱をいっぱい使っていつも何かを作っていたのを思い出す!」「はだかん坊になって、絵の具を身体に塗りまくったのがすごく楽しかったなぁ」「音楽発表会…した!した!バチで叩くシンバルだった!」と、次から次へと蘇る思い出話で、盛り上がりました。もう随分時が経った今でも幼稚園の事を覚えていてくれる事に私は感動しましたし、それを「そうそう、そんな事あったよねぇ」と言い合える仲間との付き合いが、今でも続いている事を嬉しく思いました。幼稚園の出会いが、人生の単なる通過点に終わらないで、その出会いを大切にするきっかけができた事も嬉しい事でした。

幼い頃は、大人が間に入ってこその繋がりだったのが、いつの間にか、子供達だけのいい関係ができ、その繋がりを深めていたんだなと思うと、感慨深いものがあります。理事長先生も、そんな卒園児達の様子を目を細めて見てくださっていました。同窓会の締めは、理事長先生のお得意のマジックでした。理事長先生は、昔から、子供達にたくさんのマジックを見せてくださっていました。中でも、頭のてっぺんから入れたコインがお腹の中を通ってお尻から出てくるマジックが、子供達の一番のお気に入りのマジックです。今でも子供達に時々見せてくださいます。そのマジックを久しぶりに見た卒園児達は、食い入るように理事長先生を見ていました。お尻から出た瞬間に拍手と大爆笑でした。「覚えてる!覚えてる!懐かしい!」と教え子たちが騒ぎます。大人のはずなのに、その一瞬は5歳児の顔になっていて、とても可愛かったです。

同窓会が終わって、帰宅してすぐ、お世話役をしてくれた子に「ありがとう。」の気持ちをメールで伝えました。「安心したのとみんなが楽しそうなのを見て本当に俺も涙出そうだった。」と返してくれました。芽似先生も「先生達がたくさんの事を覚えていてくださっている事と今でも大切に思ってくださっている事が嬉しかったです。」と……。また、手紙を書いて、感謝を伝えた先生もいました。本当にこの同窓会を企画してくれて、また、あの頃の事を思い出させてくれた事、幸せな気持ちにさせてくれた事への感謝の気持ちを伝えずにはいられなかったのでしょう。私達の仕事は、子供達が卒園するまでの間だけでは終わらないと思っています。その子達がこの幼稚園から巣立って行ってその後どんな人生を歩み、どんな状況の中で生きているかをいつまでも気にかけ、見守り、いつでも応援し、必要であれば、出来る限り手を差し伸べたいと思っています。それが、私達の“仕事”だと思っています。同窓会で笑う子供達は、私達の大切な大切な教え子で、その子達を育てながら私達もまた育てられたのです。あらためて、私達の“先生”という仕事の意味や、役割、責任そして、その素晴らしさを痛感しました。

今、幼稚園では、彼らより数段小さな子供達を迎え、あの頃と同じ様に新しい生活を送っています。この子達に、将来、また「先生!同窓会しようよ」と言ってもらえる時がくる事を楽しみにしながら、そう思ってくれる関係が築けるよう、一日一日を大切に過ごしていきたいと思っています。

子は親の鏡、親は子の鏡(平成24年度3月)平成25年3月

立春からここ、春を思わせる温かい日がやって来たと思いきや、寒さが戻る……。冬から春へのバトンタッチを名残り惜しんでいるように感じます。でも、明日から3月、これからどんどん日差しが柔らかくなってきて、花壇の土から顔をのぞかせているチューリップの芽も喜ぶ事でしょう。
幼稚園では、この一年の締めくくりと新しい年のスタートをきる準備に取り掛かっています。特に年長組の子供達にとっては、小学校への入学という未知の世界への準備です。ランドセルや机を買ってもらったり、体験入学をしたりして、いよいよ気分が盛り上がって来ていることでしょう。

この子達が入園した3年前の事を思い出します。朝、「おかあさんといっしょがいい!」と、中門で涙が出たり、お部屋に入ってもお家が恋しくて「かえりたい!かえりたい!」と先生の後を泣きながらくっついて歩いていたり、自分の思い通りにならなくて、友達とすぐに喧嘩をしたり……色々でした。それから今までの3年間の様々な経験は子供達をとても大きくしてくれました。どの子もどの子もそれぞれに成長を見せてくれます。その成長を見つけた時に、私達は大きな感動と喜びを感じます。

