巣立つ背中に…(平成21年度3月)平成22年3月

お正月に掛けたカレンダーはまだ始まったばかりなのに、幼稚園の年間予定のカレンダーはあと一枚……。ふきのとうやつくしを見つけやっと春めいてきたかと嬉しくしていたら、子供達との別れの季節がやってくるのです。春は、“別れ”や“出会い”“出発”…と、とても忙しい季節です。


幼稚園でも、この頃になると、いろいろな想いで時間が優しく流れていきます。私も担任をしていた頃は、子供達が「さようなら」と帰ってしまった後の静まりかえった保育室を、一人で掃除しながら、この子達と過ごせるのも残りあと何日…あと何日と思い、色んな想いにふけ、毎日やけに寂しく思えたのを思い出します。そして、これまで心から笑って過ごせたのも、真剣に子供達を叱ったり、涙が出る程心配したり、跳び上がる程喜んだりできたのも、子供達がいてくれたからだったとしみじみ思うのです。子供達にとって先生は大切な人だったでしょうが、先生達にとっても子供達は大切な存在です。先生達を幸せにしてくれる存在であった事をこの時期にいつも感じます。


時々、私も子供の様子を見るために保育室に行きます。そのクラスの子供達と先生との深いつながりがみられます。新年度当初はまだ、関係が確立されていない分、お互い探り合いながらより良い付き合い方を編み出していきます。だから、どことなくぎこちなかったり遠慮気味だったりという様子がみられましたが、この頃は、あうんの呼吸で生活しているようにさえ思えるのです。こうして築いてきた幼稚園生活も年長組にとってはあとわずかとなりました。


三次中央幼稚園には、自慢があります。それは、卒園児が幼稚園や先生をよく訪ねて来てくれる事です。先日も、卒園児が家族揃って来てくれました。「幼稚園にいた頃の写真を今でも眺めながら懐かしんでいます。ここの幼稚園に来ていなかったら、得られなかった事を沢山得る事ができました。親子で楽しめたあの時間は私達家族にとっては宝物です。私達家族は幸せです。」その言葉を聞いて私も幸せでした。幼稚園は今年で40周年を迎え、卒園児も3467名となりました。この子達は卒園してからいろいろな人生を歩んでいるはずです。卒園して随分経った子供達でもひょっこり来てくれます。結婚の報告や生まれた子供を見せに来てくれたり、卒業・入学・就職の節目に来てくれたりします。だけど、そんな幸せな子供ばかりではありません。時には、「先生!助けて!」と言わんばかりに何かの救いを求めて来る子もいます。話を聞いてやったり、しばらく一緒に時間を過ごしたりしてやるだけで、少し元気を取り戻して帰って行きます。帰っていくその後ろ姿に“頑張れ!!”と静かにエールを送るのです。「先生!助けて!」と来た時には(よく、ここへ来てくれたね)という気持ちになります。私達の知らない所で、一人で悩んだり苦しんだりしている教え子がいると思うと胸が痛いのです。来てくれたら何かしてやれる事があるような気がするからです。嬉しい時も悲しい時も苦しい時にも、幼稚園を思い出してくれる事が嬉しいです。私達は、子供達の遠い将来まで気にしています。送り出してもいつも私達はその後の子供達の人生を気にしています。遠い将来につながる保育をしているからです。私達のしてきた仕事が確かなものであったかどうかの答えは子供一人ひとりの人生の中にあるからです。「卒園したら敷居が高くて…」とか、「きっと、先生は私の事なんて覚えていてくれないだろうから…」とか、「卒園してまで、幼稚園にお世話になったらいけないだろう…」なんて思わないでください。先生達は自分の手から離れてもなお“あなたの先生”でいたいと思っています。3467名もの子供達を送り出した間には、園庭や園舎や遊具の様変わりはありますが、その中に宿る幼稚園の子供達に対する想いは、ゆるぎないものでありたいと思っています。


卒園児の活躍や幸せは私達の喜びです。理事長室には、卒園児の活躍を報道した新聞の切り抜きが壁に貼ってあります。思い上がりかもしれませんが、その子のどこかに、幼稚園生活の何かがほんの少しでも力になっていると信じたいと思います。逆に、問題を抱えているのなら、何が足らなかったのだろうか、と一緒に振り返ってやりたいのです。そして、やり直すきっかけがまたこの幼稚園になればと思います。


来月の誕生会には、大学の音楽専門の学部に入学が決まった卒園児が、バンドのメンバーと一緒にドラム演奏に来てくれます。幼稚園の頃、音楽発表会で小太鼓を見事に演奏した男の子です。あの頃の彼と重ね合わせながら幼稚園の子供達と一緒に彼のスティック捌きや、ドラムの音を聴くのが楽しみです。夢を追い、進む道を切り開いた彼はきっと眩しい程に輝いている事でしょう。卒園児の輝かしいスタートを再び幼稚園で祝ってやれるような気がして、今から楽しみです。
年長組の子供達は今、幼稚園での残りの時間を先生と一緒に大切に過ごしています。年長組だけではありません。どの学年も今の先生とは、小さな別れをします。きっと、どの先生も同じ想いで毎日を過ごしているはずです。子供達一人ひとりの背中に語りかけながら…『いつまでも、私は“あなたの先生”です…』と。