早く!早く!(平成9年度)9月

子育てが大変と思っているお母さんお父さん。家事が大変と思っているお母さん、あるいはお父さん。「大変と思わないで」といってもやはり大変ですよね。 その子育てや家事に追われる生活の中で、「幼児虐待」が社会問題化してきています。赤ちゃんが泣きやまないのでタバコの火を押しつけたり、たたいたりけったりと折檻しすぎて死に至らしめるという事件が度々起きているのです。育児ノイロ-ゼになってしまうことが主な要因ですが、中には子供がどうしても好きになれないという親もいるのです。気が付くと殴ったりけったりしているというのです。


親になった自覚を持てない無責任な親は別として、育児ノイロ-ゼによる折檻は、まじめな人に多いだけに、余計に気の毒です。お母さん同士の友達もなかなか作れず、一人悩むのです。育児書や子育ての本に書いてあることと違ったりするとますます悩みが深まるのです。本当は何でもないことなのに、他の子と違うと悩みだすのです。そうして、だんだんとイライラが募り、泣いたりおもらしをすると、いつのまにか手を出してしまうという母親も多いのです。


我が園のお母さんには、折檻などされる方はいらしゃらないと思いますが、ほとんどの家庭で、子供がぐずぐずしていたりすると、ついつい口から出てくるのが「早く!早く!」「早くしなさい!」という催促言葉です。これも大人にとって子供が思うようにいかないから出てくる言葉なのですが、自分でも気が付かないほど口癖になっている言葉です。「早くしなさい!」というと、確かにその時はしますが、しばらくするとまた横道にそれます。その繰り返しをしているうちに、お母さんのイライラがだんだんと募ってきます。その内、「もうしらんからね!」、「置いて帰るからね!」と脅かしになってしまいます。「早く!早く!」から「あれしなさい!これしなさい!」、「勉強しなさい!」と、常に指示して育てていると、指示されないとなにもできない子になってしまいます。いわゆる「指示待ちっ子」です。それでも思うようにいかないから、親の方はイライラしてくるし、子育ても大変ということになってしまいます。


お母さんがいつも「早く!早く!」と言っているのに、子供はなかなか行動してくれません。何故でしょう。実を言うと、子供にはあまり時間の観念がないのです。これを何時までにしなければという考えがないのです。食事をしていても、何時までに食べなければいけないとか、何時までに幼稚園に登園しなければいけないという観念が余りありませんから、遊びながら食事をしたり、親からおもちゃの片付けを命じられても、片付けながらまた遊んでいるということが度々見られるのです。


ということは、時間の観念が薄いのに「早く!早く!」といくら言っても余り効果がないことになります。確かに、ごはんを食べるのに、ある一定の時間内に食べてくれないと、幼稚園や学校に遅れますし、親の方も困ります。片付けもあれば他の予定もありますから、親の生活リズムにある程度あわせてくれないと、社会生活が営めません。


では、どうすればいいのでしょう。まず、親の方が、「幼児や低学年の子供には時間の観念が無いのだ」ということをしっかりと認識してかかることです。そして「早く!」という言葉を使わない工夫をしてみると、子供自ら行動します。たとえば、「食事が済んだら絵本をよんであげるから楽しみにしていてね」というと、子供は絵本をよんでもらおうと早く食事を済ませようとします。登園する時間も「〇〇ちゃんがもうバスのところで待っててくれるかもしれないよ」とか、言い方を工夫すれば、「早くしなさい!」と指示や命令をしなくても、自分で早くしようとする気持ちになって行動します。自分でしようとしますから自主性も育つのです。


そのように、親の子供への言い方を工夫して語りかけることができるようになってくると、イライラすることもどんどん減ってきて、「子供ってこんなに楽しいんだ」と、余裕をもって子供に接することができます。親の方に余裕ができると、少々のいたずらや腕白も見守ることができますから、その子の良さもいっぱい見えてきます。
「早く!」という言葉を使わない工夫が、子供自ら行動する子にと育つのです。