思いやりの心(平成17年度12月)

12月4日(日)は幼稚園の音楽発表会です。
もうすぐです。そこで私は、先週の木曜日に、ホールに行って子供達の踊りや合奏の練習をしている様子を見てきました。ホールでの合奏の練習が始まって、まだ、一週間余りですので、まだまだ曲にはなっていないだろうと思いながらホールに入ってみると、なんと、年中、年長組の、どのクラスもちゃんと曲になって演奏しています。年少組の踊りも、なんとか形が見えてきています。みんな、ニコニコ顔です。先生達も子供達の表現や態度をそのまま受け止めて、先生自身も楽しんで指導している様子が伝わってきます。いい雰囲気です。


園庭に出てみると、寒さなんかヘッチャラと言わんばかりに、サッカーに夢中になって遊んでいます。先ほどまでホールで演奏していた年中組のクラスです。合奏の練習を終えたその他のクラスの子も、ウサギを抱いている子や、ヤギや羊に野菜をやっている子、泥団子を作ったり砂場で遊んだりしている子、冒険広場のアスレチックや小山で遊んでいる子と、子供達自身の緩急(緩やかなことと厳しいこと)の生活が、子供達の心に自らメリハリをつけています。
次の日、園庭を歩いていると、女の子数人が私のところに寄ってきて、「理事長先生、思いやりの気持ちを教えてくれてありがとう。」と言うので、一瞬、何のことだろうと戸惑っていると、もう一人の子が、「靴のことを教えてくれてありがとう。」と言うので、何のことか理解ができたことがありました。


何かと言うと、8月の終わりのころ、広島大学を会場として幼稚園・保育園の先生達を対象としたセミナーで、「幼児の育ちを考える」というシンポジウムがあったとき、私が司会役を務めました。私が「躾や基本的生活習慣」のことに触れたときの話です。スプーンを使ってスープをすくうとき、私が子供のころに習ってきた洋食の食べ方のマナーは、スプーンを自分の反対の外側の方に向けて押しながらすくう方法でした。それは、自分の服やズボンにスープがかからないためだと教えられていました。ところが、同じヨーロッパでも、国によって違うのです。国によっては、スプーンを自分の方に向けてすくうのです。その理由は、外側にすくうと相手側の方に飛び散ってしまう可能性があるからです。相手に対する思いやりの心のマナーです。


同じような意味で、靴箱の話をしました。靴箱に靴を入れるとき、私自身は、つま先が外側に向くように入れます。それは、つま先を奥にして入れると、靴の中が丸見えになり、相手に舞台裏を見せているようでいい気持ちを与えません。下着を見せているようなものです。私の子供時代の躾はそうでした。ところが、現在の学校の靴箱を見るとほとんどといっていいくらい、つま先を奥に向けて入れています。これはこれで理由があることを話しました。自分にとって合理的なのです。靴を出し入れするのに向きを変えなくてもいいから、スムーズにできます。合理主義なのです。特に戦後の教育からこのようになってきました。今では、つま先を外に向けて靴箱に入れているのは、私立の女子校ぐらいでしか見ることができません。


その時のシンポジウムで、なぜこのような話をしたかというと、同じ躾でも真反対のことがあるということを伝えたかったからです。一方は合理性を優先した対処の仕方で、もう一方は、相手に対する思いやりの気持ちを優先したやり方であり、そのどちらを指導するかは、その家庭や園の教育方針であることを話しました。


そのことを話して2ヶ月余りたって、その研修会に参加されていたある幼稚園に出かけて行ったとき、靴箱に入れてあるシューズの向きがつま先を手前に向けてありました。私の話を聞いて、思いやりの心を優先する方法を選ばれたのです。
そんなことがあって、我が園の靴箱を見ると、つま先を奥に入れているではありませんか。何時からこうなっていたのか、意識しないで過ごしていたので見過ごしていました。最近では、学校で、つま先を奥に入れる方法の習慣で育ってきた先生達がほとんどですから、先生が入れ替わるに連れて、いつの間にかそうなっていたのです。


そこで改めて、私が広島大学での研修会で話した内容を先生達に伝えて、合理性を優先する方法か思いやりの心を優先する方法か、どちらを選ぶのかを投げかけておいたのです。先生達は、早速、話し合いを持って、つま先を外側に向ける思いやりの心を優先する方法を選択してくれました。次の日、先生達は、各クラスでそれぞれ子供達に伝えてくれて、子供達は、その日の内に靴箱に入っている靴を、つま先を外側になるよう向き変えてくれていました。子供達はそのことを、「教えてくれてありがとう」と言っていたのです。


ところが当日、幼稚園でそんなことがあったとはついぞ知らない、プレイルーム(別棟の預かり保育の部屋)担任の先生達が、幼稚園の保育が終わって、プレイルームに「ただいま」と、子供達が帰ってきたとき、「思いやりの心、思いやりの心」と言いながら、靴箱につま先を外側に向けて靴を入れている様子を見て感動しているのです。今日、先生達から教えてもらったのだという事情が、やっと飲み込めたプレイルームの先生が言うのには、保育室の前にある靴箱では、先生から話を聞いたばかりなので、みんなできたかもしれないが、別な場所に帰ってきてまでもちゃんとできていることに改めて感動したというのです。そのうえ、その日の夕方、プレイルームに久しぶりにお迎えに来られたおじいちゃんが、「門を入ってから、お迎えに来られているお母さん達が、わしと出会うたびに、『こんにちは』と挨拶してくれる。この幼稚園のお母さん達は、よう挨拶してくれるの~」と言ってくださったことと合わせて、その感動を伝えたくて、職員室にいる園長や主任のところに、内線電話をしてきたのです。子供達もお母さん達も、お互いに、すてきな関係で育っていらしていることを嬉しく思います