おとうさん(平成15年度)6月

5月の3連休が終わった最初の登園日のことでした。幼稚園の中門のところで泣いている男の子の声が聞こえてきます。先生が一所懸命あやしている声も聞こえます。しばらくして、事務室の一樹先生も園庭に出て一緒になってあやしていますが、一向に泣き止みません。その泣き声を聞きながら、事務室の二階に有る理事長室で仕事をしていたのですが、ずっと泣き続けています。4月には、そんなに長く泣く子はいなかったのですが、今日は泣き続けています。どうしたのだろうと、とうとう、私も園庭に降りて行きました。見ると、先生に抱かれたまま泣いています。うめ組(年少)の男の子、Aくんです。

4月に入園したときから一度も泣いていない活発な子です。「どうして泣いているの?」と言って、手を差し伸べると、私に抱かれます。抱いたまま、園庭の奥の方に入っていきました。「あっちがいい、あっちがいい」と、泣きながら中門を指差します。「そう、あっちがいいの」と言いながら、もう一度、中門の方まで行くと、今度は、「お父さんがいい、お父さんがいい」と言って泣きます。「そう、お父さんがいいの」と言うと、「うん」と言って、また泣き始めます。「そうか、お父さんもお仕事がお休みだったから、お父さんといっぱい、いっぱい遊んだんだ」と言うと、首を縦に振ります。そしてまた、「お父さんがいい、お父さんがいい」と言うので、「昨日はこどもの日だったから、お父さんもお仕事が休みだったけど、今日はお父さんお仕事でお家にはいないよ」と言うと、「お家にいる、お家にいる。お父さんがいい、お父さんがいい」と泣きます。「ボクはバスで来ているの?」と訊くと、「バスで来ている」と言います。ちょうど、もも組(年中組)が遠足に出かけていたので、バスがありません。「ほら、バスが無いでしょ。バスが無いから帰れないよ」と言うと、「△△タクシーを呼べばいい」と言います。「でも、ボクお金が無いでしょ」と言うと、「タクシーが着いたらお父さんが払う」と言って、また、泣き始めます。「そう、Aくんはお父さん大好きなんだ。お父さん、いっぱい遊んでくれるもんね」と言いながら、今度はプール側の花壇の方に行って、「この花、何か知っている?」と訊くと、「チューリップ」と応えます。「あっ、これ何の花か知っている?」と訊くと、「知らん」と言います。「これ、サクランボだよ!! 花が終わったら、赤いサクランボがいっぱいなるんだよ」と言うと、「サクランボ大好き」と言います。その葉っぱにテントウ虫がいたので、「ほら見て見て、テントウ虫がいるよ」と言うと、「ほんとだ、テントウ虫だ」と、喜んでいます。


その頃になると、もう泣いていません。今度は自分の方から、「砂場で遊ぶ」と言うので、道具庫を開けてやると、自分の気に入った道具を出して遊び始めました。しばらく、一人で遊んでいましたが、「やっぱしテントウ虫のところがいい」と言うので、また抱っこして連れて行きました。そして、そのまま動物園の方に行って、「そうだ、ウサギをお外に出しているんだよ」と、園舎の裏の草を食べさせていたところへ連れて行くと、それを見つけたAくんは、私の腕から滑り降りて、捕まえ始めました。何回か追っかけて、やっと掴みました。「Aくんすごい!! ウサギが抱けるんだ」と言うと、「うん」と言って、うれしそうに園庭に連れ出します。「ウサギを抱っこしているところを先生に見せてあげてごらん」と言うと、ウサギを抱いたまま保育室を覗き込んでいます。担任が出てきて、「Aくん、すごい!!」と言って勇気付けています。その様子を見ていた、まだ部屋に入りたくなく、いつも外で遊んでいる男の子二人と女の子一人が駆け寄ってきて、「ウサギを抱きたい!!」と言って、そのウサギを求めます。もちろん渡すはずがありません。「あっちにまだいるよ」と言って、ウサギを抱いたまま案内しています。他の子は逃げ回るウサギを捕まえることが出来ません。Aくんはウサギを抱いたまま、もう一羽捕まえようとします。一羽を抱えたまま前のめりの姿で捕まえようとすると、体勢がバランスを失って度々転びます。ひじとひざに擦り傷が出来ています。転ぶたびに痛い顔をしますが、泣くこともなくウサギを追いかけ、ついに捕まえて友達に渡しています。もう泣くのも止めて、元気いっぱいです。それにしても、「お父さんがいい、お父さんがいい」と泣くことをどのように理解していいのか戸惑います。お父さんがお子さんとしっかり関っているほほえましい様子は伝わってくるのですが、お母さんがどのような関りをされているのか見えてきません。でも、そのお子さんも心豊かに育っているので、お母さんとの関係もしっかり出来ているのだと思います。連休が終わる頃、入園した頃の緊張感もほぐれて、落ち着いた生活になりますが、集団生活ではわがままが通じなくなり、4月に頑張りすぎた疲れが出てくる頃でもあります。お父さんと連休の間の深い関りの中で心が癒され、お父さんの愛情をしっかりと受け止めることができたのでしょう。次の日、元気で遊んでいます。「Aくん、今日は泣かないの?」と訊くと、「朝、泣いた」と、すました顔をして言います。次の日も、「今日は泣かなかったでしょ?」と訊くと、「泣いた」と、にやけながら言っています。


5月25日の日曜日に、卒園児の20歳と18歳の姉弟が、家族で山口市から幼稚園を訪ねにやって来てくれました。幼稚園を卒園して以来初めて会うと言う三次にいる友達も一緒です。朝、幼稚園の動物の飼育に園庭に行くと、当時、弟の方の担任だった直子園長が、ちょうど、園内を案内しようとしているところでした。お姉ちゃんの方が、私を見るなり、「うれしい!! 園長先生(当時)に会えるとは思ってもいなかった」と喜んでくれています。もう、引退したと聞いていたので幼稚園にはいないと思っていたようです。「ようちえんのおもいで」のアルバムを片手に、いろいろな思い出話にふけました。お姉さんの方は、美穂先生の担任だったので、切迫早産の心配で入院している産婦人科にみんなで行って、泥遊びのネトネトした感覚やフィンガーペイントの匂いを今でも覚えていると、いっぱい、いっぱい話して帰りました。