他者の喪失とコロナ禍

門脇氏が言う「他者の喪失」を招いた理由の一つが、社会構成の変化と農村部の過疎化に伴う地域社会の崩壊、そして、最後の一つが「テレビゲームやゲーム機の普及による直接的な人的交流の減少」です。

 

テレビやゲーム機の子どもに対する悪影響というのはこれまでもずっと言われてきましたし、多くの大人はそれが子どもの発達について「良い」とは思っている人は少ないのではないでしょうか。このことについて門脇氏は東北大学教授の川島隆太氏の「やってはいけない脳の習慣」(青春出版社、2016)を紹介しています。ここには「テレビを見たりゲームをしているときは脳の前頭前野、物事を考えたり自分の行動をコントロールする力にとって非常に重要な部分の血流が下がり、働きが低下します。そのため、テレビやゲームで長時間遊んだ後に本を読んでも理解力が低下してしまうというデータも報告されています。テレビを長時間視聴した子どもは、思考や言語を司る部分の発達が悪くなってしまうことも分かっている」と書かれています。それと同時に門脇氏は「メディア聞きにしろ、IT機器にしろ、機器と関わる時間が長くなればなるほど、生きた生身の人間と直に関わる交流や接触の時間がそれだけ少なくなる」と言っています。つまり、単に脳の働きの低下だけに限らず、人と関わる時間もゲームやテレビに費やされてしまい、社会力すらも育ちづらい環境になってしまうのではないかというのです。

 

この考えは新型コロナウィルス感染症による子どもの自粛生活への影響としてもよくよく考えていかなければいけない考えであるように思います。緊急事態宣言下においては子どもたちは家での保育を行っていました。当然、保護者と一緒に居たのだろうと思いますが、兄弟がいない子どもたちは一人で遊ぶしかありません。保護者の方々の話を聞いていても、なかなか外にも出られなかったと言います。なおかつ、ずっと保護者と関わるということもできないでしょうから、こういった自粛生活が長ければ長いほど、門脇氏のいう「他者の喪失」という時間がより多くなってきてしまうと思うのです。

 

そして、この他者の喪失が起きたときにどうなるかというと、門脇氏は「他者の喪失がもたらした社会的な病理現象として、私はとりあえず、いじめと、ひきこもりと児童虐待増加の3つを挙げておく」と言っています。まさに、ひきこもりと児童虐待の増加はコロナ禍で問題になった事柄です。ただ、この問題はコロナ禍以上に、これからの社会で最も問題になってくることかもしれません。日経新聞の11月15日の日本経済新聞に不登校の増加が記事になっていました。特に低学年での増加がみられ、幼稚園・保育所の段階から登園渋りの傾向があると書かれていました。

 

これから起きてくる問題において、社会力が関わるような問題の増加はおきてくるかもしれませんね。それと同時に、幼稚園などの教育・保育機関のあるべき姿というのはこれまでとはまた違った質を求められてくるもののように思います。