一瞬の経験の行方(平成23年度10月)

すっかり秋らしくなってきました。空の色、風の匂い、鳥や虫の声…色々な変化がこれまでと違う空気を感じさせてくれます。

黄金色の稲穂は秋の風にゆっくりと揺れ、毎年忘れずに私達の目を楽しませてくれるコスモスの花が道端に咲き始めました。私の大好きな季節です。

今月の初めに年長組が稲刈りを経験しました。5月に自分達で植えた苗が見事な黄金色の稲に姿を変えました。年長組の田植えは今年で9回、稲刈りは7回目です。2回は稲刈りを見送りました。幼稚園の子供達に慣れない刃物を持たせて稲刈りをさせる勇気が私達になかったからです。最後の収穫までを経験させたいのにさせてやれないジレンマや、なぜその後経験させる事になったかという経緯は、幼稚園のホームページ『葉子先生の部屋』平成18年の10月版「あぶないあぶないがもっと危ない」を読んでみてください。

私は、子供達が稲を刈る時の嬉しそうな顔を見ると、させてやれなかった数年間の事をいつも残念に思います。鎌は普段使う事のない刃物で、もしかしたらその時初めて見る子もいたでしょう。子供達は、その鎌の使い方や刈り方の説明にじっと聞き入っていました。子供達の中には、「やりたくない」とか「できない」と尻込みをする子は一人もいませんでした。した事のない経験には興味があるからです。ましてや、自分が植えて育った苗ですから、ぜひ自分の手で刈りたいと思うでしょう。ひとり3株の稲穂を刈りました。初めの1株は、傍で付き添う先生も子供も緊張した面持ちでした。だけど、その“緊張”も危険な物を扱う時にはとても必要な時間なのです。そして、2株3株と刈って行くうちに、子供達はいかに安全に刃物を使って刈る事ができるか…と思案し要領をつかんできます。子供達はひょっとすると大人より飲み込みが早いのかもしれません。刈り取った稲を持ちあげる子供達の顔は喜びと自信で溢れていました。毎日食べるご飯の正体を知った事にも大きな意味があったでしょう。

その日、稲を何本か新聞紙にくるんで、一人ひとりに持ち帰らせました。お迎えに来られたお母さんに「これ!」と見せる時の得意気な顔はとても可愛く思えました。それから、何人ものお母さん方に、「先生、これはどうしたらいいんでしょう?」と尋ねられました。たった数本の稲ですから、お家でも思案された事でしょう。その翌日のお昼、職員室にある男の子が、「失礼します!」とやって来ました。その子の手には、一つのおにぎりがありました。「これ、昨日のお米でお母さんが作ってくれたんよ」と言うのです。「えーっ!!どうやってお米にしたの?」と聞くと、「お母さんが剥いてくれた。」と言うのです。そして、また翌日にその子のお母さんに直接聞いてみると、「夜なべをして剥いたんです。折角子供が喜んで刈ってきてくれたんだから…と思って。」とニコニコと笑いながら話してくださいました。一粒一粒手で剥くなんて、そう簡単な事ではありません。大量ですと、昔の米つきの方法で、一升瓶と棒を使ってもみ殻をとる事もできますが、少量だとそれもできません。さぞかし、時間をかけられた事だろうと思いました。しかし、その時のお母さんの中には、我が子がとびきりいい顔で刈った様子を想像したり、得意気に持って帰ってくれた気持ちに応えたいという想いがあったりして、きっとそれは、我が子との居合わせずともできる共通体験をされたのではないかと思います。

また、数日後ある年長組の保護者の方から手紙をいただきました。そこには、稲刈りを経験して持って帰った稲穂からもみ殻を子供達と一緒に剥き、玄米で姉弟と分けて食べた事、玄米に魅せられて家でのご飯も玄米にして欲しいとリクエストが出た事、食べられる事のありがたさや食べ物や作ってくださった方々への感謝の気持ちを育てていきたいと思った……等々が書かれてありました。

なんて素敵なお母さん方でしょう。その他にも、子供達が持ち帰った稲穂を飾り、稲刈りの一日の話を家族で聞いたり、稲穂が揺れる田んぼを見ながら思い出し色んな話をしてくださったりした事でしょう。そうしてもらえた子供達はなんて幸せだろうかと嬉しくなりました。子供達がした楽しい経験を共に喜んだり感激したり考え合ったりしてやって欲しいのです。共感しながら、その時の喜びや感動を確かなものにしてやって欲しいのです。子供達が経験するその時は一瞬です。一瞬の感動が一瞬のうちに消えてしまうか、その感動を更に深く確かなものに、そして、その一瞬の感動がその子にとって生きる土台となる大きなきっかけになるかは、子供達がした経験をいかに大切に育ててやれるかだと思います。子供達が経験した事がそれっきりにならないように……、やりっぱなしではなく、経験を繋いでやってほしいと思うのです。そうすれば、子供達はもっと生活の中で色んな経験をする事を楽しみにしてくれるでしょう。好奇心も育つでしょう。子供達は好奇心のかたまりです。まだまだ子供達はいろんな事に興味を持って挑戦して生きていきます。私達大人は、その気持ちの高ぶりをいつも応援してやりたいものです。

それからしばらくして、子供達が刈ったお米を精米し幼稚園に届けました。そのお米でおにぎり作りをしました。自分達で握って作ったおにぎりは最高の味だったに違いありません。