3年前、泣き虫だった男の子がいました。中門で出迎える私は、お父さんやお母さんの後ろに隠れ、目に涙をいっぱいためてやって来る彼を毎日見ていました。何とか保育室に入っても、しばらくの間はしくしくと泣き続けていました。そんな彼も、年中組・年長組となるたびに心も体も大きくたくましくなっていきました。保育参観の『おまつりごっこ』では、お遊戯の代表を務めたり、発表会では、堂々と自分のパートを完璧にやりこなし、劇あそびをする時も自分の台詞をとても大きな声で言える……こんな一つひとつの事が、彼に自信を与え、たくましく頼もしくしてくれたのだと思います。
ある日、私は、その子の担任の先生に用事があり、保育室に内線をかけました。しばらく呼びましたが先生が出ません。電話を切ろうと思ったその時、「はい、もしもし、さくらA組です。どちら様ですか?」とはっきりした声。「田房葉子先生ですが、あなたはだあれ?」と聞くと「○○です。何のご用事ですか?」と聞き返します。

「先生にご用があるんだけれど、おられますか?」と聞くと「少し待ってください。……今いません。」「じゃあ、先生に葉子先生から電話があったって伝えてください。」と言うと、「はい。そう伝えます。」と言って電話を切りました。その時の電話の彼は、とても3年前の泣き虫な彼ではありませんでした。先生にその事を話すと「他の子は、電話に出ようとはしないのに、彼だけは、堂々と出れるんです。」と教えてくれました。彼のその成長ぶりにも驚きましたがそれとは別に、電話の対応ぶりにも感心しました。お家で教えてもらっているのだろうと、ある日お母さんに聞くと、「教えた事なんてないんですよ。私もびっくりです。」と言われました。今の時代、悪質な電話による色々な被害があり、そこには様々な問題はあるかもしれませんが、それはそれとして、人とこのようなきちんとしたやりとりができる子に育っているという事は嬉しい事だと思います。お家の人から教えてもらったわけではないという事でしたが、きっと、彼はいつも、お父さんやお母さんが電話をされる様子を見たり、話し方を聞いたりしていたのだと思います。子供は、大人のする事を本当によく見ています。お家でも、担任の先生の口調を真似て話をしたり、おままごとや幼稚園ごっこをしている様子に幼稚園の先生の姿を垣間見ることがありませんか?私達、先生の事も見られているようです。

昔、まだ娘が小さかった頃、洗濯物をたたむお手伝いをしたがるので、タオルやソックスをたたませたところ、私のたたみ方にそっくりでびっくりしたのを思い出します。教えた事などそれまでなかったのに…。そして、お味噌汁やコーヒーなどをお椀やカップの底に少し残してしまう私の悪い癖を娘が同じようにしているのに気が付き、慌てて娘に注意した事もあります。“親は子の鏡”…そのまま学んでいきます。良い事も悪い事も…。だって、お父さんやお母さんがする事は全部正しい事だと信じているのですから。責任重大!!電話に出てくれた年長組の彼も、お母さんが電話に出た時の一部始終をちゃんと見て聞いていて覚えたのでしょう。それはそれは、お母さんそっくりな優しくてはきはきとした口調でした。また、私達大人も、自分を真似ている子供達を見て、“子の振り見て我が振り直す”“子は親の鏡”で反省させられたり、責任を感じたりしながら日々子育てをしていかねば!と思うのです。教えないと学べない事、教えなくても学べる事、教わらなくても学ぶ事が、それぞれたくさんあります。親の態度や言動が、子供達の生活の中に当たり前のように出てきます。その子をみれば、どんなお父さんやお母さんかがわかると言います。親は、手ほどきしながら教える事だけではなく、きちんとした事を普通にしている事そのものが子供への教育なのです。背筋が伸びるようです。『反面教師』という言葉もありますが、それは、まだまだ先の話。子供達が、もう少し大きくなって、物事の分別がつくようになってからの事…。今は、子供達にとって見習える素敵なお父さんお母さんでいてやってください。